第12話 新たな場所へ
週に2日しかない休日にもかかわらず、まったく休むことができなかった。
土曜日はデート、日曜日こそは部屋でゆっくりしておこうと思った矢先に先輩の襲来で、手芸の手伝いをさせられていた。手芸って自分の手でやるから楽しいんじゃないんですか!?
そんなことを知る由もなく地球は廻り、月曜日は容赦なくやってくる。
学校へ登校した以上、私は優等生として生きていかなければならない。
皆の期待に応えるのも責務なのだ。
「おはようございます黒崎さん!」
早速来た来た。ファンサービスを始めよう。
「おはよう。」
自分の顔を見ることはできないのであくまで推測だが、いつもと変わらぬ美しい笑顔で挨拶してきた同級生のハートを乱れうっているだろう。物心ついたときからやっていることなのでもはや意識する必要もない習慣である。
学園での私と素の私は異なっているが、別に無理をしてキャラを作っているわけでもない。
これは文武両道眉目秀麗学園中に注目されるウルトラスーパー優等生の私の生まれもった運命であり、彼女たちの期待に応えられることがまた私にとって極上の快感である。美しい私が美しいといわれることはいくら運命であっても素晴らしいことなのだ。
通学路を歩いていても、玄関で靴を履き替えていても、教室に入り椅子に座っても、私に向けられた視線が絶えることはない。なんと心地よいのだろう。これのためなら私はいくらでも頑張ることができる。
ちなみに、視線を集める私の視線は、
「お~はよっ!」
なぜか全力疾走して教室に入り、自分の席にダイブした彼女、仮谷さんに注がれている。
「おはよう!」
全身であいさつしようとする自分の体を必死で食い止める。教室で唐突に五体投地はさすがにマズい。
「この前楽しかったね!」
ダメだ...、これを前にしてしまうと心が抑えきれない...。心のメッカに五体投地してしまう...。
「ほらこれ見て!」
いきなり制服の胸元をはだけさせる仮谷さん。突然のラッキースケベに視線は行き場を失って周囲を彷徨う、ふりをしてしっかりと凝視する。
はだけた胸元にはほどよい大きさのお胸とそれを包む可愛らしい下着が
「着てきた!」
なかった。あったのはあのクソダサTシャツだけ。まだ今日は始まったばかりだが、おそらくこの瞬間が最も紙に殺意を抱いたことだろう。期待させるだけさせておいてこんなお茶の濁し方は許されないのだ。あ、もちろん仮谷さんはいいです。ダサTも彼女にかかればハイセンスTに早変わりなので。
しかしまだ衣替えもしていない冬服だ。4月とはいえ中に着こむのは暑すぎるのではないだろうか。
彼女に限ってはいきなり脱ぎだすことも考えられるので、きめ細かい柔肌を周囲にさらさないように警戒を怠らないようにしなければ。
◆◆◆
私と彼女が仲良くしているとはいえ、転校してきたからようやく2週間が過ぎたところだ。
クラスメイトや先生達も彼女の人となりを理解しはじめ、学園にも既に馴染んでいる。
勘違いしてはいけないが、学園に馴染んではいるが適応してはいないということである。
彼女の個性の強さを誰もが抑え込もうとしたが、それに成功した者は教師陣を含め誰一人いなかった。
そのため彼女は彼女として別枠の居場所ができてしまっている。
彼女が適応するのではなく、周りが適応することで学園に馴染んだのだ。
名門女学園だけあって温室育ちのご令嬢も多いが意外にもその心は広いようで、一見合わないように見える人々も彼女を受け入れているのは謎である。今まで見たことのない珍獣を面白がっているのかもしれないが、誰も損していないのならそれもいいだろう。彼女が学園でつつがなく生活出来ていることが大切だ。
現在は数学の授業中、隣の席のあの子は案の定寝ている。
全ての授業で寝ているわけではないが、多い日でも一日の4割程度起きていればいい方だ。
一応自分の興味のある科目では起きている気がするが、数学で起きているのはまだ見たことがない。
適応という言葉に表されるように、教師陣も順調に彼女に適応しているため無理やり起こしたりはしない。おそらく、試験までは様子見なのだろう。5月後半にある中間試験でどうなるかが、彼女の睡眠時間を左右している。
「ん......暑い......。」
寝ていると体温が上がるから仕方ない、なんて思いながら眺めていると、おもむろに制服を脱ぎだす仮谷さん。寝ぼけているため手元がおぼつかない。このままでは中のTシャツごと脱ぎかねないので起こしてあげることにする。
「仮谷さん、仮谷さん。」
呼びかけながら肩をトンと叩いたところでようやく目を覚ます。
「う~~~~スッキリ!」
そう言いながらそのままの姿勢で背伸びをする。授業中の教室で思いっきり両手を挙げ伸びをするのは相当難易度の高いことだが、今日は別のところに問題がある。
ただでさえ脱ぎかけだった制服が伸びてしまったせいで上にずり上がり、彼女のお腹がチラリと見えてしまった。予想通りの柔肌に引き締まったお腹、形のいいおへそも可愛い。彼女のキスしたい部位ランキングの3位に無事選ばれました!おめでとうございます!
1限からラッキースケベに遭遇できるなんてやはり私は主人公なんだろう。
「ここ黒崎解いて。」
「はい。」
教師の急襲など恐るるに足らず、予習を怠らない私にとっては教科書の範囲の問題を解くことなど造作もない。
仮谷さん観察日記に全力を尽くしているが、その分然るべきところで努力をしているのだ。
学園生活にも仮谷さんにも常に全力投球だ。
◆◆◆
昼休み、寮長の弁当を食べながら仮谷さんとくだらない話を楽しむ。
「さっきあっちの自販機見に行ったらね、新しいのが入ってたよ~。」
彼女はコンビニで買ってきたサンドイッチをチビチビ食べている。財布の中に150円しか入っておらず、満足できる量の昼食を買うことができなかったらしい。あとで私の弁当を分けてあげよう。
「どんなの?」
「柿オレ。」
「それおいしいの?」
「わかんない。」
そう言いつつも、試しに買ってみて欲しいという顔をしている。
「じゃあ今から買いに行く?」
「やった!明日なんか奢るね~。」
現物ではなく体で支払ってくれないだろうか。
◆◆◆
「これこれ~。」
なるほど、確かに自販機の下の段に見慣れないジュースが入っている。
パッケージには鮮やかなオレンジ色をした柿のイラスト、バナナオレやいちごオレは元々あったがこれは初めて見るものだ。
「購買意欲そそられるでしょ?」
自慢ではないが好き嫌いは少ない方だ。柿も嫌いではない。しかし、
「なんで今の季節なの?」
今は春の終わり、優雅に咲き誇っていた桜のほとんどが散り、青々とした葉が茂りつつある過ごしやすい季節だ。にもかかわらずなぜ秋の果物のジュースを選択してしまったのだろうか。
「それだけ自信があるんじゃない?」
自販機の前でいつまでも立ち止まっているのは迷惑なので、さっさと目的の物を買い、傍にあるベンチに二人で腰掛ける。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう!」
100円のジュースでこんなに感謝されるなら毎日でも奢ってあげたいくらいだ。
待ってましたとばかりに受け取った柿オレを勢いよく飲む。あ~ゴクゴク動く喉触りたい。
「どう?」
「うーん......。」
「柿の持つネットリとした果肉の風味と、まろやかな牛乳が優しく混ざり合って......。」
「ま、飲んでみてよ!はい!」
何気なく自分の飲みたての紙パックを差し出す。そこに刺さっているストローはつい数秒前まで彼女の口内に入っていたもの、できれば私の口に入れることなく持ち帰りたいが......。
彼女が進めてくれたものを断るわけにはいかず、素直に飲むことにする。
「......。」
新商品とは実にうまい煽り文句だが、同時に未開、冒険が必須であることを表している。
「微妙!」
「だよね!」
あまりにも勢いよく同意してきた彼女がなんだかおかしくて大笑いしてしまう。
つられた彼女も大笑い。結果、謎のジュースを飲んで爆笑する二人組の完成である。
周りから見た人はジュースに怪しいお薬が入っているように見えてしまったかもしれないが、そんなことは気にせず二人の世界でひたすら笑い合った。
私たちは100円で得た冒険と笑いに敬意を表して、思い思いの言葉をかける。
「たぶんこれ売れないね。」
「来月にはなくなってそう。」
「柿オレ、君のことはずっと忘れない。」
「そして買わない。」
ゴミ箱を中心に、再び笑いの渦が巻き起こった昼休みであった。
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