きばがため はのの「の」にでか わかなつむ ~三行~

「ちきしょう、どこにもいねえ……」

「あんた、あたしが言ったところ、ほんとに全部探したの?」

「ああ、隅々まで探した。そばまで近付けば香りで分かるはずなんだけど」

「犬みたい。……あら、もう一匹の犬も帰って来た」

「……やっぱ駅の方にはいねえぞ。一応知り合いにも声かけといたけど望み薄だな」

「一応ってなんだよ沙那しゃな! お前、やる気出せよ!」

「るっせえ! 手ぇ貸してやってるだけありがたく思えこら!」


 ウェヌス・アキダリアのダイニングは午前三時を迎えていた。


 教室から逃げ出した朱里あかりちゃんの後を追ってみたもののどこにも見当たらず、屋敷に戻ってみたら姉ちゃんと美嘉姉ちゃんの姿も無い。

 しかも携帯も繋がらないとか、何かが起こったことは間違いないんだ。


「なあ、花蓮かれん。やっぱ警察に連絡しねえか?」

「無駄だって何度も言ってるでしょ。……あたしが一歩遅かったのよ。朱里は沙甜たちに連れ出されたの」

「それ本当なのか? 一体何のために……っ!? 姉ちゃん!」


 部屋に入ったばかりの沙那が驚いて振り返る先。

 扉から現れたのは見慣れた白いワンピースドレス。

 そして銀髪の天使がその後に続いた。


 だが、期待を込めてもう一人の姿を待ってみたが、赤いポニーテールはついに現れなかった。


「姉ちゃん! 大変なんだ、朱里ちゃんが……」

「そっちは処理したから、勾玉に集中なさい。もう発表になってるでしょ? チームヴィーナス、気合いを入れてSランクゲットよ!」


 あっけらかんとした口調。

 あのなあ、そういう能天気は、この憔悴しょうすいしきった俺達を見てから言えっての。

 でも……。


「そっか。姉ちゃんが知ってるなら安心か」


 俺がほっとして胸を撫でた低い視界を、花蓮の真っ白な足が横切っていく。

 その足取りは、彼女らしからぬ荒れた靴音を鳴らしていた。


沙甜さてん、もう一度言いなさい。……処理って言ったわよね、保護じゃなく」

「同じことじゃない。どうしたのよあんた?」

「言いなさい!」


 うわびっくり。

 どうしたんだよお前。

 姉ちゃんに任せときゃ大丈夫だって。


 俺は花蓮を落ち着かせようとして、その細い肩に手をかけた。

 でも、肩から伝わってくる張りつめた緊張は収まる気配がまるで無い。


 カウンター越し。

 グラスにのんびりと水が注がれる。


 それを口にした姉ちゃんは花蓮の剣幕に眉一つ動かさず、笑顔のまま返事をした。


「あら、あんたにしては珍しく引き下がらないわね」

「朱里に伝え忘れてたことがあるの。これを言わずにあの子がすることにでもなったら、寝つきが悪くなるわ」


 ……え?


「転生!? それって、死……っ! ど、どういうことだよ花蓮! 姉ちゃん!」


 交互に目にした二人の表情に浮かぶもの。

 それは敵意。


 俺はようやく、この二人が頭脳戦のようなものを繰り広げていることを知った。


「はあ……、そんな野蛮なことしないわよ」

「でも、したんでしょ?」


 花蓮の言葉に、一瞬だけこわばる姉ちゃんの微笑。

 そして続く言葉に、混乱する俺の頭は一瞬で真っ白になった。


「退学の手続きを取った。直接話をしてきたわ。……彼女のサインも貰った。明日の七時半、学校の事務所が開いたら提出せずともこれは承認される。だってもう教頭のサインも入ってるし」

「あんた……、何てことするのよ!」

「なに言ってるのよ。罰だか魔眼だかのせいで、もうあの子限界でしょ? だから他人と関わらずにできる仕事を紹介してあげたの。朱里も喜んでたわよ」


 ……いつも通りの笑顔。

 いつも正しい、いつも頼れる姉ちゃんの笑顔。


 俺が唯一信じているそれを、花蓮が肩を怒らせて、にらんでいる。


「ほら、しー君。そのわからずやを説得しなさいな」

「さて。今のこいつはどっちの肩を持つかしらね?」


 どっちの肩を持つかって?

 ……そんなの愚問だろ。


 俺は、金糸のかかる細い肩を、少しだけ強く握りしめた。


「花蓮。俺の得意技、知ってるよな? どういうことか説明してくれると助かる」

「あんたのバカは技だったのね、初めて知った」

「おお。だから……」

「待ちなさい! 姉ちゃんが説明してあげるわよ」

「姉ちゃんは黙ってろ! ……俺は、花蓮の言葉を信じる」


 ……うおっ、怖え。

 姉ちゃんの目が、光の加減で赤っぽく見えた。

 それとも涙で潤んだのか? まあ、そんなことはねえか。


 肩越しにふわっと微笑んだ花蓮が、ようやく少し力を抜く。

 そして金髪を指でひとつ梳いた後、真剣な表情で語り始めた。


「朱里の罰、その正体は分からないけど、周りの人を攻撃するものだと思う」

「……ああ、俺もそんな気がしてた」

「だから皆に嫌われようと、遠ざけようとして来た。……そこはあんたと一緒」


 なるほど。

 俺と同じ系統の罰だったのに気付かないとか、ほんとバカ。

 ……いや?


「でも、それであんな言い方するか? 近付くなって言えば済む話だろ。遠山さんの事、殺すとか言ってたぞ?」

「そこがポイントよ。あんたは、遠ざけることが目的で嫌われてきた。でもあの子の場合、嫌われること自体が目的なんじゃないかしら。……あとちょっとなの。朱里の罰を解明するまで、ほんとにあとちょっとなのよ」

「それは無いわね。もしあれが罰の効果なら、あたしが知ってるはずなのよ。でも、あんなの知らないわ」

「姉ちゃんは黙ってろよ!」

「あれは、魔眼まがんが開いたのよ。……でも、朱里は全部飲み込まれずに済んだ。だからたまに凶暴化するだけで……」


 その時、壁が割れるかと思う程の音と振動が姉ちゃんの言葉を止めた。

 驚いたよ。

 姉ちゃんには絶対服従のお前が俺たちに味方してくれるなんて。


 叩いた手を揉みながら姉ちゃんをにらむ沙那の瞳。

 いつもの憎たらしい物とは少し違って、少しだけ寂しそうに見えた。

 でも、震えが伝わるほどにグラスを握り締めている姉ちゃん。

 その頬には、もっと寂しそうな色が浮かんでいた。


「……しーちゃんまであたしの敵になるの?」

「バカ言うんじゃねえよ。ウチはいつだって、姫の味方だぜぇ?」

「あんた、敵に塩を送ることになるわよ」

「そうなんだよな……。でも、このまんまって訳にはいかねえだろ」


 そう言いながら花蓮に向かって顎をしゃくる。

 続きを話せってことらしい。

 花蓮は一つ頷くと、姉ちゃんをぎゅっとにらみつけながら続きを語った。


「でも、このままあたし達が朱里に振り回され続けると困る女がいるの。それは勾玉が手に入らなくなると困るヤツ。そいつが、強引にこの件の幕を引いた。そうよね、沙甜」

「………………姉ちゃん。今の、ほんとか?」

「そりゃ、勾玉最優先だけどさ。苦しんでる朱里を助けてあげたのは本当よ? 学校辞めるの嫌だって言われたならともかく、喜んでくれたんだから」


 そして花蓮と姉ちゃんは、再びにらみ合う。


 震える肩と、寂しそうな笑み。

 どっちの言ってることが正しいんだろう。



 …………姉ちゃんは、いつだって正しい。


 すぐには納得いかない事もいっぱいあったけど、最後には結局姉ちゃんが言ってたことが正解なんだ。

 いつも、そうだったんだ。



 でも。



「……もう俺は、姉ちゃんの指示に従わない」

「雫流! あんた、姉ちゃんの言うことが……」

「アエスティマティオも、自分たちが出たい物だけ参加する。そして俺たちが手に入れた勾玉は! 俺たちで使う!」


 俺の叫びは、それ以上続かなかった。

 キッチンのカウンターが叩き割れる轟音。

 その破壊者は、瞳に赤いものを揺らしていた。


「それだけは許さん。……もしお前が勾玉を使ったなら、強力な認識阻害の術式を使うことになる。人間、悪魔、天使、そして神からもお前の存在を感知できなくしてやろう。……一生、誰にも存在を知られず生きるがいい」

「な、なんでそこまで……。それを生きていると定義するか?」

「知らん。神にお前たちの存在を認めさせるまで、隠しておかねばならんのだ」


 この口調、本気の時の姉ちゃんだ。

 もし逆らったりしたら、本当に認識阻害とやらをかけられるだろう。

 でも。


「……その時は、勝手にそうするがいいさ。さて、朱里ちゃんを探さなきゃ。いつまでかかるか分からないけど、あの罰を解除してあげるんだ」

「それを浅慮せんりょという。朱里は、勾玉を使わない」

「そうだった。……でも、説得する。姉ちゃんに渡さないでいいからって」

「無駄だ。あいつはそれでもあたしに差し出す。それにどこを探そうとも、朱里はもうどこにも……」

「…………学校。今、校門をくぐったあたり」

「美嘉姉ちゃん! ほんとか!?」

「美嘉! あんたまで……、どういうつもりよ!」


 姉ちゃんの叫び声、すこし鼻声になってる。

 たしかにこんな四面楚歌しめんそか、可哀そうだけど、それでも美嘉姉ちゃんに感謝だ。


「花蓮! 行くぞ!」

「待ちなさい。……そこの天使。朱里の居場所を教えるなんて、どういうつもりよ? まさか罠じゃないでしょうね?」


 こら、今度は美嘉姉ちゃんに絡むのかよ。


 膝まで伸びた銀色の髪がさらりと揺れて、花蓮を見据える。

 そしていつものように……、いや、いつもより感情が乏しい言葉を、薄い唇から紡ぎ出した。


「…………理由、簡単。愛情の一種知りたい。私の研究対象」

「美嘉! ほんとにあんたってやつは……っ! 雫流がどうなってもいいの!?」


 姉ちゃんがムキになって叫んでるけど……、ん?

 俺がどうなるってのさ。

 黒いドレスの胸倉を掴まれても全く動じてない美嘉姉ちゃんは、そのまま首を沙那へと向けた。


「…………サタナキア、お前に命ずる。柴咲しばさき寿々すずを誘拐して来る」

「はぁ!? ふざけんな! なんでウチがそんなことしなきゃなんねえんだ!」

「…………言った。知りたい。不幸を生む愛情の姿。理論的に回避不能な事象。若者の苦悩、そして絶望。……急ぐ。時間が無い。彼女だけが答えを知る」

「柴咲さんが……、答えを知ってる? おい沙那! 朱里ちゃんを助けられるかもしれねえんだ、手を貸してくれ!」


 叫んでみたものの、沙那は動かなかった。

 それどころか、俺に向かって一歩踏み出したまま寂しそうな顔を浮かべてる。


「なんだよ。手ぇ貸してくれよ!」

「確かに、納得いくように全部を知りてえとは思う。……でもよ、てめえは、ウチがあのバカを助けるとでも思ってんのか?」

「おお、そう思ってるけど……」


 なんで犬歯剥き出しにしてにらんでんの?

 しかも舌打ちが怖え。ヤクザかよ。


「やなこった。もうてめえなんか知らねえ。どっかで野垂れ死ね!」

「死にゃあしねえ。てめえに貰ったお守りもあるし」


 テーブルに置いておいた鞄を開いて元・沙那の右手を取り出したら、目を丸くしやがった。

 なんだよ、てめえが持ってろって言ったんじゃねえのか?

 邪魔でしょうがねえけど、てめえがそうしろって言うなら俺はそうするぞ?


「もっとも、ピンチの時にどう使ったもんか想像つかねえのが難点だけど。柴咲さん連れてきた後でいいから、どう使うんだか教えろ」

「なんでてめえはそう……。ああもうめんどくせえ。連れてくりゃいいんだろ!」

「だったら最初から……、って、おい!」


 沙那は最後にもう一度めんどくせえとか捨て台詞を残しながら、その黒髪を翻して駆け出した。

 何をぐずったのやら分からんが、まあ、後は任せておこう。

 俺はお守りを突っ込んだ鞄を背負って、金髪の相棒に声をかけた。


「よし、花蓮。俺たちは学校に行くぞ」

「そうね」


 駆け出す俺たちに、弱々しい声がかろうじて届く。


「……朱里の所に行ったら、許さないわよ」

「うるせえ! そんなこと言う姉ちゃんなんか姉ちゃんじゃねえ! 大っ嫌いだ!」


 前だけを向いた俺の目に、もう姉ちゃんの姿は映っていない。


「認識阻害だか何だか知らねえけど、そんなのが怖くて……、そんなのが怖くて! 恋なんかできるか!」


 深夜の屋敷に響き渡る叫び声は、俺の背中を力強く押してくれた。


 でも、今まで俺を暖かく守ってくれていた二つの手から飛び出して行く。

 そんな不安がもやとなって、廊下の窓から見える夜空へと広がっていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 同じ場所でも、日中と夜間とでは印象がまるで異なるもんだ。

 まして人の気配の無い深夜の学校ともなれば、不安と恐怖がその冷たい手を俺の背中に這わせてくる。


 でも、荒い呼吸に煙る視界の先。

 校門から校舎へ伸びる中央通路の街頭に照らされた赤い髪が見えると、そんな心境は一発で吹き飛んだ。


「朱里ちゃん!」


 俺の叫び声に驚いて振り向いた彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 待ってろ、俺がそばにいてあげるから……。


 そう思って走っていた俺の足が、強烈な叫び声のせいで思わず踏みとどまる。


「なんで……!? く、来るんじゃねえ!」

「うおっ!? あ、朱里ちゃん! 退学するって本当か? 俺、なんとかしてあげたいんだ!」


 やっと追いついた花蓮が、荒い息のまま俺と並ぶ。

 すると朱里ちゃんの目には、明らかに恐怖の色が浮かんだ。


「まさか、花蓮ちゃん……。し、雫流。もういいよ。ありがとう。短い付き合いだったけど……」


 朱里ちゃんが後ずさる。

 だが、その足を引き留めるように、花蓮が叫びながら走り出す。


「待って朱里、行かないで! 私、あなたに言わないといけない……、ぐあっ!」


 花蓮の叫びは、そこで事切れた。

 朱里ちゃんの横から飛びだした光。

 それが花蓮に当たり、小さな体を地面に弾き飛ばしたのだ。


「花蓮……? 花蓮!」


 俺が慌てて駆け寄ると、力なく上半身だけ起こした花蓮の額には、血が滲んでいた。


「花蓮! 大丈夫か!」


 俺の声を手で制した彼女が、苦痛に顔をしかめながら口を開く。


「あれが……、罰の正体よ」


 花蓮が見つめる闇の中。

 朱里ちゃんの左右に引かれた金色の線。

 そこには、花蓮の額をかすめた得物がずらりと並んでいた。


「レ、レイピア……。天使の、武器か」

「それを咥えている奴らが、朱里を苦しめてきたの」

「まさかお前ら………………、ウソだろ?」


 闇に輝くレイピア。

 その研ぎ澄まされた剣先が上下にうごめく。


 そして、柄の側を咥えていたのは……。


「ハト……」


 闇を割るように現れたのは、見たことも無いほどに目を赤く光らせた、神の使い魔だった。


「机からこいつらが出て来るのに気付いたあんたのおかげで、ひょっとしたらと思っていたの。ただのハトじゃない、神の使い魔なら、レンガだって、だって簡単に浮かすことが出来る」

「そ、そういうことだったのか。でも、だったらなんで今度はレイピアなんだ?」


 恐怖が喉をごくりと鳴らす。

 そんな俺の目には、地面にへたり込んでハトの軍勢を見渡す朱里ちゃんの姿が映し出されていた。


「うそでしょ…………、効果が強くなってる。こんなのまともに当たったら、死んじゃうよ…………。お願い、もう、やめて……」

「朱里ちゃん! ……くそう、花蓮! あれをかいくぐる手はねえのか?」

「分からないの。何が条件で、あのハトたちが朱里のそばにいる人を攻撃するのか。分からない……」


 そう言いながら震える膝に手を突いた花蓮がまた一歩を踏み出すと、


「いやあ! 近寄らないでーーーーーーーーー!」


 襲い掛かって来たレイピアのグリップで強く肩を打ち据えられて、片膝をついた。


「朱里、聞いて! ……さっき朱里がいなくなるって思った時に、私、後悔したの! このまま、本当の気持ちを伝えないまま別れるのは嫌だって!」

「やめて……お願いだから、あたしを嫌って! あたしの事、一生化け物だと思ってくれるって、そう言ってくれたじゃない!」


 朱里ちゃんの叫び声を悲痛な面持ちで聞きながら、再び立ち上がろうとする花蓮。

 俺は彼女を支えながらその隣に並んで、剣呑な罰に立ち向かう決意を固めた。

 だって……。


「逃げてーーーーーーーーーーーっ!」


 だって、君はそんなにも、泣いているじゃないか。


「行くぞ、花蓮!」

「ええ!」


 だが、俺たちの覚悟は一瞬で異なるものへと塗り替えられた。

 それは、恐怖。

 正面から、同時に数十本ものレイピアが襲って来たのだ。


 こんなの避け切れるはずねえ!

 抱き合ってうずくまる俺たちのすぐそばを、無数の風切り音が貫く。


 ……でも、体には一本も凶刃は届かなかった。


 慌てて顔を上げると、そこには俺たちを守るかのように両手を広げて立つ背中。

 その、スエット姿のシルエットは。


「………………柴咲しばさきさん」


 サイドテールを外した非対称の髪を揺らしながら振り向いた彼女は、俺達に優しく微笑むと、その表情を厳しいものに変える。

 そして、朱里ちゃんへと向き直り、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 沙那、間に合ったんだ。

 でも何がどうなったんだ?

 レイピアはどうして当たらなかった?


「…………大丈夫よ、朱里。あたしは、あんたを最低のクズ女だと思ってるから。当たらないわ」

「やめて……。もう、こんなのいやあぁぁ」


 そして力なく地面に座り込んだままの朱里ちゃんに向けて、柴咲さんはさらに一歩を踏み出す。

 すると、レイピアがまっすぐ彼女の元に飛び、そして途中で軌道を逸らして俺達からかなり離れたところに落下した。


 悪魔なら、罰の効果をうまく利用して回避することも出来る。

 天使だったら、自分達が使役する武器が逸れるのは普通の事だ。


 でも、ただの人間の彼女に、どうしてこんな真似ができるんだ?


「ったく、何の騒ぎだこりゃ」


 柴咲さんを連れて来た沙那が、花蓮を背中から抱き起こす。

 そして、ぎゅっと前方の脅威に目を凝らした。


 その視線の先には、握った両手で交互に涙を拭い続ける少女の姿。

 朱里ちゃんは涙にむせびながら、震える声で訴えかけて来た。


「あたしは、学校を辞めるの。それで、誰とも会わずに暮らすから、お願いだから今だけは……みんな、あたしを嫌いになって……」


 そうはいくか。

 だって俺は……、お前の英雄になるって決めたんだからな!


「嫌いになれ? そんなことできるわけねえだろ! みんな同じ気持ちだ!」 

「にげ……て……。あたしは、もうここから消えるから……」

「なに言ってるんだ! 俺たちはみんな、朱里ちゃんの……」

「や、やめろ七色! それは……!」


 柴咲さんが慌てて振り返る。

 でも、花蓮が言いたかったことなんだ。

 俺が代わりに伝えなきゃ。


 絶望的な、悲しそうな顔を浮かべる朱里ちゃん。

 君を笑顔にさせる言葉があるとすれば、これだ!


「俺達はみんな! 何があっても! 朱里ちゃんの、『   』だ!」






「いやーーーーーーーーーーー!!!!!!」






 朱里ちゃんの背後が、視界の限り黄金に染まる。


 レイピアによる絨毯。

 それが正面からうねるような輝きと共に襲い掛かって来た。


 隙間などどこにも無い。世界のすべてが金色に覆われる。


 空気の圧力かレイピアが突き立った衝撃か。

 俺は吹き飛ばされて、地面に横たわった。




 ……でも、俺はその現象を認識している。

 俺は、生きている。




 慌てて周りを見回すと、地面に横たわるみんなが、今、うめき声をあげながら起き上がった。


 ……その体は、青い光に包まれていた。


「これは、祝福ブレス! …………美嘉姉ちゃん!」


 俺は、倒れている銀髪の天使に気付いて慌てて駆け寄った。


「美嘉姉ちゃんが助けてくれたの?」


 羽のように軽い体を優しく起こす。

 するといつもの無表情は、俺の目を見つめながら力なくつぶやいた。


「…………間に合った。でも、神聖力しんせいりょく出し切った。しばらく動けない」


 この虚脱は、祝福ブレスを使ったせいだ。

 何で美嘉姉ちゃんはそれ使うたんびに倒れるのさ。


 俺たちの周りに、みんなが体を引きずって集まってくる。

 でも、一番いて欲しい人の姿はどこにも無い。


「朱里ちゃんは?」

「…………校舎の中、走って行った。さあ、雫流ちゃん。……私に、見せるがいい」

「何を?」

「…………すっごいらぶ」

「こんな状況でバカ言ってんじゃねえよ。それに、今のままで追ってもどうしたらいいか分かんねえし。……そうだ、美嘉姉ちゃんが答え教えてごひんっ!」


 見上げれば、怒り心頭の金パツインテ。


「いてえな!」

「天使に聞いたら罰の効果が最大になるの!」

「だって朱里ちゃんの罰が分かんないまんま追ったってしょうがねえじゃねえか!」


 そんな俺の真剣な叫びに、みんなは苦笑いとため息とで返事をした。


 ……え? ひょっとして……


「皆には分かったの? 朱里ちゃんの罰」

「ええ、あんたのおかげでね」


 そうつぶやいた花蓮は、柴咲さんへと振り返る。

 そして、お互いに苦々しい表情を浮かべた。


「寿々、あなた一人にずっと辛い思いをさせていた。気付けなくてごめん。でもまさか、を……、なんて……」


 抱き合った二人に、沙那がぼりぼり頭を掻きながら話しかけた。


「でもよ、罰が何なのか分かったところでどうしようもねえぞ。こんなの、救いたくても救いようがねえ」


 柴咲さんは、沙那にひとつ首肯で返事をした。

 そして俯く花蓮を見つめながら訥々とつとつと語り出す。


「……そうなの。たとえ花蓮がそれを分かったところで、朱里を救うことなんかできない。いえ、彼女を救いたいと思うほど、罰の効果で攻撃されるの。できることはせいぜい、彼女があの罰で周りの人を傷つけることが無いようにすることだけ。誰もが彼女を友達だとは思わないよう説得して歩くことだけだった……」

「私は、ずっと寿々の言葉を勘違いしてたのね……。金輪際あの子を友達と思う人を根絶やしにするって、そういう意味だったなんて」


 悔しそうに頷く柴咲さんの肩を、沙那が優しく引いて抱きしめた。


「……てめえは、よくそんな辛い事できたな。ほんとにあいつの事……」

「違う。あたしは、あんな最低の女のために優しい子が傷つくことが許せなかった。それだけよ」

「強いなあ、てめえは。……ウチは、多分ダメだ。こんなに憎んでるけど、その意味を知っちまったらもうどうにもできねえ」

「私も。……二度と朱里に会うことはできない。あの子が、悲しむことになる」


 電灯に暗く照らされたこの場所から、それきり音が消えてしまった。

 ただ、俺達の間を悔しさが埋め尽くしていく。

 みんなが朱里ちゃんを助けたいと願う気持ちが、この場所を不幸にしている。



 ……えっと、そんなところでほんとに恐縮なんだけどさ。


「いつも通りでわりい、なんで最後に大雨になったんだ?」

「ほんとぶれねえな、このバカ姫」


 そんな顔でにらむなよ。悪かったな、バカで。


「みんな当たらなかったから良かったものの、大惨事になるとこだった」


 大惨事。

 そう、しばらくミートソースとナポリタンが食えなくなるとこだった。


「めんどくせえな。いいか? てめえが大見栄切って言った……」

「待ちなさい沙那! …………変態。あんた、今、何て言った?」


 急に花蓮が大声をあげて、沙那の解説を止めた。

 何を言ったかって? えっと……、なんだっけ。


「ミート……、いや、ナポリタン!」

「この脳硬変! わけ分かんない! それより、レイピアが当たらなかったの?」

「おお、当たってねえぞ? ……え? みんな当たったの?」


 あれ? ほんとだ。

 なんで俺には当たらなかったんだ?


「まあいいや。それよりみんな、祝福ブレスで守られてたからってあの打撃だ、痛かったろ。大丈……夫……?」


 なんだよその沈黙。

 あ、このパターンは良くない。さすがに学んだ。


「バカに生まれてすいません。そんな俺にもわかりやすく教えてください」

「その前に確認しないとね。雫流にとって、朱里は、なに?」

「なにって? ああ、俺にとって朱里ちゃんは……」


 おいお前ら。

 俺はまじめに答えただろうが。

 なんだよその大爆笑。


「いい加減にしろよお前ら! 小さい頃、バカを指差して笑っちゃいけませんって習わなかったのか!? 何がどうしてこうなった! 教えろ!」

「変態、あんたがバカで良かった。この答えを教えたら、きっとうまくいかない」


 花蓮は優しい笑顔を浮かべながら、俺の手を握る。


「あんただけ。あんただけが、朱里を救うことが出来るの。ゼロを1に出来る英雄だけがね」


 そう言うと、みんなも笑顔を浮かべながら、俺の体に触れて来た。

 こら、お前は触るなバカ王子。


 でも、みんなの想いが入り込んでくる。朱里ちゃんへの愛情が、伝わってくる。


「七色は、バカな奴だったのね。でも、今はそのバカが最後の希望よ」

「てめえ、普通の奴なら気付くことに気付けないバカでよかったな。ほら、ウチの気が変わる前に行けよ、バカ」

「早く朱里を助けに行きなさい、バカ。あんたのバカは、最高に素敵」


 俺は、みんなのおかげで芽生えた熱い想いを、深夜の校庭に響き渡るほどの大声で叫びながら、力強く走り出した。


「ちきしょう! みんな大っ嫌いだーーーーーー!」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 よくがんばったよくがんばったよくがん>

 ばったよくがんばった。おわった。コピ

 ペなしで1000個。

 最後に俺に向けて、よく頑張った。


<足りない


 勘弁してくれ。親なら誰でも通る道だ。>


<辛いものだ。あたしが必死に勾玉を集め

 ているのは、雫流の命を助けてやるため

 だというのに。なんでその雫流から大嫌

 いなどと言われねばならんのだ。なあ、

 ほんとに全ての親がこんな思いをするの

 か?


  そりゃあそうだろ。親の心子知らず。>


<偉大だな、親というものは。あたしが親

 子の愛情を理解できているなどと思うの

 はおこがましい。


 ほんとによく頑張った。でも、一時の感>

 情に流されて、万が一雫流を失うような

 ことになったら大変だ。十河は、十河が

 最も正しいと思うように動くことだ。


<わかった。なあ、一つ聞いていいか? 

 朱里の罰、あたしのものじゃないよな?

  やっぱりあたしは知らないぞ?


 何言ってんのさ、十河の罰だよ。気付い>

 てなかったの? 沙那さんと同じでちょ

 っと罰の形が変わったんだね。君の場合

 は、どれだけ望んでもが出来ない。

 朱里さんの場合は、に危害が加えら

 れる。まあ、十河が気付かずに暮らして

 いたのも無理は無い。だってみんなから

 は「姫様」って慕われてたわけだから。


<あたしの罰だと!? こら、分かりやす

 く説明するのだ! あと、姫ではない。

 殿下と呼ばんかばかもの。


 いや、気付いてないならその方が都合い>

 いよ。朱里さんのところ、ちょくちょく

 顔を出すことにするんだろ?


<ああ。朱里は、もはやあたしの家族だ。

 辛い思いをさせるのだ、せめてそれぐら

 いはしてやらんと。だがそれとこれとは

 話が違うだろう。教えろ。


 良かったよ、十河が俺の思った通りの君>

 でいてくれて。もう一度言おう。朱里さ

 んの罰を詮索するな。そのままの気持ち

 で彼女に接してあげてくれ。


<七色もそうやってあたしを不安にさせる

 のか? 美嘉も裏切るし。あたしは一人

 ぼっちだ。


 美嘉ちゃん先生は、裏切ったわけじゃな>

 くて本気でただの研究だと思うよ。その

 せいでおかしなことにならなきゃいいと

 は思うけど。


<心配になって来た。ちょっと見て来る。


 ああ、弱気にならないように威圧的に、>

 そうだなあ、鎌でも持って行ったら?


<なぜそこまでプロデュースするのだ。か

 つて、似たような思いをしたことがある

 な。文化祭の時だ。お前の台本に従って

 あたしは大層笑いものにされた。


       そりゃコメディーだしな。>


<一つ聞いていいか? あの子たちがこの

 試練を乗り越えることが出来るかと、聞

 いたことがあったはずだ。その時、乗り

 越えられると言ったよな。だがあたしに

 はこうして、あいつらが自力で乗り越え

 ようとする機会を潰すよう煽っている。

 なにかおかしくないか?


 おかしく無いよ。あいつらは朱里さんを>

 救いたいと真剣に考えてる。応援したく

 なるのは親心だ。でも、十河と俺は、雫

 流の存在を一刻も早く神に認めさせるた

 めに勾玉回収を優先させたい。これも親

 心だ。


<相反した奴だ。あたしを役者のように扱

 っているわけでは無いのだな?


 そんなこと考えてたんだ。でも、ある意>

 味そうかもね。彼らの望む結末になった

 なら、十河はただの悪役だ。俺たちの望

 む結果になったなら、自分の要求を優先

 するために仲間を見限った冷徹な王女。


<なるほど、どっちにしたって救いようが

 無いのだな。親というものは、苦しいば

 かりではないか。


 しょうがないだろ? 子供が親の希望に>

 そぐわない事をしたいと思った時、親は

 いつだって悪者さ。俺の分も、頑張って

 きてくれ。どっちの結果になったって、

 俺はお前の事を愛してる。


<まったく。だが、あたしだって想いは一

 つだ。朱里を切り捨てて、雫流を取る。

 どっちの結果になったとて、あたしを愛

 していてくれ。……雫流の為に、悪者を

 演じきってみせよう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 深夜の学校で、朱里ちゃんの行き先を当てることなど造作もないことだった。

 だって、大好きなイチゴとミルクの香りを辿ればいいわけで。


 朱里ちゃんの香りは北校舎の端まで続いて、外に出るとふっと途絶えた。


「……よかった、見つけたよ」


 北の庭園、目抜き通りの一つ目の花壇。

 その暗がりの中に光る赤い髪。

 月が彼女を暖かく見守るように照らしていた。

 

 うずくまって泣いている朱里ちゃん。

 そんな彼女は俺の声に気付いた途端、耳を塞いで、叫び声をあげてしまった。


 あ、そうか。俺はその叫び声に負けないように、大声を張る。


「大丈夫だよ! みんな無事だから! 美嘉姉ちゃんが守ってくれたんだ!」


 朱里ちゃんは自分のせいで取り返しのつかないことをしてしまったと思っていたんだろう。

 俺の言葉を聞くなり、両手を地べたに這わせながら見上げて来た。


「ほ…………、ほんとに…………?」

「ほんとだよ。さっきまで、みんなして俺の事バカにしてたほど元気だ」


 安堵の表情が、震える息を大きく吐き出す。

 でも、再び膝を抱えてうずくまってしまった。


 やがて聞こえる、消え入るような、寂しい声。


「雫流も、もう帰って……。あたし、すぐにみんなの前から消えるから……」


 そう言いながら、制服の袖で何度も涙を拭う。

 可愛そうに、目の下が擦れて真っ赤になってる。


 助けてあげたい。なんとかして救ってあげたい。

 多分俺はそのために、君の腕に落ちて来たんだ。


 朱里ちゃんの傍まで近寄って、横に腰を下ろす。

 バカな俺にはこれしかできん。

 こんなことで朱里ちゃんの英雄なんて名乗ることはできねえけど、それでも、安心させてやりたいんだ。



 ……そんな俺を、朱里ちゃんは首を捻りながら眺め始めた。

 なんだよ。口の周りにナポリタンでも付いてるか?


「どうして? ……どうして雫流は平気なの? あ、あたしのことを……、どう思ってるの?」


 なぜみんな同じ質問をする。


「さっきも花蓮に聞かれたよ。なにそれ? 朱里ちゃんまで笑う気かよ」

「なんて、答えたの?」

「勇者様」


 その時、少しだけ強い風が吹き抜けた。

 菜の花の茂みが騒めいて、まるで俺の心のように波を打つ。


「……勇者様? 友達じゃなく?」

「何度も聞くな。朱里ちゃんは、俺の勇者様だ」


 初めて出会ったあの日。

 空から落ちた俺をキャッチしてくれたあの時から変わらねえよ。

 朱里ちゃんは、俺の勇者様。


 月明りの中、青白く凍えて見えた朱里ちゃんの頬。

 そこに、あっという間に赤みが差した。

 ヒビが入るかと思うほど凝り固まった表情も柔らかく緩んで、


「あはははははははははっ! やだもう!」


 大笑いしながら、俺の腕をバシバシと叩き始める。


 おお、なんだよ急に元気になって。

 痛いけど、すごく嬉しいっての。


 ……やっと、いつもの朱里ちゃんが帰って来た。


 泣いてた直後で涙腺が緩んでいたのか、笑いながら涙をぽろぽろと零した朱里ちゃんは、最後に鼻をすすると、えへへとはにかんだ。

 うん、よかった。俺、役に立ったみたい。


「じゃあ、雫流はあたしの何?」

「空から降ってきた…………、マスコットキャラ?」


 こら、地べたに横になってまで笑うな。

 そんなに変か?

 ……まあ、変だけど。


 恥ずかしくなって朱里ちゃんから目を逸らして、鞄を膝に降ろす。

 よし、今はできるだけ、とぼけてあげよう。

 バカの功名だ。俺の得意分野……、ん?


「きゃーーーーーーーーーーーー!」


 そうは言ったけどさ、叫び声はやり過ぎだろ。

 でも、こんなのしょうがねえ。

 鞄の蓋が開いてて、そこから白い手が顔を出してたわけだし。


「びっくりするわ! 元・沙那の右手じゃねえか!」

「あたしがびっくりよバカ! 悲鳴なんて……、うわ、よくできてるわね。どうしてこんなの持って歩いてるの?」

「いつか俺がピンチになった時のお守りなんだって」


 そう言いながら、精巧なおもちゃを左手に装備。

 かちゃかちゃと動かしてみた。


 ちょっとでも気を紛らせてあげたい。

 どう? お茶目だろ?


「……両方右手になってるよ? 気持ち悪い」


 逆効果でした。

 こうして制服の袖に入れると、さらに気持ち悪い。


 むっとしながら俺をにらんでいた朱里ちゃん。

 それがくすくすと笑った後、再び寂しそうな色を浮かべた。


 月を仰ぎ見る横顔は白く輝いて、頬から顎にかけた細い線をくっきりと浮き上がらせる。

 初めて出会った時から変わらない。

 君は俺の勇者様。…………すっごい美人さんの、勇者様。


「でも、勇者様か。……そのうち、そうは思わなくなるんだろうね。だから、ずっと変わらないっていう約束が欲しかったのに」

「何の話?」

「付き合ってくださいって言ったでしょ? ひょっとしたら、彼氏だったら平気なのかなって考えてたの。失礼だったよね。ごめんなさい」


 ああ、この間のやつか。

 ……返事しなきゃなのかな?

 てれくせえから、顔はそむけさせてくれ。


「今の説明、まるで理解できてないんだけどさ。……俺、朱里ちゃんが彼女でもいいよ? むしろめちゃめちゃ嬉しい」


 なんだか謎だらけのままで告白することになったから、ドキドキはしてない。

 でも、例え朱里ちゃんがどんな表情だったとしてもその顔を見た瞬間にタライだ。

 俺は覚悟を決めながら振り向くと……、


「ぶっさいく」


 下唇を突き出して闇夜に目を凝らした赤毛猿が、鼻息荒くきょろきょろと何かを探していた。


「おいこら。聞いてた?」

「もう一回言ってみて。これであいつらが現れなければ……」

「こんなのにリピート要求するか? それに動きが気持ち悪い。あと顔。お前、ロマンスって言葉から最も離れた存在」

「いいから!」


 もう、なんなんだよ。


「…………俺、朱里ちゃんの彼氏になってもいいよ」

「逆!」

「へ? 逆って? ……まさか!」


 そうだったのか……!

 朱里ちゃんの罰って、そういうことだったのか!


「俺が朱里ちゃんの彼女!? いや、でもそれは!」

「どうしてこの期に及んでバカなのよ!」


 うわ、今度はすっごいふくれっ面。

 でも急に顔を寄せてきたから、危うくドキドキしかけちまった。


「あたしは! 雫流の! 何!」

「ああ、そっち! 朱里ちゃんは俺の彼氏はふん♡」


 いってえ! 鞭で叩かれた!

 ……気持ちよかったけど。


「やり直し! あたしは、雫流の何?」

「彼女。……だからその下唇きょろきょろやめろ。誰もいねえだろうよ」


 これ、からかわれてるのか?

 そう思いながら盛大にため息をついた俺に、


「どわっ!?」


 ……朱里ちゃんは、力いっぱい抱き着いてきた。


 なにがなんだか分からない。

 混乱する。

 でも、考えることに意味はないと、心が教えてくれている。


 大好きな、ミルクの中にストロベリーシロップを溶かしたような香り。

 それが一旦離れると、今度は鼻先が触れそうなほどに満面の笑顔を寄せてきた。


「……もう一度、言って?」

「朱里ちゃんは、俺の彼女」

「大好き!」


🐦がんっ♡


 いままで頑張って来た俺のピュアハートも、大好きな子に抱き着かれながらこんなこと言われたらさすがに限界だ。

 このドキドキ、ばれたら恥ずかしい。

 ……でも、俺たちの体の間で高鳴る鼓動、右と左にふたっつある。


 なんだ、朱里ちゃんも一緒なのか。

 その事を知ったら、同じペースでリズムを刻む二つの早鐘が、心地いいものに感じられた。


🐦がんっ♡


「でも邪魔っ! ハト! あと、この金ダライに書いてあるハートマークなんのつもりだよ!」


 俺が朱里ちゃんを引っぺがしながらハトにクレームを入れていたら、朱里ちゃんが顎に手を当ててタライをにらみ始めた。


 おお、名探偵顔。凛々しい。

 そうそう、美人さんな朱里ちゃんには、その真剣なまなざしが良く似合う。


🐦がんっ


「二個しかねえのかよ特別バージョン。記念すべき日なんだから、しっかり準備しとけよ」

「うーん。雫流の罰、やっぱり分かんないな。まあいいか」


 朱里ちゃんはぴょんと立ち上がって大きく伸びをした後、満足そうに息を突く。


「……一人だけ、特別な人が出来た。あたしは学校からいなくなっちゃうけど、たまには会いに来てね、あたしは雫流の彼女なんだから。友達じゃなくて!」


 俺を見つめる笑顔の中に、ほんの少し寂しさが垣間見える。

 そんな朱里ちゃんが遊歩道をゆっくり歩きだす。

 もちろん俺も後を追った。


「……ほんとに辞めちゃうの?」

「うん。今日みたいなことに、どうしてもなるから」

「そっか」

「それこそ彼氏に迷惑かけちゃうよ。あたしは雫流の彼女だからね」


🐦がんっ


「彼女、強調するね」


 またもや名探偵顔で後ろに転がるタライを見つめる朱里ちゃん。

 でも、さすがに分かるまい。


「……あたしは雫流の彼女」


🐦がんっ


「彼女」


🐦がんっ


「カナブン」


🐦こんっ ……ぶーん


「うーん、分かんないなあ」

「俺にだって分かんねえよ。どうして我が家のハトはこうピンポイントな物持って浮いてるんだ?」


 夜空に目を向けると、星の海を渡るいろんな形のシルエット。

 しかも出撃機数もはんぱない。もはや総力戦。


「雫流のとこのハト、可愛いよね! あたしのと違って!」

「朱里ちゃんのハト? ああ、人相悪いよね」

「うう、ごめんね……」


 しまった、今の返しはさすがにダメだろ。

 俺を見ていた女子がいたら、きっとプンスカ怒り出すとこだ。

 えっと、なにか話題は……、ああ!


「そうだ! アエスティマティオ出てたぞ?」

「いいね、やろうよ! 雫流はあたしの、最高のパートナーだもんね!」

「おお、そう言えばそうだったな」

「じゃあ、まずは雫流のヒントを……。あ、でも、痛くなったらあれやめてね? 彼女としては心配よ?」


🐦がんっ


「……彼女」


🐦がんっ


「火葬所」

「嘘だろ!? そんなもん召喚するんじゃ……………セーフ! セぇぇぇフ!」


 言ったものが落ちてくるわけじゃねえけどさ。

 勘弁して下さい。


「あたしは雫流の彼女」


🐦がんっ


「もうやめね?」

「かなづち」


🐦ごんっ


「カツオ」


🐦べちゃっ


「カカオ」


🐦


「不発? ねえ朱里ちゃん、あいつら涙目でいろんなもの探しにいってるみたいだから許したげて。カツオに対応できただけでも秀逸だよ」

「これ、金魚だけどね」

「そっちの方が彼女って言葉に近いじゃねえか。そこは朱里ちゃんがハトに謝るべき。それよりこれ、やるんだろ?」


 俺は鞄から携帯を取り出して、レンガの花壇に座り込んだ。

 隣に腰かける朱里ちゃん。

 幸せ。ドキドキするぜ。

 だって隣に座ってるの、俺の……


「…………オコジョ」


🐦🐦🐦🐦🐦ガガガガガンッ!


「おまえら! 朱里ちゃんに対する態度と違いすぎんだろふざけんな!」

「いたーーーい! あたしにも当たった!」

「おお、悪かったな」


 なんで俺がハトの代わりに謝らにゃいかんのだ。

 言いたいことは山ほどあるけど、日本で言う男女平等ってそういうことだもんな、しょうがねえ。

 俺はほっぺたを膨らませた赤髪ポニテの頭をポンと優しく撫でてあげてから、携帯の画面を光らせた。



  本日の進級試験 上級課題・五月

 Sランク:きばがため はのの「の」にでか わかなつむ



「……条件とか、一切無しなのね」

「おお、初めて見るパターン。っていうか、昼間出たヤツの上の句じゃん」

「ほんとだ。あれ、あたしも解けたのにみんなに邪魔されたのよね」

「じゃあ、同じパターン?」


 鞄からルーズリーフを取り出すと、いつものように取り上げられた。


 そして、〇が〇とか、〇は〇とか、いくつも書き出していく。


 懐かしいな、初めて会った日の事を思い出す。

 たった一週間前のこととは思えない、幸せな記憶。

 あの時も、お前の横顔を眺めながらこうして……。

 そう、こうしてお前の天然っぷりに呆れてたんだ。


「「み」が「ば」って、四個書いてあるよ?」


 あ、また書いた。


 ……朱里ちゃんの真剣な横顔。

 街灯に照らされて白く輝く細めの頬。

 ぱちっと音が出そうな瞬きをするアーモンド目。

 こうして、学校の中で見ることはできなくなっちゃうんだね。


 ……朱里ちゃんに、学校を辞めて欲しく無いな。

 罰を解除してあげたい。


 でも、たとえこの暗号を解読できたとしても、朱里ちゃんは姉ちゃんに勾玉を渡して学校を後にするんだろう。


 そんな優しい子が悲しむ世の中、間違ってる。

 ……でも、どうしたらいいかなんてわからないよ。

 俺は、君の英雄になりたいってのに。


「ちょっと! 雫流も考えてよね? これ、あたしたちペアで解く、最後の暗号になるんだから!」


 そうだった。

 俺は押し付けられたルーズリーフを一枚捲りながら気合いを入れた。


 でも、昼間、頭痛くなったんだよな。

 ひょっとして、また……



 反射観察スチールリフレクス………………



 ズクンッ!



 い…………………ってーーーーーーーーーー!


 ヤバい。激痛。


「ちょっと、大丈夫? まさか……」

「ないない。何でもないよ」


 脂汗が出てる。気付かれないように……。



 反射観察スチールリフレクス



 ……………………いてえ。いてえよ。

 頭の中が何かにかきむしられてるみたい。

 こうしてリアクションしないでじっとしてることが奇跡的。


 でも、これが最後なんだ……。頑張れ、俺!


 揺れる視界の端から、朱里ちゃんが顔を覗き込んできた。

 平気なフリしなきゃ!

 か、書き写さないと!


 ……きみば、ためは…………、ぐぅっ!



 霞む視界に、携帯の画面とルーズリーフがかろうじて映る。

 それが見たことも無い景色へ塗り替えられていく。


 四面を囲む本棚。真ん中のテーブルの上に赤い色を放つランプ。

 そこで俺は、本を読んでいる。

 椅子の上に立って、テーブルに両手を突いて。

 背、ちっさ! それにこの腕……、女の子みたいに細くて真っ白。

 肩から滑り落ちた銀の髪が本に落ちる。長いって。髪、切れよ俺。

 右の席に座っているのは美嘉姉ちゃんだ。

 左に座ってるのは……、顔が見えないな。長い黒髪の人。

 そして正面に、騒がしく椅子の上で跳ねる少年。

 黒髪の人に叱られて、しゅんとしながらぼさぼさの乱切り髪をしおらせて……。



「雫流っ!」


 朱里ちゃんの声に気付いて目を開いたら、天地が入れ替わっていた。

 そしてこれは、初めて会った日と同じ、お姫様抱っこ。

 俺の彼女、やっぱり勇者様だ。


「うそつき! 痛かったんでしょ!? もう、そういうのはやめてよね!」

「……すまん、泣かせちまったか」

「心配したんだから……」


 土の踏み固められた遊歩道。

 そこに直接座り込んで。

 ……俺の為に。ありがとう。


 朱里ちゃんは俺からルーズリーフをひったくると、両手で挟むようにぱたんと閉じてしまった。


「もうおしまい!」

「いや、もうあれは使わねえから。頑張ろう」


 よろよろと体を起こすと、膨れ顔の朱里ちゃんに出迎えられた。

 その手に挟まれたルーズリーフに赤い文字。


「なんだこれ? こんなの書いた覚えない。……ああ、姉ちゃんの字だ」


 ルーズリーフの表紙には、几帳面な姉ちゃんの字。

 その内容は…………、うん。なるほど。



<瑕疵あれ、夜間なり>

三人娘が、雫流の力になりますように、だってさ♪

お父さんからのメッセージでした!

ねえこれ、どういう意味?



「沙甜さんからの? ううん、お父様からのメッセージだって」

「そうだねえ。さてここで、重大なお知らせがあります」

「ああ、はいはい。最初のが読めないのね」


 おれが愛くるしさを意識して頷くと、呆れた顔で返された。

 ……ほんと俺、勉強しねえと。


瑕疵かし。傷とか欠点とか、そういう意味ね」

「じゃあ、ドM宣言か? しかも夜に、とか。とんだ変態だ」

「そんな意味じゃないって。えっと、傷ついてでも行こう、まるで今は夜だけど。そんな感じ? 何かの覚悟みたいね」


 なるほど、そういう意味なんだ。

 でも。


「そんなこと書くかねえ? あの甲斐性なしからメッセージとか言われても、俺にはインクの無駄にしか見えん。まあ、赤インクだからいいけど」


 俺が悪態をついたら、腕をギュッと掴まれた。

 そんなに怒るなよ。

 そもそもあの甲斐性なしがって、顔ちかっ!

 こら、そんなことされたら🐦がんっどころじゃ……


「これが、赤く見えたの?」

「ああ。……え? 赤いだろ?」

「黒い文字が赤く見えた? 緋の字の時と一緒! じゃあこれ、ヒントってことじゃない! 三人……、あたしたち?」


 朱里ちゃんは、表紙に三人組の名前を書いていく。


 かれん。しゃな。

 そして、あかり。



 かれん

 しゃな

 あかり



「瑕疵あれ……っ! 縦読み!」

「おお、ほんとだ。さすが名探偵だな」


 花蓮の頭の良さと違って、朱里ちゃんのは暗号解読に特化した感じ。

 そんな朱里ちゃんにとって、これが最後の暗号解読になるのか。


 ……おれも、精いっぱい力になろう。


「じゃあ、ひょっとしてこれも!」


 ああ、さっきのがヒントに見えたってことは、きっとSランクの暗号を解くための鍵だってことだ。

 つまり、縦読み。


 朱里ちゃんはルーズリーフを再び広げると、アエスティマティオの文字をひらがなにして書いていく。


 五行で書いて、縦に読む。…………読めないな。

 四行で書いて、縦に読む。…………読めないな。

 五行で書いて、うん、だからさ。

 五行でおぉぉおい!


「朱里ちゃん! ギア! 入れてギア!」


 エンジン焼け焦げそう!

 また異次元に飛んじゃうっての!


「なによギアって?」

「どうしてお前はそう航海図に載ってない所に行きたがるコロンビアなの?」

「コロンブス」

「そういう屁理屈はいいから。ヒントが三行三列だったんだから、三行だろうが」

「あ、そっか」


 もっとも、これで読める保証はどこにも無いんだけどね。

 さて……。



 き  ば  が

 た  め  は

 の  の 「の」

 に  で  か

 わ  か  な

 つ  む



「文章に…………、なったよ、雫流」

「北の庭、ツバメ野で噛む蛾は「の」かな」

「あそこだ! 雫流! ハリー!」

「え!? なに言ってはふーん♡♡♡♡」


 気持ちいだだだだだだ!

 いちいち引きずんな!


 でも、この鞭は俺に甘美な飴も運んでくれるから嬉しい。

 まっくらだからよく見えないけど、だから良し!


 見よ! 朱里ちゃんのスレンダーな足にうすーく浮かんだ筋肉!

 その凹凸に陰影が付いてこんなにもセクシー!

 そして、🐦爆撃はすべて空振り! 足元にすら届かんでは無いか!

 わっはっは! わが軍はあっとうてぐほっ!


「あ、ゴメン! 口に靴が入った? でも雫流は頑丈だから平気だよね!」


 痛いってより、精神的に来たぞ今の。ぺっぺっ。

 これだったら痛い方がまだましごひんっ!


「ここ! 雫流も探して!」

「おお、その前に、今抜け落ちた俺の魂を探して欲しい。間に合わなかったら、墓碑には「花壇の角、やるときはやる」って書いてくれ」

「バカ言ってないで急いで! 多分この辺に……! あった! 雫流、あった!」


 目を回す俺の目の前。

 レンガを嬉々として指差してる朱里ちゃん。

 あ、これ。蛾を咥えてる、飛んでないツバメ。


「なんだよ、こないだは気持ち悪いって言いながら俺の頭にタライ落としたくせに」

「ここに……、えい!」


 ああもう、俺のボールペン、芯出してがしがしレンガに叩き付けやがって。

 赤だけ書けなくなるっての。


 あと、ちょっと待って。

 縦読みにしても分かんなかった所があるんだけど。


「朱里ちゃん、括弧つきの「の」って、なに?」

「なによ分からないの? 「の」の字! かたち!」

「何の形なんだよ」


 その時、ボールペンがボコッと音を立ててレンガに突き刺さった。

 ツバメが咥えた蛾の辺りだ。


 目を見開いて見つめ合う二人。

 そしてその目は同時にレンガへ向けられる。


 ボールペンのグリップを握り直した朱里ちゃんが、てこの要領で中にあるものを慎重に掻き出していく。

 すると蛾の模様がぐずぐずと崩れて押し出され、最後に出てきたのは、「の」の形をしたもの。


 つまり……


「見つけたーーーーーーーーーー!! Sランクの勾玉! あたし達、Sランクの暗号解いたのよ! あたしたちやっぱり、ベストパートナー!」


 朱里ちゃんは歓喜の声を上げながら勾玉を俺に渡して、そして、


「雫流! 大好き!」


 そして俺を押し倒すほどに抱き着いてきた。


「これでもう……、なにも思い残すことは無い。……友達じゃない、特別な人が出来た。Sランクの暗号を解いた。……あたしと出会ってくれてありがとう、雫流」


 耳元で、少し涙交じりのささやきが聞こえた。

 その時俺は、思い出さずにはいられなかったんだ。

 ……大嫌いな、親父の言葉を。



 観察なんか、無意味だ。



 抱き着かれたせいで、朱里ちゃんの姿は俺の視界にほとんど入っていない。

 でも、彼女の気持ちが、痛いほど胸に流れ込む。


 嬉しくて、嬉しくて。

 興奮して。

 安心して。


 ……そして、胸が張り裂けそうなほどに悲しい。


 みんなと離れたくない。ここにいたい。



 俺は、力いっぱい朱里ちゃんを抱きしめた。

 俺はここにいるよ。だから安心して。


「……うん。ありがとう」


 観察なんか、言葉なんか、いらないんだな。

 こうしているだけで心が繋がるなんて。


 今まで、知らなかった……。



『……告知。全学、傾注。アエスティマティオ上級課題・五月。ランクS。発見者一名確定。チームヴィーナス・紅威朱里。Sランク達成、最速記録。以上』


 聞こえるはずの無い歓声が、町中から響き渡るのを感じる。

 見上げた空は白み始め、夜明けを俺たちに知らせていた。


 ……夜明け、朝。始業。

 それは、朱里ちゃんとのお別れの時。


 未だいくつかの星が浮かぶ雲一つない空には、見慣れたあいつらの姿がどこにも浮かんでいなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目抜き通りを校舎へ進む足取りが軽いはずもない。

 お互いの靴音を咀嚼し合うかのように、ゆっくりと歩いていた。


 何も思いつかない。

 どうすれば、幸せになることが出来るんだろう。


 明け始めた東の空が目に痛い。

 俺の右を歩く朱里ちゃん、彼女も同じ気持ちなんだろう。

 不安を紛らわすために、腕にぎゅっとしがみ付いてきた。


 そうか、俺たちの心って、右腕にあったんだ、初めて知ったよ。

 だから、そんなに強く締め付けないで。

 さっきから締め付けられた心が痛くてさ、泣いちまいそうなんだ。


 俺の右手の中。二人で手に入れた勾玉が冷たい。

 これを姉ちゃんに渡したらそれでいいのか?


 でも、朱里ちゃんに渡したとしても、これを使うはずは無い。

 だったらいっそ……。



 不穏なことを考えた俺の背中に冷たい戦慄が走る。

 朱里ちゃんと共に止めた足が震えている。


 あけぼのの中、遊歩道の先に一列に並ぶのは、校庭にいたみんなだ。

 でも一人だけ、あの場にいなかった人がいる。


 列の中央。ひときわそびえる巨大な鎌。

 その二・五メートルにも及ぶ柄には二匹の蛇が絡みつき、上端でその牙を剥く。

 三メートルもの巨大な刃は、背の部分に何千枚もの天使の羽を模した装飾が開いた鱗のように咲き誇る。


 目にするのは初めてだ。

 でも、その名は知っている。


らずのあめ


 その鎌で首を刈られた者は、無限の苦痛と恐怖を感じたまま、いつまでも死ぬことが出来ないという悪夢のようなアーティファクト。

 刃に生えた羽は、転生すら許されない天使の人数とまで言われる恐怖の鎌。


 その鎌を持つことを許されるのは、魔界、最大の王ただ一人。


 悪魔王サタンは、その真っ赤な瞳を剝きながら、身も凍るような声音をどす黒い瘴気と共に吐き出した。



「さて……、そいつを渡してもらおうか」




 つづく

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