宇月零

 今まで辛い思いをしてきたんだね。

 なんてことを伝えると彼女は微笑みながら言った。


 私より辛い思いをしている人はずっとたくさんいる。

 生きているだけで、あなたが傍にいてくれるだけで私は幸せだよ、と。


 そして嬉しそうで、でもどこか悲しげな表情で呟いた。


 ―――、私の―――。


 咄嗟に少年は彼女の小さな身体を抱きしめた。

 離さないようにどこかへ行ってしまわないように夢中で抱きしめそして言った。


 ―――――。



 「おい、朝だ起きろ」

 野太い男の声で目が覚めた。

 粗末なベッドから重い身体を起こし涙を腕で拭う。

 「まったく、最近たるんでやしないか?」

 男の言葉を無視しベッドから立ちあがり支度を始めた。

 無理もない最近毎晩同じ夢を見てしまうのだ。

 たちの悪い事に目が覚めるとと夢の内容を忘れてしまい、涙が止まらなくなる。

 気になって夜な夜な考えてしまいあまり眠れない日々が続いていた。

 「今日の仕事は?」

 「昼からコロシアムだ。依頼主がどうしてもお前がいいらしい」

 またあの領主か、金持ちのすることは相変わらず理解できない。

 領主の悪趣味に付き合わされると思うと、思わず溜息が零れた。



 コロシアムの中は満員だった。

 ルールは簡単一対一で殺し合い最後まで生き残った方の勝ち。

 ただし敗者が一つだけ生き残る方法がある。降伏だ。

 大抵の場合は問答無用で切り殺されてしまうのだがまれに勝者が敗者の降伏を受け入れる場合がある。

 今回の依頼は、相手の戦意を完全に無くし降伏させ、それを受け入れること。きっと相手は領主に何かを握られていて戦意剥き出しで向ってくるだろう。

 そして勝者が敗者の降伏を許すとなれば当然観客は黙ってはいない。そう領主の目的は、敗者の絶望、恐怖に歪んだ顔。そして勝者の僕に不満や罵声を浴びせること。

 僕が勝つことは決まっていた。一対一の決闘で人間が僕に勝てる訳がないのだから。



 観客の罵声を浴びながら対戦相手は入場した。

 相手は10代後半ぐらいの女性だった。

 全身を動きやすそうな銀の鎧で堅め右手に剣、そして左手に小さな盾を持っている。対する僕は普段の動きやすい服装に2本の剣を装備していた。

 彼女の鋭い視線が僕に突き刺さる。

 「なんで戦うんだ?」

 僕の問いかけに。彼女は淡々とそして力強く言った

 「私たちの一族は領主様に罪を被せられ捕まっている。この戦いに勝てばみんな許してくれると言った。君に恨みはないが勝たせてもらう。」

 観客席の一等席に座っている領主はこちらをまるで子供が玩具で遊ぶような無邪気な顔で見ている。

 試合開始の鐘が鳴り、お互い一斉に剣を構えた。そして――



 「ご苦労だったな、しっかり休めよ」

 部室の前に立っていた男の声を無視して自室に入り、そしてベッドに倒れこんだ。

 降伏した彼女の涙が頭から離れなかった。観客の罵声や不満が蘇る。

 するとなぜか内容のわからない不思議な夢を思い出し涙が溢れた。

 涙を拭い思った。

 あの夢は自分が傷つけた人が夢の中で僕を責めてる夢なのかもしれない。

 そう考えると少し気が楽になった。

 だってこれは仕方がないことだから。人を傷つけることでしか人に必要とされない。それだけが僕が人に必要とされる為の唯一の方法だった。


 自分にはそれしかしかない。

 そう自分に言い聞かせても涙は何故か止まらなかった。

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宇月零 @utukirei

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