第9話 優雅な昼下がり

私たちは、香車を愛しています!!!将棋協会万歳!!!


とアピールをしながら人込みの中を練り歩く女子高生二人組。

言葉にするとわけがわからないが、実際に見るとなおさらわからないだろう。


そもそも双子コーデとは、女性同士で全体的なファッションを揃えることだ。

いや確かに全体的なファッションを揃えてはいるが、これはちょっと...。


隣を見つめ、目は口程に物を言う理論に則り、抗議の眼差しを向けてみる。

それに気付いた彼女は、初めはなぜ視線を向けるのかわからなかったようで、とぼけた顔で見つめ返していた。うん、可愛い!その表情には今のTシャツもピッタリだ!


しばらく考えた後、わかってるよ、と頷きながら


「似合ってるよ!」


と有り難い評価を頂いた。どうやら私の仏頂面は似合っているかわからず不安である心の表れと思ったらしい。そうか、彼女基準では私に似合っているのか。ならば着ない理由はない。部屋着にするのも躊躇するレベルだったが、今後彼女と会う日はこれを着よう。ついでにあの店にあった将棋駒Tシャツシリーズをコンプリートしよう。


しばらく仮谷さんの動きに合わせて歩き回っていたが、だんだんとペースが落ちてきた。時刻はそろそろ昼の1時を回ろうかという頃、きっとお腹がすいたのだろう。空腹は辛い、先日身をもって理解したばかりだ。この期を逃さず、彼女の心を手玉に取って見せようではないか。


遂に私が夜を徹して準備したこのあたりの飲食店マップが火を吹く時が来た。今なら目を瞑っていてもオススメのケーキ屋でオススメを注文し優雅なティータイムを迎えることができる自信がある。

もちろんケーキ以外にも、お洒落なレストランへの道のりが数十軒記憶されている。おかげで今週の授業内容はパーだ。彼女のためならば、如何なる犠牲でも私を傷つけられはしない。


「そろそろお腹すいたね、どこか入ろうか。」


「うんっ!」


予想的中、彼女に対する観察眼は通常時のおよそ4倍(推測)だ。


「どんなものが食べたい?」


あくまで彼女の食べたいものを聞き、そこから最適な店を紹介することで私の評価はうなぎのぼり、という作戦だ。我ながら見事、先を見通す力は女子高生離れしている。


「なんかねー、ガッツリしたもの...。」


イレギュラー発生、先ほどまでの言葉は忘れて欲しい。この展開はマズい、女子高生的によろしくない。デート的にはさらによろしくない。なんとか軌道修正しなければ。


「ここがいい!」


時すでに遅し、彼女の指先は某有名牛丼チェーンの看板を指さしていた。なぜこんなところにあるんだ吉野家!この恨みはいずれ必ず返してやる。そうだ、アルバイトで潜入しわざと食中毒を起こしてやろう。

ついでにこの店の人間関係をズタズタにして営業不能に追い込もう。私を怒らせた罰だ、神による裁きの鉄槌を下してしまおう。


某有名牛丼チェーン崩壊計画は株価暴落まで完成したが、うちの学園はアルバイト禁止だったことを思いだし頓挫した。私を縛る世界が憎い。


◆◆◆


私はあまり外で食事することがない。一人で外食というのもなんだか寂しいし、なにより寮で出る食事は外食よりよっぽど魅力的だ。栄養バランスが考えられ、出来たてアツアツの食事を捨てることは難しい。


そういうわけで、このような店に入るのは初めてだ。この初体験は可能な限り取っておきたかったが、ここまで来てしまったならば仕方ない。腹を括ってメニューを開く。


彼女の希望通り、メニューはガッツリとした肉の乗ったどんぶりで埋め尽くされていた。もっと可愛い店に行きたかったが、彼女の希望に沿うことが一番、本質を見失ってはいけないと自分に言い聞かせる。そうでもしないと自我を保てそうになかった。


私自身も肉は好きだが、デートではさすがに...。

いや、そういえばこれをデートと思っているのは私だけだった。うっかり忘れていた。


もしや、女子高生で牛丼屋に入るのはスタンダードなことなのだろうか。何度も言っているが私は流行に疎いためよくわからないのだ。

新たな希望を見出し周りを見渡すが、店内には男子高校生と太った中年男性くらいしかいなかった。

彼女の気紛れだったようだ。牛丼屋のカウンターに座る女子高生二人組(香車Tシャツ着用)。浮かないはずがなかった。ここは死海ですか?


空っぽの胃に突然脂っこいものを入れると、デート後半戦で緊張した際に吐き出してかねないので、メニューの中では比較的軽そうなマグロたたき丼を注文することにした。


「蕾ちゃん決まった?」


「私はマグロたたき丼をお願い。」


「了解、注文するね!」


限界だ!と言わんばかりに声を張り上げ店員に注文する。


「マグロたたき丼を一つと、鉄火丼を一つ!」


「なんで牛丼屋に入ったの!?」


彼女曰く、牛丼屋に入って匂いを嗅いだらガッツリ欲が満たされてしまった、という謎の理論を展開していた。相変わらず困った人だ。完璧な私と同じ顔でこのダメさ加減。ギャップ萌えの極致と言っていいだろう。もう一生お世話したい。


◆◆◆


店内は空いていたので、10分と経たずに注文したものが運ばれてきた。

まあチェーン店にあまり期待はしていなかったが、私のマグロたたき丼は解凍したものをそのままご飯に乗せたようだった。味はさておきこの丸さはどうにかならないのだろうか。


「いただき...。」


挨拶の途中で既に彼女の口内は満タンだった。あと2文字我慢すれば最後まで言えるのに...。


「いただきます。」


私の方はキチンと挨拶を済ませ、料理を口に運ぶ。


うん、特になし。これが未だかつてないほど絶品のマグロたたき丼ならば、昨今の流行である大げさなリアクションが可能であるが、チェーン店だけあってその味に特筆すべきことは何一つなかった。

チェーン店で重要なことは、いつでもどこでも同じ味を早く提供できるかであって、味に関しては多店舗と差がなければそれで合格なのだ。そういう観点で見れば悪くないのだろう。


「ん~、鉄分が染み渡るぅ~。」


マグロを食べるより、血でも吸った方がよっぽど鉄分を補給できると思うが、彼女は満足しているようなので黙って箸を進めた。


2/3ほどが胃の中に納まった頃、隣に座る彼女がいきなり私のどんぶりの中を覗き込んだ。


「蕾ちゃんのそれも美味しそう...。一口ちょーだい?」


うう、捨て猫のような目で私の死んだ魚のような目を見ないでっ...。


「しょうがないわね、どうぞ。」


私がどんぶりを差し出すと、なぜか彼女は自分の箸で取ろうとせず、ただその場で大口を開けている。

意味が分からず、歯の本数でも数えて待っていたところ、


「あーん。」


あーん?


あ、あ、あーんとはもしかして...。あのあーん!?

仮谷さんにあの『あーん』をする許可が下りたの!?

これ、飲食代とは別にオプション料取られるわけじゃないのよね!?


「あーん。」


いけないっ、仮谷さんの顎が疲れちゃう、早く『あーん』してあげなきゃ。


神様仏様世界中の皆々様、これは断じて邪な思いで行うわけではありません、彼女が頼んできたのです。どうかお許しください。


「南無三!!!」


決死の覚悟で彼女の可愛らしいお口へ箸を入れてあげる。踏破!未開の地を踏破したぞ!歴史的偉業達成!!!


「これもおいしいね!」


満足げに笑みを浮かべる彼女、そのお顔の方がよっぽどおいしいです。


「はいっ!」


今度は彼女が私に向かって一口分の鉄火丼を差し出してきた。

今日一番心臓が高鳴る、鼓動が強過ぎて体が揺れてしまう錯覚に陥る。

一口分、一発のチャンスしかない。確実にあの鉄火丼を口の中に入れなければ。


「あーん!」


「あ、あーんっ!!!」


入った。ホールインワン!


赤身特有のしっかりとした身を咀嚼するたびに、強い旨味が口いっぱいに広がる。単体では強すぎるかもしれないが、それをわさびの爽やかな辛みがうまく調整してくれている。さらに、両者はご飯の持つ本来の甘味とガッチリ結びつき、絶妙な味わいを醸し出していた。

マグロは今朝取れた大間産のものを産地直送で届け、わさびは清流の元で育ったもの、ご飯は魚沼産のコシヒカリに違いない。カウンターの中に立つ店員は何年も厳しい修行を積みここまで来たのだろう。

最高級の材料を最高級の腕前で一杯のどんぶりにまとめ上げたこの鉄火丼、まさしく料理の到達点と呼ぶにふさわしい。来年のミシュランはここで決まりだ。


と錯覚してしまった。好きな人にしてもらうあーんの魔力、恐るべし。


◆◆◆


会計をしようと席を立った時、使用済みの箸が目に入る。


彼女が私の箸を加えた後も、素知らぬ顔でどんぶりの残りを食べ進めた。内心一口口に運ぶごとに食べたものすべて吐き出しそうなくらい緊張していたがなんとか押し込めた。

間接キッス=キッスと認定してもおかしくはない。私たちは晴れて恋人同士となったのだ!


妄想はここまでにして、ここからは現実の話だ。

あの箸は間違いなく彼女の口に入った。ならばそれを手に入れジップロックに永久保存したいというのが乙女の恋心というもの。思い立ったらすぐ行動、店員との交渉に入る。


「すみません、あの箸を頂けませんか?」


「そのようなことはできかねます。」


失敗。やはりこの店には何か制裁を加えなければならないようだ。次に私を見る時はおまえが死ぬ時だ覚悟しておけ店員よ。

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