第11話 報告会は夜が明けるまで

「ただいま~。」


長い長い一日を終え部屋の扉を開けた途端、疲れがドッとのしかかる。

一日中好きな人の隣にいれば肩の力も入るし、頭も使う。それからようやく解放されたのだから当然だ。


「あぁ~疲れたぁ~。」


夕食まで少し時間があったので先輩のベッドに腰掛ける。勝手に借りちゃってすみません。


「うぇっ!?」


思いっきり体重をかけたお尻の下に何か挟まり、苦しげに声をあげている。

よく見るとそれは先輩の手だった。布団にすっぽりくるまっていたので気が付かなかった。


「先輩いたんですか!?」


「...悪い?」


「何も悪くないですけど...。」


私の全身からあふれる充実感とは対照的に、先輩は負のオーラを爆発させている。

行きたがっていた今日のデートをハブられたこと、まだ怒っているのだろうか。


「先輩ごめんなさいって...。」


「私一応納得してたのよ?なのにあんなこと...。」


どうやら先輩の怒りがまだ静まっていない原因はほかにあるらしい。


「どんなことですか?」


「来て欲しくないからって目覚ましまで止めることないじゃない!!!」


確かに私は先輩の言った通り、朝部屋を出る時に目覚ましを止めていた。

もちろんそれには止められて当り前の理由があり、


「先輩何の予定もないはずなのに、私と同じ時間にセットしてたじゃないですか...。」


「それが何よ!休みの日に何時に起きようが私の勝手でしょ!」


どの口が言うんだか。


「どうみても私に着いてくるつもりでしたよね...。」


この人、とってもいい人なので嘘をつくのがどヘタである。唇をつき出して、吹けもしない口笛を吹いたつもりになっている。仮に上手に吹けていたとしても、これくらいでは誤魔化されないのだが本人はばれないと思っているらしい。


「そんなことより!今日の話聞かせなさい!先輩命令ですっ!!!」


うわぁー面倒くさい展開になりそう。酒も飲んでないのに酔っ払いみたいな絡み方して来る気がする。

普段は私がイジり倒している分、たまに爆発してしまうと怒涛の反撃をしてくるのだ。


「わかりましたよ...。とりあえずご飯食べてからでいいですか?」


「許す。ついでにコンビニで夜食もお願い。」


完全に調子に乗ってるなこいつ...。しかしここで歯向かうとさらに長くなりかねない、今は空腹を満たすことが優先と判断した私は急いで扉を開ける。


「あともう1個いい?」


「なんですか?」


「そのTシャツ何?」


......。


できればこれに関してはそっとしておいてもらいたかった。

先輩を無視してドアを閉める。普段より大きな音が出てしまったが私は悪くない。


◆◆◆


「これレシートです。」


「蕾ちゃんの奢りじゃないの~?」


「なわけないでしょう...。せめて割り勘です。」


「じょーだんじょーだん♪」


部屋の床のかなりを占領している駄菓子の数々を眺めている先輩は、帰ってきた当初と比べれば大分機嫌が良くなっている。このままうやむやにならないだろうか。


「それで?」


珍しく悪い顔をしている。いくら時間がかかっても根も葉も掘りつくさなければ寝かさない、という顔だ。私疲れてるんだけどなぁ...。


「じゃあまずTシャツから!」


「それ行きます~?」


どう転んでも面白い話にしかならないと見越して聞いてるな絶対。こういう時だけ無駄に頭が回るのが忌まわしい。

しかしこのまま黙っていても私の睡眠時間が削られるのは確定なので反省会をスタートする。


◆◆◆


「あはははははははははははっ!!!!!!」


話し始めて数時間、仮谷さんのフリーダムな行動の数々と、それに振り回される優等生の私が繰り広げたデートをすべてノンフィクションで話しているのだが、先輩は終始笑いっぱなしである。


「その子面白すぎっ!!ひっ...ひっ...。あ~お腹痛い...。喉乾いた...。」


笑うだけで腹筋が鍛えられている先輩を眺めるのは大変面白い、お礼にもっと笑わせてあげなければ。


「これどうですか?」


胸のあたりにプリントされた香車を誇らしげに見せつける。


「ぷはっ!!!!」


ウォータージェット並みの勢いで口から噴出されたコーラが私の香車を茶色に染める。


「あはっ!!あはははっ!!!駒が、駒がぁ...。くふっ......!!!」


拭き出した勢いで先輩の鼻や口も同じ色に染まっているがそれはいいのだろうか。

いつものふわふわで可愛い雰囲気はどこへやらだ。


「しかしその子...、仮谷さん、だっけ?変な子だね~。」


牛丼屋の件を話し終えた頃には、先輩も彼女の人となりを理解できたらしい。


「あとから聞く分には面白いかもしれませんけど、こっちは大変だったんですよ本当...。」


「その割には随分楽しそうに話すね~。」


全てを見透かしたような目で、私の真意を探ろうとしている。先日お化けを怖がってトイレに行けなかった彼女はもういないのかもしれない。悲しいなあ...。


「私今まであんまり友達と遊んだことなかったので楽しかったんです、本当に。」


嘘は言っていない。しかしここですべてを明かすわけにはいかない。


ただの恋愛相談なら簡単だが、そうはいかないのが私の恋だから。


同性に恋をすることがどう見られるかは、このくらいの年齢になれば当然知っている。ましてや私の仮谷さんへの気持ちは、歪んだ自己愛の延長線上にあるものかもしれない。


今まで先輩には自分の気持ちをほとんど全て明かしてきたし、だからこそ今の関係がある。

なぜ先輩の前では素でいられたのか、それは彼女がどんな私でも優しく受け止めてくれたからだ。

でも今回だけは、受け止めてもらえなくても仕方がない、難しい私なのだ。

それだけの勇気は今の私にはなかった。


「なあに?いきなり難しい顔して~。」


「いえ、なんでも...。」


「......。」


せっかく楽しい話をしていたのに、水を差してしまった。


「も~友達がいないこと気にしてたの?可愛いな~蕾ちゃんは~。それギューっ!!」


気を使ってくれたのか、先輩は私を抱きしめて心と場の空気を温めてくれる。なんだかんだいっても気配り上手の素敵な人なのだ。そして自慢の先輩。

ただ抱きしめられるとその、たわわなお胸で呼吸しづらくなって、苦しい!


「先輩、ちょっと苦しいです!」


「も~遠慮しないの~!」


あ、夢に出てきたニシキヘビの正体ってもしかしてこの人だったんじゃ...。

いやこの息苦しさ間違いない、先輩だあのヘビ!伏線回収!だから助けてお願いします!


◆◆◆


命からがら生還した後も、デート反省会ならぬ報告会はしばらく続いた。

そうはいっても、昼食後は仮谷さんの自宅でたわいもない話をしていただけなので特に話すこともなかったはずだが、それでも先輩はニコニコしながら私の話に聞き入っていた。


「今日はこんな感じでした。」


「楽しかった?」


「それはそうですよ。」


「ふーん、なんだかその子に嫉妬しちゃうな~。」


「なんでですか。」


「なんでだろうね~。」


このつかめない雰囲気、いつも通りだ。何かあるようで基本的にフワフワしてるだけの人だからつかもうと思うだけ無駄な人である。

大方、自分だけ暇だったから構ってほしいのだろう。


「私が素を見せるのは先輩だけですから、自信持ってくださいよ。」


「え!?あー...そっか~。そうだよね~。」


これは偽りのない本心だ。先輩も嬉しそうなのでもう大丈夫だろう。


仮谷さんへの気持ちだっていつかは必ず明かすつもりである。先輩にずっと隠し事なんて、私の方が参ってしまいそうなのだ。もっと、どこかで区切りがついたときに。

その時までどうか待っていてください。すみません先輩。


「そういえば、私がかな~り手伝った計画、役に立ったんじゃない?」


「もちろんですよ!あれがなきゃさらに苦労したかもしれません!」


「だよね~、だったら一つお願い聞いてもらってもいい?」


「どうぞ、今日は気前がいいですよ私は!」


今日の成功を考えれば、お願い事一つくらい安いものだ。先輩に限ってそんなに無茶なことをしてくるとも思えないし。


「そう?それじゃあ...。」


「これからしばらく一緒に寝る!決まりね!」


うむ、予想通り楽なお願いだ。なぜかは分からないが、どうせまだお化けが怖いとかそんなところだろう。


「そんなことでいいんですか?私は別にいいですけど。」


「い~の。」


抱き枕替わりということだろうか?

ん?抱き枕?おかしい、何かが引っ掛かる...。何か、大切なことを忘れているような...。


この日から、私の夢ではニシキヘビがレギュラーとなった。

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