第2話スカウト②
皆とっくに帰っており、教室には僕と時東さんしかいない。関わろうとする人なんているわけもないので、こういった状況が作り出されるのは必然っちゃあ必然。僕だって昨日、時東さんに「明日も私の家に来るように」と、釘を打たれてなければ今頃とっくに自宅でゲームをしているよ。
「あら、本当に居眠りしていたようね。もう放課後?私ったらドジッこなんだから。でもそんな少し抜けている自分が愛おしくって愛おしくって、本当に痛し痒しだわ」
何度目かの揺すりで、ようやくのっそりと起
きてくれた。寝ぼけているのか、言っていることがよく分からない。
「君は何突っ立っているの?昨日言ったことを覚えていないのかしら?」
そう言って伸びをし、たと思ったら、すぐに教室をでた。折角起こしてやったのに、お礼の一つもない辺り、どういった教育を施されてきたのか気になるよ。
「早く付いてきなさいよ」
廊下から聞こえてくるそんな声の方向へ僕は向かう。
時東さんの背中を追いかけ、というか自分の学生鞄に固く結ばれた手綱を引っ張られ、付いてくしかない状態。今の僕は時東さんのペットの学生鞄を抱き込んでいるようにも見えなくない。とっても恥ずかしい。
着々と歩いている中、無言が続く。仕方無いよな、出会ってまだ二日、共通の話題、いや、その場凌ぎの話題すら思い付かない。
「ずっと黙りだから暇ね、君、何か面白い話をしなさいよ」
最初に沈黙を我慢できなくなったのは時東さん。とんだ無茶ぶりをかましてきやがる。僕はこのフリでウケた兵を未だ見たことがない。
「できないよ」
一番無難に断った。が、
「あら、やってみなければ分からないじゃない?」
現状さして変化しなかった。やらなくても分かることはあるぞ。だからこその教訓でしょ。
「そこまで言うのならまずは時東さんから話してよ。面白い話を」
ガバガバな理屈であるが、言ってやりたかったんで言ってやった。
「私が面白いと思った話は、既に私の頭の中にあるから言うまでもないわ。新しい面白話が聞きたいのよ」
僕にも負けず劣らずな屁理屈な言い訳が返ってきた。自己中心すぎでしょ。もしかしてお嬢様とかか?それっぽい口調だし、昨日出されたティーカップも高級品っぽかったし……でも普通のアパートだったよな。この場合考えられる時東さん家の境遇は、落ちぶれた成り上がりってくらいか?
推察はどうでもいい。滑るのは目に見えているけど、面倒なので適当に話すか。
「去年の夏にね、僕が自室で勉強をしていたらさ『ミーンミーン』って外から聞こえてきたんだ。季節的にも当然セミと思うよね。初めは僕もそう思ったから無視して机に向かっていたんだけど、何かがおかしかったんだ。『ミーンミーン』という鳴き声がやけに生々しい。気になった僕は窓を開けて鳴き声のする方を見た。すると一本の木には大きいセミの影が……恐る恐るよく見たらそれは僕の父さんだった。しかも全裸。平日の昼間、夏休みなのは学生だけ。今朝仕事に行ったはずの父さんがなぜ?
『何をしているの?』
僕が訊ねると父さんは、生まれて初めて僕に笑顔をみせ、
『おっ、空人!いやあ、父さんの会社が倒産しちゃってな、今さっきここに帰ってきたんだ。それよりも空人!気持ちいいものだぞセミになってミンミンと鳴くのは、ワッハッハハハハハハハハハハ』
そう言ってなき続けた。そして……
その夜、父さんは土に還りましたとさ、めでたしめでたし」
勿論作り話である。成り行きで途中ホラーに代わったが、自分にしてはよくやった方だと思う。
「父さんの会社が倒産……フフフ、中々やるじゃない」
後ろ姿のみで表情は伺えないが、笑った?ちと笑いのポイントが普通とはズレてるけれど、
「もっとないの?」
時東さんの無茶ぶりは終わらない。一難去ってまた一難、
「ないよ」
僕は断りを入れる。無理無理、これ以上話を作るのは気が滅入る。こりゃあ話を変えるしかないな。
「そんなことよりも時東さん、授業中なんでずっと寝ていたの?昨日寝ていなかったの?」
頑張って絞り出してみた。返答はあらまし想定の範囲内に収まる面白味皆無なものだろうが、時東さんの家に着くまでせめてもの時間稼ぎにはなってくれるだろう。
「昨日はたっぷりと二時間も寝たわ。あ、冗談じゃないわよ。私ってショートスリーパーで有名じゃない?だから本来は一時間半程度で事足りるのよ。ナポは三時間しか眠らないことで有名だったらしいけれど、私はその半分の睡眠時間で活動できる。ナポ的に言わせてもらうと『私の辞書に寝不足という字は無い』。しかし昨今はクレームが多いから、そんな字の抜けている辞書はすぐに返品されそうで恐いわね。なんちゃって。ちなみに、ナポ自身は、しっかり三時間以上睡眠をとっていたらしいし、かの有名な名言は言っていなかったらしいのだけれど、それが一般に定着している辺り、世の中って案外いい加減よね」
「はあ、」
話が随分逸れたなあ。
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