第13話 分岐点
なんたらジュースがあまりおいしくなかった事件から数日が経ち、学園生活も徐々に平穏を取り戻しつつあった。
いやあれに学園生活乱されてないから関係ないか、訂正。
学園生活は普段と変わらず視界良好、春も終わりかけの4月末だ。隣ではスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こることが、平穏な日常を教えてくれる。
そういえば気になることがある。私の想い人仮谷さんは部活等の課外活動はしないのだろうか。
転校してきた時期が2年生の初めだったため今更入る気はないと考えるのが普通だが、彼女に関しては単に部活に入るのを忘れているだけかもしれない。何をバカな、と思うかもしれないがそうとも言い切れないことはこれまで起こしてきた数々の事件が物語っている。
「仮谷さん、あなた部活とか入らないの?」
そういうわけで、放課後の教室で寝入っている彼女に尋ねてみた次第である。
「部活ぅ?うーん......。」
珍しく神妙な面持ちを浮かべる仮谷さん、もしや部活に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「忘れてた!」
忘れてた!
「でも元々何かするつもりもなかったんだよね~。」
どうやら彼女にとって部活はさほど重要でなかったらしい。
「でもあなた、運動得意なんじゃない?脚もかなり速いみたいだし。」
初日の校内ダッシュやデート時の謎ダッシュなど、脚力は素人目に見ても相当なものであると感じた。
「そうだね~、昔っから運動で苦労したことはないかな?」
クラブや部活などで陸上に打ち込んだわけではなく、単に生まれ持った才能のようだ。
私自身も文武両道を目指しているため運動は得意な方だが、彼女の動きを見ていると才能の差を見せつけられる。
無駄に運動神経が良いため普段の行動で体力を必要以上に使い、人一倍疲労が貯まってしまうためあんなに寝ているのではないだろうか?彼女の生活に省エネの志は全く感じられないので意外とそうなのかもしれない。まあただの眠りたがりだろうが。
「そんなに出来るなら何か入れば?今からでも遅くないと思うけど。」
せっかくの才能も使わなければ意味がない。彼女の魅力を世界中に届けるためにもそれを生かせる部活に入るべきだと私は考えている。
「んー、高校ではもういいかなー。」
「前の学校では部活してなかったの?」
「高校の部活って厳しいじゃん!」
部活に関して歯切れが悪かったのはそれが理由だったらしい。一つ決めたことには驚くべき集中力とやる気を発揮する彼女だが、それ以外で面倒なことは極力避けたいようだ。
もっとも、それを発揮した場面を折り鶴の時くらいしか見たことがないため断定はできない。折り鶴限定の可能性もある。
「一応ちょくちょく助っ人でいろんな部活に呼ばれたりしてたんだけどね~。」
あの運動神経は、是が非でも試合に勝ちたい部活にとって大変魅力的に映るだろう。
「どんなことしてたの?」
「ソフトボールで4番ピッチャーやらされたり、剣道で大将させられたり、駅伝でアンカー走らされたり色々。」
前の学校仮谷さんに頼りすぎではないだろうか。彼女が抜けてからの部活動成績に興味が湧いてくる活躍ぶりだ。
「ちなみに結果は?」
「大体勝ったよ。」
才能とは残酷であり恐ろしい...。たとえ彼女で勝っても、その後の部の空気が悪化するのまでセットだったのでは...。
しかしながら、照り付ける太陽の下汗の粒を光らせ、次々と強敵を打倒していく彼女の姿は一度でいいから見て見たかった。強い光と相まってより輝いて見えるはずだ。
ついでに私が家から持ってきたタオルで汗を拭いてもらい、それを回収して真空パックしたい。
◆◆◆
放課後の部活動会議は続く。
「運動部が駄目なら文化系はどう?」
この学園の規模はかなりのもので、それに伴って部活動数も他校と比べ多い。文化系に至ってはやたらマイナーな部や、本当に活動しているか怪しい部などよりどりみどりである。
折り鶴を見る限り手先も器用だったはずだ。運動系と比べれば途中からでもまだ入りやすいのではないだろうかと思ったので勧めてみる。
「ぶ、文化系か~......。」
おっとこっちもあまり手ごたえがよろしくない。
「うちの先輩手芸部だけど結構楽しそうだよ?」
「うーん......。」
文化系の活動に何か不安でもあるのだろうか。
「実は私ね......。」
地雷か?地雷を踏み抜いてしまったのか私は!?
ここからトラウマの原因になった暗い回想シーンが始まるのか!?
「チマチマした作業すぐ飽きちゃうの...。」
うん知ってた。自分の好奇心の赴くままに行動するため、それ以外のことは長時間持たないのだろう。
「確かに、部で何か課題を出されてもあなたは完成まで行きつかないかもね。」
「部どころか小学校の時の夏休みの課題ですらまともに完成で来たことないよ......。」
「その頃の課題っていうと、自由研究とか工作とか?」
「そうそう、4年生の時に貯金箱を作ろうって課題があってね。私人の形の貯金箱にしよう!って決めて作り始めたんだけど、半分くらい色を塗ったところで飽きちゃって...。」
「それで?」
「残りの半分は真っ赤に塗って人体模型の貯金箱にした。」
斜め上の発想力に思わず口角が上がってしまう。形を作って色も半分は塗り終えたなら、最後まで続ければいいのにそれも難しいとは...。
「人体模型の貯金箱っ...!逆に見たい!」
「少し前に押入れの中から発掘したんだけど当時の記憶とは結構違ってて...。」
「どうだったの?」
「人体模型っていうよりリンゴに近かったかな。」
「それもうただ苦手なだけじゃない!?」
詳しく聞いてみたところ、折り紙や縫物は大丈夫だが美術的な分野、特に絵画はからきしダメらしい。
先ほど文化系にあまり乗り気ではなかったのもそれに起因していたようだ。
「というわけで私は部活入りません!」
「え~もったいない~。」
半分は本心だが、もう半分は建前である。彼女が部活動を始めてしまえば、こうして放課後ノンビリ過ごす時間はおのずと減ってしまうだろう。いや、減るどころか消滅する可能性が高い。彼女が活躍し魅力が世界中に伝わることも嬉しいが、私にとっては身近な幸せの方が重要なのだ。自分勝手な意見かもしれないが、これが恋というものだから仕方あるまい。責めるならキューピットを攻めていただきたいものだ。
「部活に入ったら蕾ちゃんとお喋り出来ないしね♪」
心を読まれた!?いや、いつものごとく顔に出ていたのだろうか。
「なーにビックリした顔しちゃって~。図星ぃ?」
彼女からしてみればただの軽口、ただの冗談のようだ。血潮が逆上しそうになって損した。
「はいはいよかったね当たって~。」
「ごめんってば~。」
拗ねた私をなだめるように顔の前で両手を合わせ頭を下げる。世に言う平謝りというやつだ。
「でもさっき言ったこと、別に嘘じゃないよ?私、毎日すっごく楽しいから!」
私としては冗談で済ませておいて欲しかった。素直な気持ちをぶつけられたらどうしても顔がほころんでしまうではないか。こういうところがズルいんだ、彼女は。
「どしたの?後ろ向いて。」
「なんでもない、ほらもうそろそろ5時になるし帰ろ。」
こみ上げてくる微笑みを悟られぬよう注意しながら、彼女の前を歩き続ける。
「待ってよ~。」
マズい、走ってきた!追いつかれたら顔が見られちゃう!
「っ......!!!」
「何で全力疾走!?」
転校初日から全力疾走していた人にだけは言われたくないセリフだ。
「よーしっ!!!」
学校の廊下を疾走するのは優等生としてあるまじき行為だが、この時ばかりは私の危機だったため見逃してもらいたい。意味深な頬笑みを浮かべて廊下を走る姿はさぞ不気味だったことだろう。
私と仮谷さんの初レースは玄関まで続いた。一応勝利したがもう二度とやりたくない...。疲れた...。
「速いね!今度は負けないよ!」
勘弁してください......。
◆◆◆
そういえば今日は、初めて前の学校の話をした気がする。今まで特に触れてこなかったが、なぜ彼女はこの時期に転校してきたのだろうか....?
ふと頭に疑問が浮かんだが、走りすぎて酸欠状態に陥っており、その後考えを巡らせることはできなかった。
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