第1話黒歴史部⑥

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきの造となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。翁言ふやう、「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。うつくしきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ。 竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金ある竹を見つくること重なりぬ。かくて翁やうやう豊かになりゆく。


この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどさうして、髪上げさせ、裳着す。帳のうちよりも出ださず、いつき養ふ。この児のかたちけうらなること世になく、屋のうちは暗き所なく光満ちたり。翁、心地あしく苦しき時も、この子を見れば、苦しきこともや……


「おい!いい加減にしろよ!」


耐えきれなくなり、ついつい大声を出してしまった。仕方ないよな。いきなし日本最古の物語文学を冒頭から諳じられたら誰だってこういった反応になる。ひさしぶりだよ。こんなに語気を強めたのは、かつて公園にて一人、真の力を目覚めさせる儀式を行うため、己の全てを解放して以来だな。


「微妙なタイミングで突っ込むのね。本当ならば二度言って、一回目と二回目との違い。間違え探しをする予定ではあったのだけれど、これはこれで結果オーライよ」


喧嘩腰な台詞だが、わりと萎縮しちゃって声のボリュームが下がっている。何を以てオーライなのか疑問ではあるが、追求してもろくなこと無いのは分かってる、


「説明してくれない?僕をここに連れてきた理由を」


五分前と同じ台詞を繰り返す。


「分かったわ」


よかった。今度こそはちゃんと話してくれそう。そうでないと次こそ無意識的に手を出してしまいそうだから困るよ。


「君は黒歴史って知っている?知っているわよね。急に話を変えるけども、私は高校生活で『青春』がしたい。だからこそ黒歴史をつくる為の計画を練っている訳なのよ」


話を変えたり繋げたり、意味が分からない。青春を謳歌したいのと黒歴史。相対しているモノがどうして等号で結べるんだ?


「四季、ちょっと詰め込みすぎ。もっと順を追わないと伝わらないと思うよ」


相原さんは僕の隣でいつからか携帯ゲーム?をしている。なので対話なんて聞いていないと思っていれば、ちゃんと聞いていたんですね。この言い草、相原さんは理由を知っているっぽいな。拗らせてばっかな時東さんと代わって僕に説明してほしいよ。


「それもそうね。ん、じゃあ、まず何から話そうかしら」


こちらに視線を向けられてもかなわない。時東さんは髪をいじくりながら続ける。


「私、中学生の頃は真面目な純文学的少女って感じだったのよ。でも途中で飽きてしまってね。つまらないじゃない?本なんて眠気を催すだけの代物を、高々キャラ作りの為だけに休み時間ずっと読むフリしなきゃならないだなんて。当時はそれがモテると信じてしたから続けてはみたけれど、一向に誰からも話し掛けられない。どうやら私は孤高の存在、近寄りがたい存在、要するに『ぼっち』ってやつになっていたのよ。自分から話しかければ良いのだけれど、寡黙を演じているだけあって中々難儀。結局中学校卒業まで私はズルズルと寡黙を貫き通してしまい、それはそれは非常に退屈な中学生活だったわ。なんて反動もあって、この度、心機一転し高校デビューをするに至ったのよ。ほら、タガが外れるというでしょう。親に漫画を読むことやゲームをすることを禁じられていた子供が大人になって自由を得るなり、それらにドハマり廃人コースまっしぐらってケースよくあるじゃない。私のもそれと似ている。私もタガが外れたのよ」


「それであんな事故紹介をしちゃったの?」


だとするなら、どれだけこれまで抑圧してきたんだよ。あんな痛々しさを初っぱなから披露できる辺り、薄薄感付いてはいたが……


「どうだった?あれはちゃんと痛かったかしら?」


そんな時東さんの言葉に、一瞬戸惑った。


「へ、どういうこと?」


自覚があったのか。わざとやっていたのか。


「今朝やって見せたでしょう。決めポーズつきで」


「もしかしてわざとやっていたの?」


尚更分からない。痛いと分かっていてあれをする意図が読めない。マゾなのか?


「当たり前じゃない。ほら、今の今だって私は正常そのものでしょう」


初対面の人を自宅に拉致っておいて何を言っているんですかね。けど、


「たしかにそうだね」


話が拗れそうな予感がしたので、自分を殺して他人のレールに乗る。


「なんでそんな痛いことを進んでやるのかですって?そんなに聞きたいかしら、聞きたいのなら聞かせてあげてもいいけれど」


聞いてもいないのに、自分から言い出すのなら、きっとまた聞いてもいないのに、自分から言い出すだろう。


「じゃあ


「分かったわ。そこまで言うのなら教えてあげる。今回は特別よ、感謝しなさい」


ほらな、僕の予想は的中した。「じゃあ」しか言っていないのに。つーか、ホームに無理矢理連れてきた時点で、初めから『聞く』しか選択肢はないだろうに……黙って聞き役に徹するのが良いな。

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