第1話黒歴史部③

シーン


ここが漫画の世界ならば、そんな効果音が鳴り響いていただろう。静寂も静寂。普通ならば多少のざわつきが起こりうるんだろうけど、それすらないとは……時東さんの今後の学生生活は絶望的だろうな。十中八九言動が悪かった。受け狙いならまだしも真面目な口調で言っちゃっているもんだから、頭がイッちゃってるんじゃないかと周りは判断してしまう。尚且つ真顔。これだと冗談でもなく本気でそう思っているのかと感じてしまう。容姿端麗であるからこそ益々ヤバイ感じが溢れちゃってる。僕なら到底耐えられない状況。なのに時東さんは、なんてことない表情で、


「では次」


担任の単調な台詞が飛ぶまで、決めポーズ?をキープしていた。ここまで徹底されていると、元中二病患者の自分からすればもはやリスペクトの領域だ。関わりたくないのは他の人と変わらずだけど……



そのあと、あの衝撃的事故紹介なんて、無かったかように、自己紹介は無難に進行した。これと同時に時東さんの存在もなきものとされないか心配ではあるが、そういった経験は少なからず若い内にしておくべきだろうから、他者がとやかく介入すべき問題でもないよな。ただ、もう少し早く気付いていて欲しかったってのはある。残念すぎるぜ。



さて、全員の自己紹介が終わり。担任が明日の日程等を一通り説明すると、本日の授業は終わりを迎えた。当然帰路に着くわけだが、辺りを見れば、所々、既にグループが形成されているっぽい。このあと飯にでもいくのだろうか。と、ここで焦ってはいけない。高校デビューをするにあたって大事なのはそこ。無理に出ていっても空回りするのが大抵。相手だって初対面。それ故に『なんだよこいつ、面倒臭いな』なんて、開始早々心に壁を作られ、気付けばハブられているなんてのはあるある。何にだって準備は必要不可欠。準備運動なしに、いきなり試合に出されても本調子は出せない。だから始めは基本聞き手で、本当に必要な時だけ前に出る。さすれば自ずと友達は出来る。って雑誌に書いてあったので、そうなんだろう。今の僕なら大丈夫さ。自分を信じてひたすら受け身あるのみだ。というかそもそも彼らは中学生の頃からの友達とかでしょう。今に始まった関係ではない。でなければ初対面の相手へああもタメ口は聞けない。であるからして現状に悲観せずとも良い。気長に待つが吉。今日は午前中で、教科授業が無いのは知っていたので手ぶら。そのまんま帰ることにする。



ここ最近、部活に入ろうかどうか悩み中だ。青春学園生活を送るには雑誌にも載っていたんで必須項目なのは知っているが、生まれてこの方クラブ活動をした試しがないゆえ、ついていける自信がない。大した結果を残せていないといっても、どこもそれなりに練習は厳しいだろう。だから成る丈運動部は遠慮。理想は花形のサッカー部だったんだけどさ、ろくすっぽサッカーをしたことがないんで絶対的に厳しい。というか球技すらろくにしたことがない。学校での体育の授業だって見学。それを異端で格好いいものと錯覚してたからなあ。運動部は諦めるべきだろうな。シミュレーションゲームで我慢しておこう。



てなもんで、現在、結局なにもせずに教室を出、帰路についている訳だ。さしあたって家に帰ってもすることないなあ。公園の砂場で学校帰りに毎回、『気』を高める秘密特訓をしていた頃が懐かしい。当時はあれで軽く三時間は潰せた。無論、何時間意識を集中させようとも『気』なんて高まらなかった。っつーか、そもそも『気』が、実際どういったものなのか把握してなかったんで、結局のところ、今では全くもって無駄だったと猛省している。今日は入学初日だし、道を覚えるためにも歩いて帰ろうかな。正門に差し掛かる最中、


ポンッ


と、誰かに背後から肩を叩かれた。入学初日に何でしょうか、誰でしょうか、反射的に振り向くと、


「ヤッホー」


抑揚のない掛け声。その主は時東さんだった。瞬きしてみても、やっぱりそこに居たのはあの時東さんだった。一人。相も変わらず終止真顔である。「ヤッホー」って、なんだよそりゃ。属性まで決めているんだったら、もっとキャラを固めろよ。とは勿論言えない。人違いであってほしい。どうかそうでありますように。


「あの……人違いでは?」


視線を横にスライドさせながら時東さんにそう言った。言わずもがな今日が初対面。馴れ馴れしく「ヤッホー」などと、言われるような仲ではない。


「私がそんなミスをするわけないじゃない。正真正銘、君に用があるのよ」


自己紹介の時に大ミスをしているくせして、何を偉そうにしているのかは理解しがたいが……僕に用だと?僕が何かをしでかしたのか?


「用ってなに?」


取り敢えず訊ねてみた。


「これから少し、私事に付き合ってもらえないかしら?頼み事の様だけれども、当然これは強制よ。意向に背けば君の命も持ってあと百年ってとこね」


「はあ、」


いくらなんでも突然すぎてて返答に困る。そんな僕を気に留めず、


「今のは了承と受け取っても良いのかしら。ならば付いてきなさい」


時東さんは耳を引っ張るように僕の制服の右袖を強く引っ張る。これでは入学早々に制服が破れても困るので、付いて来ざる他ない。てな由で僕は正門を嫌々、時東さんと共に通り抜けたのであった……

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