星屑砂漠

 手を伸ばせば、竜のまなこに届きそう―――


 旅の少女剣士・マキアは、頭上に輝く満点の星空を見ながらそう思った。


 新月ということもあり、普段は気に留めることもない六等星までもが、砂漠の澄み切った夜空に瞬いていた。


 この季節、一際目立つ星座が中天に座している。


 ”竜のまなこ”と呼ばれる赤く輝く巨星を瞳に、翼を雄々しく広げて飛翔する竜の姿を象った天竜座てんりゅうざ


 多くの種族の伝説において、太陽と月と共に信仰の対象となったそれは、全天で最大の星座にして、至高の竜でもあった。


 その天竜座を見上げながら、マキアの首に巻かれたマフラーが口をきいた。


「……ったく、嫌な季節だぜ。さっさと地平の向こうに消えちまえ」


 忌々しそうにそう言ったのは、マキアに取り憑いた魔物カイである。


「ちょっ、シーッ!! 天竜様の加護なしには、オイラたち飯の食いっぱぐれっポ!?」


 慌てた様子でカイをたしなめたのも、人ならざるものの声だった。


 革の服を羽織り、ブーツを履いた小柄な獣。この砂漠で放浪生活を営む、星狐ほしぎつね族の若者だ。名をポノといった。


「見るポ、カイさん」


 起伏に乏しい砂漠にあっては、珍しく周囲を見渡せる小高い丘の上に3人は立っていた。


 ポノが指差した先、マキアたちの眼下遠くには、砂の上に設けられた簡素な木組みの舞台が、松明たいまつの光に照らされている。


 舞台の上ではまるで鏡写しのような二人の女性が、天に奉納する舞いを踊っていた。


「今、双子ふたご星の巫女様が、流星の儀の祈りの最中ポ。ココ、一番大事なとこポ!! 一緒に天竜様に祈るっポ、カイさん!!」


「ぜってェやだね!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 星天布スターダスト・クロスという、極めて価値の高い霊布がある。


 天竜の力、星の魔力を秘めたこの布が唯一生産されるのが、この乾いた大地とわずかな草だけの不毛な砂漠だと聞いた時には、マキアも驚きを隠せなかった。


 一年に一度だけ、中天の位置に動いた天竜座が、最も魔力を高める夜。


 彼ら星狐の民が巫女と崇める、双子の魔術師。彼女らの星の魔法と、星狐たちの培った伝統の秘術が組み合わさった時、わずかな量の星天布が作られるという。


 ただし広い砂漠で何度場所を変えても襲ってくる、莫大な富を生むその布を狙った夜盗や魔物の類に悩まされているらしい。


 星狐たちの体格は貧弱なので、まともに抵抗しても勝ち目はない。そこで用心棒を雇うことにしているらしく、そのうちの一組がマキアたちだったというわけだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「双子星の巫女様の祈りで、星が落ちてくるポ。少しでも位置がずれたらとんでもない遠くに行っちまうポ。巫女様とオイラたちの、腕の見せどころポよ」


 そう言ってポノは、手にした石弓クロスボウの弦を弾いてみせた。


「落ちてきた流星を、こいつで撃ち落とすポ」


「流れ星を射落とす……? すごいわね、カイ」


 感心するマキアに対して、相変わらずなぜか虫の居どころが悪そうなカイが、憮然と応える。


「フン。オレだって昔、星くらい落としたぜ」


「またそんな、しょーもないホラ話を……」


 雑談しているうちに、遠目に見る舞台の上では、双子の巫女の舞踊りが最高潮に達しようとしていた。


 姉と思しき少女は、煌く銀髪のロングヘア。

 妹と思しき少女は、輝く金髪のボブカット。


 彼女たちが着ているローブ自体が、星天布で織られたものだろう。星空をそのまままとったような、幻想的な輝きをもった星屑がちりばめられた逸品である。


「舞いが終わった頃に、星が降ってくるポ!! さぁ、お二人も空から目を離さないで!! ポナ、ポイ、ポク、準備はいいっポ!?」


 ポノと、そこいらに散らばった他の星狐たちが、石弓を構えて一斉に空を見上げる。


 頭上の満天の星空では、そうでなくとも頻繁に流れ星が走っている。それらがこちらに落ちてくるとは、にわかに信じがたいが――。


 極限まで高まる緊張。


 お互いの息の音すら聞こえるような、張り詰めた空間に、その時。


「ふわぁぁ」


「ポ――――――ッ!!!???」


 カイのやる気のないあくびの声に、ポノが反射的に石弓を放つ。


「「 !! 」」


 慌ててのけぞったマキアのマフラーを、すれすれのところでかすめて、風切る矢が虚空に飛び去っていった。


 至近距離でからくも回避できたのは、ひとえにマキアの類稀な反射神経のおかげである。

 

「ふざけてないで、しっかり探すポ――ッ!!!」


「ザケてんのはテメェだクソギツネッ!!! 殺す気か!!」


 怒鳴り声と共にカイが黒猫のような体を顕現させた。左手でポノのふさふさのしっぽをつかんで目の高さまで引き上げる。


「は、離すポ――ッ!!」


「し、死ぬかと思った……」


 宙ぶらりんになったポノと、カイの口論がなおも続くと思われたその時、他の狐たちの叫び声が響く。


「来たポ―――――ッ!!」 


 見れば、はるか天空から落ちた流れ星たちが、凄まじい速度でこの砂漠のほうに飛来しつつあるところだった。


「ほ、本当に来た!?」


「打て――っ!!!」


 カイの手を振り切って地面に降りたポノと共に。

 砂漠のあちこちから、狐たちの石弓が次々と放たれる。


 矢にも何らかの魔力が込められているものと見えて、矢羽から光の尾を引きながら一直線に流れ星に向かって飛んでいった。


 天から降り注ぐ流星群と、地上から飛翔する流星群。

 天と地が、光の筋で結ばれる―――――


 目の前で繰り広げられる光の奔流に、マキアが思わずそんな錯覚を覚えるほどの、それは幻想的な光景であった。


 矢のいくつかは命中したと見えて、飛来した流星群の軌道に狂いが生じる。


「すごい、当たったわ!」


「やったー! オイラの矢ポ!」

「ワシじゃポ!」

「違うよ、ボクだポ!」

「バカ、オレのポ!」


 狐たちの皆が皆、自分の手柄だと一斉に主張しはじめる。もっともこれだけの数になると、もはや誰の矢かなど判断できないが。


「……別に、誰の矢でもよくない?」


「当てた男は福男ふくおとことして、この1年、女の子にモテモテになるんだポ!」


「(もしかして、あれだけ真剣だったのって……?)」


「おめでたい連中だぜ」


 流星群はいよいよ高度を下げ、もはや周りは真昼のように明るい。流星はマキアたちの頭の上を一瞬で通り過ぎ、砂漠の向こうに次々と落下した。


「伏せるポ!」

「うひゃぁ~!」


 落下の轟音と地響きと共に、砂混じりの強烈な衝撃波が到来する。ポノたちと共に地面に伏せてやり過ごした後、ようやく周りから歓声が上がった。


 星狐たちは次々と、彼らにとっての馬である砂トカゲの鞍にまたがり、落下した流星に向かって駆け出していく。


 2頭の砂トカゲが引くソリに乗せてもらったマキアが遅れて到着すると、落下地点にはいくつものクレーターがぽっかりと開き、中心にいまだ湯気を放った赤熱した隕石が見えた。


「綺麗――あちちっ!」


 流星の衝突によってできた隕石硝子テクタイトの粒が、キラキラと周囲に舞い落ちる。一つを手に乗せようとして、あまりの熱さに慌ててマキアは手を引いた。


 クレーターの周りには星狐たちが集まり、ポノが指示を飛ばしていた。


「さぁさぁ! 星の魔力が土に溜まっているうちに、星綿ステラ・コットンのタネを撒くポよ!! ポナとポクの組はくわで土起こし! ポンの組はタネの準備! 他の手の空いた者で、流れ星を巫女様のところへ運ぶっポ――ッ!!」


 にわかに慌しく働き出した狐たち。砂トカゲの荷車から、農具や綿花のタネが入った籠を取り出すと、クレーターのすり鉢状の土地を開墾しはじめた。


「邪魔邪魔!」


「……っと、ごめんごめん」


「マキアさんとカイさんは、そろそろ見回りに行ってほしいポ。流れ星が落ちてくるの、悪い奴らも見てるっポ」

 

 どうやらこの場所にいても、作業の邪魔になるだけのようである。元々の役割である用心棒の役割を果たすために、マキアは再び砂トカゲのソリに乗った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 星狐たちの働きぶりは目を見張るものだった。


 星天布を作るための特殊な綿花である星綿ステラ・コットンは、例え種子を手に入れたところで、人の手では発芽させることすらできない。


 彼らが長い間に培ってきた特殊な栽培技術と魔法なしには、そもそも栽培できないのだ。


 流れ星が天上から運んできた星の魔力を存分に吸い上げて、星綿の成長は著しく速い。タネを撒いて一刻もしないうちに芽が出て、それは見る間に草丈を伸ばしていく。


 空が白んでくる頃には、点在するクレーターはさながら、地に口を開けた宇宙のようになっていた。星綿の実が弾け、やはり星空を咲かせたような濃紺のコットンボールが、顔を覗かせていた。


 その間、片時も休まずに水を撒き続けていた星狐たちは、大きな収穫袋を肩にかけた。陽気な労働歌を口ずさみながら、次々とその綿花を摘み取っていく。


 わずか一夜に凝縮された、星狐たちの収穫祭であった。


「え、もう綿になったの……早いわね……」


 こちらも夜通しで賊を追い払っていたマキアが、ふらふらの状態で帰還する。


「まだまだ。これからコットンボールを乾かして、種を取ってから糸を紡ぐポ。星天布を織るのはそれからポ」


 どこにそんな体力があるのか、ポノたちは疲れた様子もない。


「まぁそれは天幕テントの中でやるから、マキアさんたちも他の用心棒さんと交代して、少し休むといいポ」


「お言葉に甘えさせてもらうわ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 星狐たちの野営地には、いくつもの天幕テントが張られていた。年寄りや雌の星狐たちが、釜を持ち出して朝食の煮炊きをしている。


 天幕の一つが、マキアたち用心棒のための宿泊所だった。


「……すぅ……すぅ……」


 食事も取らずに、マキアは布団をかぶると寝息を立ててしまった。それを確かめると、カイのマフラーはするりとその首を抜け、隣の天幕へと移動した。


 その天幕は最も大きなもので、布や内装の豪華さが他の天幕とは明らかに違っていた。


 天幕の奥には、二つの人影が向かい合って座っている。舞いによって流れ星を呼んだ、双星の巫女と呼ばれる双子の少女たちだ。


 金髪の妹の傍らには、星狐たちによって運ばれた流れ星が積まれていた。


「エル姉様、これを――」


 その一つを取って魔力を込めると、流れ星は小さな光の珠となった。星の魔力を抽出したのだ。


 銀髪の少女が同じく手をかざすと、虚空から、一回り大きな光の珠が姿を現す。


 流れ星からできた小さな光の珠は、その大きな珠に引かれて一つになった。大きな珠が、ほんの少しだけ成長する。


「――ご苦労様、アル」


 気配を殺してその様子を見ていたカイが、声をかけた。



「よぅ、久しぶりじゃねェか」

 


『!!』


 慌てた様子の双子が、こちらを見る。


「……あなたは…………!!」

 

 アルと呼ばれた金髪のボブカットの少女が、怯えたように隣の少女の手を握る。


「――これはこれは、お久しゅうございます、カイ様」


 エルと呼ばれた銀髪のロングヘアの少女は、慇懃な礼で応える。しかしその表情は固かった。


「しかしなんだァここは、託児所か?」


 天幕の中には、たくさんの星狐の子どもがまだ寝息を立てていた。


「……わたしたちに懐いてくれてて、夜になったら寝に来るの。この天幕が一番安全だから」


 そう言うアルの周りにも、まだ赤子のような狐たちが尻尾を丸めていた。


「そうやって砂漠のキツネどもを手懐けて、何やってんだお前ら?」


 二人は顔を見合わせると、エルのほうが口を開いた。


「――1000年前の御身おんみとの戦いによって、天からこの砂漠に落ちてきた二連星の私たちを見つけて、双子星の巫女と崇めてくれたのが彼らの先祖です。せめてもの礼に、星綿作りの術を伝えました」


 エルが、再び手のひらから光の珠を出現させた。


「以来、私たちは年に一度、天に戻るための星屑を集め、彼らはその時に土に残される残滓を使って星天布を作るようになったのです」


 なるほどねェ、と言いながら、カイの視線は魔力の結晶であるその光の珠に向けられていた。

 舌舐めずりをしながら、答える。


「……いいねェ、美味そうだ。そいつを喰らえば、オレの力もちったァ戻るかもしれねェよなァ……」


 その言葉と共に、天幕に妖気が充満した。


 耳まで裂けた口から、青い獄炎ごくえんが顔をのぞかせる。


 エルとアルは、即座に立ち上がって二人で手を合わせた。

 鏡写しのような二人が、交互に言葉を紡ぐ。


「争う気は無かったけど」


御身おんみが、またも荒ぶるとおっしゃるならば」


『この天竜の双牙・エルタニンとアルディバインが再びお相手致します!!』


 双子から、カイの妖気にも劣らぬ星の魔力が発せられる。天幕の中を、黒い妖気とまばゆい光が二分した。


「はははは!! この魔力!! この匂い!!! たまんねェなァ、古傷がうずくぜェェ!!!!」


 酷薄な笑みを浮かべたカイが、その影のような体を膨らませ、震わせる。その姿は禍々しい「魔」そのものであった。


「……天を灼いた御身の獄炎、こちらは思い出すだけで未だに肝が冷えますが」


 対するエルの額には汗が浮かんでいた。アルとともに、横目でしきりに周囲の星狐たちの子どもの様子を気にする。


「なァんて、な」


「??」


 煙草の煙のように炎を虚空に吐き出すと、カイの体から妖気が霧散した。


「日が昇ったとはいえ、天竜の野郎が上から見てやがる季節だ。そんなバカな真似できるかよ。しかもこっちは片目に片腕、言葉まで奪われた身だぜ。ヘタすりゃお前らにすら敵わねェよ」


 その言葉に、双子も安堵した様子で緊張を解く。


「――意外ね。昔のあなたは、後先なにも考えずに焼き尽くしていたのに」


「助かります。互いに不完全な形とはいえ、私たちが本気で牙を交えれば、この砂漠は丸ごと焦土となりましょう」


 二人は再び腰を降ろした。

 カイの言葉にも、もはや害意は無い。むしろ昔を懐かしむような響きがあった。


「そっちも変わったぜ。悠久の時を生きるお前らにとっちゃ、地上の生き物の生き死になんざァ一瞬の泡沫うたかた、1000年前は気にも留めなかったろうがい」


 そうかもしれません、と言うと、双子は何も知らずに眠る子狐たちの頭をそっとなでた。


「……星狐たちの進歩には、目を見張るものがあります。人も、獣も、定命じょうみょうの者の生はあまりにも儚いものですが、その閃光のような強い輝きに気付いたのです」


「――――」


 饒舌だったカイは、いつの間にか口を閉ざしていた。


「私たちはこの星狐たちを導いたつもりでいました。しかし近頃はこうも思うのです。導かれているのは、むしろ私たちのほうではないのかと」


「……くだらねェ」


 カイは肩をすくめると、邪魔したな、といって天幕を出て行った。



 どれだけの時間が流れたか。先に口を開いたのはアルだった。


「エル姉様。あの人……ずいぶんと変わられたわね。丸くなった」


「はい。もしや、あの旅の剣士の方。あのお方も――――」


 双子の巫女は手を合わせると、はるか天上の主に祈りを捧げた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それじゃ、ここでお別れだね」


 あの後、糸紡ぎ、機織りを経て今年の星天布作りはつつがなく終わりを迎えた。


 マキアたちを乗せた砂トカゲのソリは、砂漠の玄関口の街に到着していた。星狐たちは来年のこの時期までは、砂漠をのんびりと放浪生活するという。


「おかげで助かったポ。これはマキアさんへの、ほんのお礼ポ」


 そう言ってポノが、小さな生地を取り出す。広げてみると、小さな宇宙がそこにあった。


星天布スターダスト・クロス!?」


「現物支給ポ。お金のほうがよかったポ?」


「こんなの、もらえないよ……」


 当初の契約の報酬にしては、これは余りにも貰い過ぎである。


「いいからいいから。カイさんにはこっちポ」


「あァ~?」


 マキアの星天布とは価値が4桁は違うであろう、ただの獣の毛で編まれた小物入れである。


「おい、なんでコイツが星天布で、オレにはこんな小汚い毛皮なんだよ……?」


「小汚い!? 村一番の器量良し、みんなの憧れのポルちゃんの換毛っポよ!? しかも、ふわもこ真っ白なお腹の毛!! それをっ!! 小汚いっ!!?? 鏡見てからしゃべるポ、この黒ネコ!!」


 カイの正体など露も知らぬポノは、言いたいことを言う。


「ンなマニアックな嗜好はねェし、そもそもオレはネコでもねェ!! テメェが代わりに敷物になるかァ!!??」


「ポ――――ッ!!」


 再び尻尾を捕まれて、宙ぶらりんになるポノ。


「カイ! いい加減に……あ、何か落ちたよ」


 ポノが持ったままの毛皮のポーチから、小石のようなものが地面に転がる。


「こりゃ、流れ星のカケラじゃねェか」


「いてて……双子星の巫女様が、それをカイさんにって」


 カイが奪おうとした、星の欠片の一部であった。なかなか気が利くじゃねェか、と言いながら、カイはそれを口に放り込む。


「あーん。……んめ―――ッ!! 舌がとろけるぜ」


 飴玉のように星の魔力をしゃぶりながら、カイは途端に満足顔になった。


「それじゃ、オイラももう帰るっポ。また次の年も会えたら会うポ~!」


 放浪生活をしているせいか、長々と別れを惜しむようなこともなく。

 砂トカゲのソリにまたがったポノの姿が、陽炎の向こうに小さくなっていった。



 数日間共に寝起きして、星狐たちとようやく仲良くなりはじめたマキアは、やや寂しそうにいつまでも手を振っていた。


「おい、そろそろ行こうぜ」


「……うん。じゃあそのへんの仕立て屋さんに頼んで、この星天布を――」


「売れ」


「なんで――っ!?」


 冷たく即答するカイ。確かに売れば当分の路銀には困るまいが、服の裏地に仕込むだけで優れた抗魔装備となる貴重な霊布である。


「それ以前にポノからの貰い物だよ! それを!!」


「うるせェ!! ンな天竜臭ェ布、身に付けやがったら承知しねェぞ!!」


 いつもの調子で言い合いながら、カイの脳裏にエルの言葉が蘇る。



――――しかし近頃はこうも思うのです。導かれているのは、むしろ私たちのほうではないのかと――――



「あァァ―――!! うるせェェェ――――!!!」


「うるさいのはアンタよ!!」


 そうしてマフラーを巻いた少女は、星降る砂漠から、街へと戻っていったのだった。

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