第14話 女の命と朝
隣の席で白目を向いている仮谷さんと私は、双子に勘違いされる程度には顔がそっくりだ。
私が初対面の彼女に惹かれたのもそれが理由だし、他の人に聞いてみても大体似ていると答える。
寝顔を見ても、顔はよく似ている。もっとも私が、人前でこのような油断した顔で寝入ることなどありえないが。
違いといえば胸の大きさが挙げられるが、それは誤差の範囲内であるため数に入れない。そういうことにしてもらえないだろうか。
明確に異なるところといえば髪の長さぐらいだろう。
「仮谷さんの髪って短すぎると思う。」
授業の終了を告げるチャイムと同時に目覚めた彼女に話を聞いてみる。しかしそれでいいのかそれで...。
「そうかな?」
彼女の髪型は、よくあるショートカットというやつだ。ロングの私はどちらかといえば『綺麗』に見られるが、ショートカットの印象は『カッコいい』だろう。髪型はカッコいいが、彼女自身の表情は明るく豊か、そしてよくハニカムため『可愛らしさ』も引き立っている。
ふとした瞬間はクールでカッコよく、一たび目を離すと幼く可愛らしい。横から見ている私をまったく飽きさせないのだ。もちろんずっと真顔をしていたところで私が飽きることはないのだがそれは置いといて。
顔はよく似ていても髪型一つでイメージはかなり変わるのだ。
「みたところサラサラで綺麗な髪をしてるし、短いのはもったいないような気がして。」
ショートヘアでも伝わるほどに彼女の髪は美しい、私のように伸ばすという選択肢もあるのではないだろうか。
「髪の毛が長いとね~、大変でしょ?」
「確かに...。」
毎朝早めに起きなければならないのは、この黒髪のせいでもある。くせっ毛というほどではないにしても、やはり朝起きたときには長い髪が強力なうねりを生んでいるため、そこそこ時間をかけなければ学校用のサラサラに戻らないのだ。しかし、髪型にこだわりがなければ無駄に時間を取られるだけに見えてしまうのは仕方がない。彼女はそんな人なのだ。
「私寝相悪いからかな~、これでも朝結構大変なんだよね~。」
その短さその髪質で朝苦労するレベル...。どれだけ頑固な寝癖を毎晩つけているのか。出来れば写真に撮って送って欲しい。自宅でのプライベート画像はどうやっても私には不可能である。今後は妹ちゃんへ連絡することも考えなければならない。
『お姉ちゃんの寝起き画像送って?』
いやこれはアウトだ......。妹ちゃんは姉である仮谷さんに直結してるのだから慎重に行動せねば。
「蕾ちゃんはなんでわざわざ伸ばしてるの?」
おとぼけ仮谷さんにしてはいい質問だ。
世の中の優等女学生には2種類しかいない、黒髪ロングと、黒髪三つ編みだ。
と世間一般で言われているわけではないが、私はそう思っている。なんとなく優等生をイメージすると浮かぶ髪型はそれではないだろうか。
つまり、私の黒髪サラサラロングヘアーはイメージ戦略、全生徒の理想像を壊さないためのものである。本当は髪型にこだわりはないし、仮谷さんが切れといえば次の日には坊主にしてくる覚悟だ。
しかしここは休み時間の教室、周りにたくさんのクラスメイトがいる中そのようなことを口に出すわけにはいかず、適当にはぐらかしておく。
「私髪の毛で習字するのが趣味だから~、なんてね~。」
「本当!?今度見せて!!!」
なんてね~って聞こえなかったのかなこの子は!?そんなキラキラした瞳で私の見事な黒髪を見つめられたら...。
いくら彼女の願いでもさすがにそれは出来ないので情報を訂正しておく。
「ごめん冗談、なんとなく伸ばしてるだけだから。」
「そっか~、じゃあ私が代わりにするしかないな~。」
別に誰かがやらなきゃいけないわけじゃないんだけど!?そもそもその短さじゃどうしようもないでしょ!?髪の毛に墨汁つけて頭をあげた瞬間顔中に垂れてきて、羽根つきに連戦連敗した人みたいになっちゃうでしょ絶対!!!
彼女の髪を傷めることも、彼女の顔を真っ黒にしてしまうことも望ましくない。話を変えて忘れてもらおう。
「その髪はどこで切ってるの?」
「これ?美容室に行ったり、自分で切ったりかな~。」
えぇ...?この子ついこの前、芸術系は苦手って言ってたんだけど自分で切ってるの...?
あ、でも手先自体は器用だし、もしかしたら前髪だけとかなのかも...。
「自分で切るっていうのは前髪を?」
「全部だよ?気が向いたら美容室に行くけど半々くらいかな~。」
彼女なら自分の髪切ってる途中で集中力を失い、ある部分を境にとんでもなく雑な髪型になりそう!
ダメ!私の大好きな顔でそんなみっともない髪型許されない!
「今度からは絶対美容室に行きなさい!」
「うわっ怖い顔!?え?なんでそんなに怒ってるの!?」
「いいから!!!」
「は~い。」
◆◆◆
「朝結構大変って言ってたけど、いつもどのくらいに起きてるの?」
彼女の家は学園から電車で3駅程度、駅までの道のりを考慮しても通学時間は20分から30分程度だろう。
「目覚ましは6時にかけてるよ。」
「早過ぎない?学校は8時30分からなのに。」
「1個目が6時、2個目が6時半、3個目が7時、4個目が7時半。5個目が8時。6個目が8時半。とても1個じゃ起きられないよね~。」
「あーなるほど...。」
さすが授業の7割を寝ているだけあって、睡眠欲求は人一倍強いらしい。
しかし、後半の何個か学校に間に合う気が感じられないのはいいのだろうか。
「去年1年間、私が何個目で起きたか妹が数えてデータをまとめてくれたんだけど、」
中学生の妹に何をさせているんだ。
「3個目と4個目がダントツで多くて、次が8時、8時半、その後6時半、6時はゼロだったみたい。」
「そんなにセットする意味ある!?8時とか8時半が多いって遅刻の常習犯でしょ!?」
「いやーなんというか6時の奴で起きるわけじゃないんだけど、ベルの音で眠りをだんだん浅くしていく感じなの。眠りの深さによって毎日起きる時間が変わる。」
眠りが深すぎるとそこまで段階を踏まなきゃ独りじゃ起きられないのか......。
「妹ちゃんには迷惑なんじゃない?」
そう何度もけたたましいベルを鳴らされては彼女もゆっくり眠れないのではないだろうか。
「眞理花は6時に起きるから別にいいんだってさ。」
それ好きでやってるんじゃなくて、単にそうせざるをえないだけじゃないかな...。改めて出来た妹ちゃんだ。やはり姉に苦労させられると妹は人間的に成長するのだろうか。兄弟がいない私には少しうらやましく感じる。
「妹ちゃんに起こしてもらえば?」
「それも考えて昔やってもらったんだけど次の日妹に、『ごめんお姉ちゃん、私も命は惜しいの。』って真面目な顔して言われちゃって、それ以来どんなときでも一人で起きるしかなくなったんだよね~。」
あの妹ちゃんがそこまで豹変するとは、いったい何をされたのだろうか。よほどの恐怖体験をしたに違いない。
まあ睡眠を妨害されたら気分を害するからしょうがないことかもしれない。ましてや睡眠を誰より大切にする彼女が相手では、中学生に対抗するのは難しいだろう。
というか私何度か仮谷さんを起こしているが、あれってかなり危なかったのでは...。
今後は身構えて起こさなければ。剣道の小手でも常備した方がいいかもしれない。
「こんな感じで私の朝はいつも波瀾万丈!」
彼女の話を聞いていてとんでもないことを思いついてしまった。これならば不審に思われず彼女と会話でき、彼女も朝余裕をもって起きられるかもしれない。
迷っていても仕方ない、行動だ行動!
「そ、それだったら......。」
「?」
「私がモーニングコールしてあげようか?」
言ったぞ!あとへすべてを天に任せるのみ!
「でもそれくらいじゃ起きないかもしれないよ?蕾ちゃんにも申し訳ないよ~。」
「別にその時間なら私も起きてるし、ちょっと電話するくらい負担にはならないから。」
もちろん起きないことなど織り込み済みだ、しかし稀に眠りが浅い日ならば起きる可能性が無きにしも非ず。朝から彼女とお喋りできるかもしれないならばするしかないだろう!
電話で起こせば妹ちゃんのような恐怖体験をすることもないし完璧だ!さすが私!
「そう?じゃ~お願いしよっかな!」
「ええ、任せて!」
こうして私の新たな日課が決まったのだった。
◆◆◆
翌朝、私は初回のモーニングコールをするためにいつもより早い5時半からベッドの上で待機していた。
時刻はそろそろ7時、約束の時間だ。さあ、電話をかけよう!
「そういえば仮谷さんが転校してきてもう1カ月近く経つんだ、早いなー。」
「.......。」
「まだ番号聞いてない!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます