第10話 ジャイアント・キリング

昼食を雄々しい牛丼屋で済ませた私は困り果てていた。


本来の予定では集合後に食事を済ませ、午後を目いっぱい使って服選びに充てるつもりだったのだ。しかし一番の目的であった服選びがすぐに終了してしまった。食事も済ませた今、考えていたデート計画のストックは消化し終えたことになる。


時刻は未だ午後2時前、ここで解散するのはあまりにも早すぎる。今後このようの機会があるか分からない以上、今回が最後であるというような気持ちで時間いっぱい楽しむべきなのだ。


伝家の宝刀を使うほかあるまい。


「仮谷さん、どこか行きたいところはある?」


秘技、相手任せ!

彼女の行きたいところを尋ねるのは少し、いやかなり不安だがこの際背に腹は代えられない。地の果てでも海の底でも着いていく覚悟だ。


「うーん...。」


さあどこがいい、あなたの行きたいところが私の行きたいところだ。


「別にないかな?」


終わった...。本能のままに奔放に行動する彼女がないというのなら本当にないのだろう。

これで残された道は解散しかなくなった。名残惜しいが初回のデートであんまり積極的過ぎるのもよろしくない。物足りないくらいがちょうどいいのだ。そういうことにしよう。


「蕾ちゃんは?」


「えっ!?」


この子はまさか私に聞いてくるとは思わなかった。周りのことは見えず気にせず、人に気を使う機能はどこかに置いてきたとばかり...。


しかしこの選択肢がデートの最重要ポイントになるはずだ。私の答え次第では、素敵な初デートがさらに延長されるかもしれない。延長は追加料金がかかるものだが、今回は私自身に委ねられている。

決して誤ってはいけない、普段の学園生活を思いだせ私、全て正しい選択肢を選んでここまで来たではないか。


「私は...。」


彼女が気に入り、不自然ではない場所はどこだ。勉強にしか使ってこなかった灰色の脳細胞をフル回転させ、最適解を導き出す。


「仮谷さんの...、お家とか?」


「え?」


彼女の顔色によって、私の出した答えが最適解出なかったことを理解できた。

やっぱダメかー...。

常識的に考えて、出会ってまだ一か月も経っていない友人に対し「自宅に行きたい」はがっつき過ぎかー...。

女子高性は友人同士でかなり距離が近いと聞いていたので、もしかしたらイケるんじゃ!と思ったがさすがにそれはなかった。初デートのせいでテンションが上がっていたこともある。

しかし、一度口に出した言葉を取り消すことは出来ないので、なんとか誤魔化そうと、苦し紛れの言い訳を並べ立てる。


「いや!ダメならいいの!いきなり自宅なんて無理に決まってる!ごめんなさい失礼なこと聞いちゃって!!」


必死の言い訳にも彼女の返事はなく、下を向いてなにやら考え込んでいる。

思わず考え込んでしまうくらいに、私の発言が非常識だったということだろうか。


「行く?今から。」


「行きますっ!!!!」


若干食い気味に言葉を返してしまった。てっきり断られて、デートもここで打ち切りになると考えていたため、まさかの許可に私の気持ちは最高潮の高ぶりをみせた。その結果が先ほどの反応速度である。人間は追い込まれたときに、リミッターが外れて普段以上の力が出ると聞くが、まさにその状態だったようだ。


「次の電車は15分後みたい、急ご!」


そういって駅の方へ走りだした。初日にも感じたが、足が速い。駅へ向かって一直線に走る姿は、盤上をつき進む香車の駒そのものであった。それに追従する私も含めて。


◆◆◆


仮谷さんの自宅は、学園から電車で3駅ほどのところにあるマンションの一室だった。この距離なら寮からいつでもいけるな、と思いながらとりあえずスマホのマップで現在地に印を付けておく。住所特定完了。


エレベーターで3階まであがり、扉の前についたところで


「ちょっと待ってて。」


と言って部屋の中へ消えていった。突然の来訪だったのでいろいろと都合が悪いのかもしれない。欲望に忠実になりすぎた私のせいで彼女を困らせてしまった。あとで謝らなければ。


しかしここまで来てしまったからには、もう引き下がることは不可能である。どうせ困らせてしまったならば、精一杯堪能するのが礼儀というものだ。


数分後、準備ができたらしく、扉を開けてくれた。いざ、夢にまでみた彼女の自宅内へ潜入開始だ。


扉を開けてまず目に入ったのは、私の幼いころによく似たそれはそれは可愛い少女、年は小学校高学年くらいだろうか?いや、さらに下かもしれない。


「私の妹だよ、似てるでしょ。」


優しい笑みを浮かべて紹介する彼女の姿は、姉妹の関係が良好であることをうかがわせている。


「仮谷眞理花です、中3です。いつも姉がお世話になってます。」


ハキハキ自己紹介をする妹ちゃん。見た目はどう見ても小学生だが、受け答えはしっかりしている。中身は姉より姉らしいのではないだろうか。


「私は黒崎蕾、お姉さんとは転校してきた日から仲良くさせてもらってます。」


「『新しい友達ができたんだ!』って毎日うるさいくらいなんですけど、黒崎さんだったんですね。」


楽しそうに語る妹とは対照的に、姉の方はバツが悪そうにそっぽを向いている。


「私のことそんな風に話してくれてたんだ、あ・り・が・と。」


一見恥ずかしがる彼女をからかっているようなこの言葉、実はあまりの嬉しさに呼吸困難に陥りかけて途切れ途切れになっているだけである。


「もう~!!私の部屋行こ!」


ニヤニヤする妹とハアハアする私を振り切って、自室へ向かう。


「お姉ちゃんと気が合うって、てっきり変わった人だと思ってたんですけど、普通の方ですね。」


外面を取り繕うことに定評のある私だからね。自分で言うのもなんだけど中身は相当変わった人です。


「それに、他人とは思えないくらいお顔が似てるんですね...。一応DNA鑑定してみますか?」


DNA鑑定で血のつながりがあると判断されてしまったら、結婚への道のりがさらに険しくなってしまうのでできればやめてもらいたい。


「あははっ!そんな顔しないでください、冗談ですよ冗談。」


私より3つも年下なのに初対面で主導権を握るとは、彼女もなかなか強いな。警戒すべきはこちらの方かもしれない。


しかしこの妹ちゃん、見た目は幼女、頭脳は大人びた中学生である。姉妹はやはり似るのだろうか、二人ともギャップ萌えの名手だ。気を抜いたら意識をもっていかれそうなほど愛らしい。姉よりかなり幼く見えるため、守ってあげたい気持ちがあふれ出てしまわないように気を付けなければ。


実にチュッチュしたい姉とペロペロしたい妹である。意味が分からないやつは正座してよく考えなさい。


◆◆◆


仮谷さんの部屋は、なんともイメージ通りな部屋だった。

全体的には可愛らしい女の子の部屋といった感じだが、ところどころ世界観にそぐわない雑貨?が混じっていて、ややカオスに傾きかけている印象だ。

謎のお面と目があってしまった、怖い。


「何する?」


私のしたいことといったら部屋中を物色して仮谷さんの下着を漁り、帰り際、手土産にしてくれれば言うことはないのだが、いくら私でもそれは自重した。そこまでやったら追い出されるだけでは済むまい。


「お喋りでもする?」


「いつもしてるじゃん~。」


「学校では話せないような話は?」


「そんなのないよ?」


不思議そうに返される。普通の女の子なら確実に嘘だと言い切れるが、さも当然というように私の目を見てそう答えられると、本当にないのだろう。抜けているがその分、純朴で誠実な人なのだ。


特別話さなければいけないこともないが、彼女の部屋で二人きり、これだけでも十分幸せである。ここにいられること自体が奇跡だ。自ら積極的に行動すれば道が開ける。覚えておこう。


その後は、仮谷さんとたわいもない話で盛り上がった。良く分からないところでツボに入り突然大笑いしだす彼女はキュートすぎて目に毒だった。隙だらけだったので動画も撮りやすかった。


◆◆◆


気が付くと、いつの間にか日が沈みかけていた。楽しい時は経つのが早いというが、早すぎてほとんど会話の内容を覚えていないレベルだ。とりあえず部屋にいる間は常に深呼吸をして、肺の中を彼女の吐息で満たすことができたため、ミッションは成功したといえるだろう。


「そろそろお家の人のごめいわくになるだろうし、私帰るね。」


「え~もう帰っちゃうの!?」


そこまで言うなら、永住しちゃってもいいかな?仮谷さんがそう言うんなら別にいいよね?むしろ拒む方が失礼だし、住所はわかったからすぐにでも私の荷物を送ろうそうしよう。


「お姉ちゃん、ワガママ言っちゃダメだよ!」


なんて出来た妹なんだろう。しかし今はその正論が私へ突き刺さる。


「はいは~い。駅まで行ける?」


「大丈夫。」


ここまでの道のりを忘れるはずがない。これから何度も来る予定なのだから一度通っただけで完璧に覚えたつもりだ。


「そう?分からないなら送ろうと思ったけどいっか。すごいね蕾ちゃん。」


二択を間違った。


「あ、うん...。今日は突然ごめんなさい、すごく楽しかった!」


「いえいえ、どうせ私たちしかいませんしいつでも来てください!」


「そうそう!」


そんなこと言ったら私毎日来てしまうんですけど?むしろ住んでしまうんですけど?そこのところ分かって言ってるんですか?


「それじゃあ、お邪魔しました、また学校でね。」


「また遊ぼうね!これ着て!」


「......。」


次回の服装をここで捨ててしまうにはまだ早い、そう思った私は複雑な心境が顔に出ないように注意しつつ、精一杯の笑みを浮かべながら扉を閉めたのだった。

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