第2話スカウト⑤

「話を変えましょう。何の話が良いかしら、この国の今後について語らい合いましょうか、こう見えてもどう見えても私は政治情勢には詳しいのよ。サネット期からバートン期限定だけど」


なんてニッチな……暁新世から始新世、五千九百二十万年前から四千百三十万年前って、政治というかヒトすらいないぞ。素直に知らないなら知らないと言えば良いのに。


「じゃあ教えてよ」


言及しないで終わらせる手もあるが、ここはちょっと意地悪してみた。


「教えたいのは山々だけれど御生憎様、またの機会に話し合いましょう。揚げ足を取れなくて残念ね」


時東さんの足が遅くなる。差し上げれば時東さん家が見えてきた。やれやれ、着くのを知っててわざと失言してたらしい、してやられた感じが否めない。



「さあ入って。本来なら入場料を取るところなんだけれど、黒歴史部の部員予約者ってことで無料招待するわ」


時東さんはドアノブに手を掛けて入口扉を開ける。違和感。鍵穴に鍵を挿さなかった?


「時東さん家って戸締まりしていないの?」


離島の方だと戸締まりしない家は結構数あるらしいが、ここは腐っても街、コソドロまみれだぞ。うっかりミスにしても無頓着過ぎると思う。


「今朝は施錠していったけれど、そうね、多分うっかり空き巣にでも入られたのかしら」


やけに淡白な対応、どうしてこうも平然としていられるんだ。うっかりで済む範囲を越えちゃってるよ。大変だ。僕が急いでポッケから携帯を取り出そうとしたら、


「冗談よ。私が開けておいてと予め言っておいただけだから」


時東さんは早口で弁明、そして僕を家の中に案内する。昨日みたいに奥の部屋へ行くのかなあ。ふと、靴を脱ぐ為下を向くと何やら見覚えのある靴が一足。なるへそね。


家にお邪魔し、時東さんの後を付いていくなか、


「おーい」


そんな声がリビングから聞こえてきた。相原さんだ。相原さんは、リビングの中央にドンと置かれたロングソファーに、珍妙な体勢でダラケて僕らの到着をお待ちしていた、のか?まるで自分家のような気の抜けよう。座っているというか寝転がっているが正しいな。


「遅い~、もう待ちくたびレタスだよ!」


相原さんは一瞬、間氷期が終わりを告げたかと錯覚する程の御寒いジョークでお出迎えしてくれた。


「アハハッ……いつも通り切れ味抜群。流石ちぐさね」


口を片手で覆いながら笑う時東さん。常人には理解しがたい高尚な会話が僕の近くで繰り広げられている。今のどこらへんに吹き出すポイントがあったというのだ。もしかして時東さんって味音痴なのかなあ。




「さあ、乙女の部屋に入るといいわ」


僕と相原さんは、時東さんに言われるがまま、案内されるがまま、昨日と同じ部屋に放置された。寝具と本棚と折り畳み式のテーブルしかないシンプル過ぎて泣けてくるお部屋。こんな空間のどこに乙女チックを感じろというのか皆目見当がつかない。要となる時東さんは、どっかに行ってしまった。また二人か、気まずくなりそうだなあ。


「気まずい?まあそれはお互い様だけど、これからも係うだろうから、気兼ねせずに仲良くやっていこうね!表面上だけでも!」


僕がどうしようか迷っていたら、相原さんの方から話しかけてきた。フレンドリーなのか、はたまた腹黒いのか、口調は明るいが根底に暗さが見える。まあ良い、押並べて皆そんなもんだろうし、逆にそういうものが表立っちゃってる分、案外ピュアハートを持ち合わせてる人なのかもしれないな。


「うん」


「元気印の返事をありがとう!よろしくね!ということで一先ず、仲良しの第一歩としてお菓子でも食べる?ここに来る途中スーパーに寄って買ってきたんだ」


「あ、食べる食べるよ」


僕の返事の後、鞄の中をまさぐり始めた。さっきのは杞憂だったな、前言撤回、相原さんはいい人だ。



なんだ?目を見遣ればテーブルの上にビー玉大のチョコレート菓子が、チョコだけにチョコンと一粒のみ置かれている。これが稀に聞く前衛芸術ってやつなのか?


「なにこれ?」


チョコを指さしてそう問う。すると相原さんは申し訳なさそうな顔をして一言、


「チョコだよ」


それぐらい見りゃわかるよ


「いや~、大量に持ってきたんだけどね。あなた達を待ってる間、暇潰しでバリボリつまみ食いしてたら、いつの間にかこんな有り様になってたんだ~」


テーブルに置かれたチョコレート菓子からは、大平洋のど真ん中で漂流している一床のイカダを彷彿させる。孤独と絶望が付きまとっており、それはまるで一年前の自分の姿を客観視した抽象的なフィギュアの如し。見てたら何故か悲しくなる。残すのなら、せめて二人で割りきれる数は残してもらいたかったよ。

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