第5話 隣から見える横顔
仮谷さんが転校してきて1週間が経った。
この学園への転校生というだけでもあまりない上に、2年生になった直後の中途半端な時期だったことも相まって、彼女の周りはしばらくの間騒がしかった。
しかし、彼女の個性はどうにも強すぎたようだった。
例えば、転校してきた次の日の彼女は、
「ねえねえ仮谷さん、何してるの?」
「......。」
「ねえってば~。」
「鶴。」
「何?」
「鶴作ってるの。」
「へ、へえ~、なんで?」
「........。」
「集中してるみたいだし、行こ。」
「そうだね~。」
このように、クラスメイトに話しかけられても積極的に関わることはせず、ただ一心不乱に手を動かしていた。その目的は、持参した折り紙でひたすら鶴を折ることだった。
「なんで鶴?」
「よくわからない人だね。」
隣にいる私もよくわからない。なぜ授業中も休み時間も問わず一心不乱に鶴を折っているのだろうか。
初日から、変わった人だとは思っていたがここまでとは思わなかった。
「........。」
彼女はどうやら集中していると自分の世界に引きこもってしまうようだ。
鶴を折っているその眼差しは真剣そのものであり、話しかけたところで気のない返事が帰ってくることは明白だった。帰ってこない可能性だって十分にありうる。
そうやって切ない思いをするくらいなら話しかけない方がマシというものだ。
昨日の彼女は、常に明るい表情をしていた。転校初日にも関わらず、不安な素振りなど一切見せずに、自分の通う新たな場所への期待が見て取れた。
「......。」
作業に没頭している彼女を見ていると、昨日学園を案内して回った人と同じにはとても見えなかった。
今日の彼女の顔は、折り鶴に集中しているからだろう、自己紹介をした時の冷やりとした顔へ戻っていた。初対面の時の私は、清廉で端麗なその顔に惹かれたが、夕日よりも眩い笑顔を見てしまったあとでは、どうにも違和感を覚えてしまうのだった。
覚えた違和感とは、彼女の表情に対してではない。私の激しく鼓動する心臓に、である。
笑顔もいいが、この顔も素晴らしい。たった二日、短い時間の彼女しか知らないが、明るい顔と冷たい顔の温度差に惹かれてしまう。
単体でもこの破壊力なのに、ギャップ萌えまで使ってくるとは...。やはり侮ることはできない。一度も侮った覚えはないが。
おかげで私の心臓への負担は、昨日をはるかに上回るものとなってしまった。
しかしこのまま昇天しても悔いが残ることはないだろう、そう考えてしまうくらいに彼女の横顔は高潔なものだった。
「......。」
◆◆◆
朝から作業を続けてもう放課後だ。机の横にかけられた手提げ袋には溢れんばかりの折り鶴の山が、圧倒的な存在感を醸し出していた。しかし彼女がその現状に満足する様子はなく、依然作業は続いていた。
その光景を授業そっちのけで隣から眺めていた私は、ある重大な仮説を立てた。
「今なら何しても気づかれないんじゃないの...。」
先ほどの同級生への対応を見る限り、大声で話しかけられても反応がワンテンポ遅れていた。
つまり、静かに行動する分には気づかれることすらないのではないだろうか。
「まさか...。千載一遇のチャンス...?」
私は猛烈に欲していた。スマホの待受け用の画像を。
私は激烈に欲していた。パソコンの壁紙用の画像を。
「やるしかない......!」
私自身の顔しか収めてこなかったカメラ機能、購入後1年以上にして初めてその真価を発揮することとなる。
仮谷さんへスマホを向ける。こちらに気づいた様子はない。クリア。
ピントを合わせるために画面に映った彼女を指で触れる。クリア。
あとはシャッターを押すだけだ。いけ、私の細く伸びた美しい人差し指!
カシャッ
ふむふむ、最近のスマホのスピーカーは高性能だなあ。特に設定したわけでもないのにこんなにクリアで仰々しいシャッターの音が鳴るなんて。
「どうしたの?」
バレタ。
放課後の私たち以外誰もいない教室で、隣の席から大きなシャッター音が聞こえて来たら誰が相手でもそちらを振り向くに決まっている。
いつも自分一人の時にしか使わなかった機能だったことが仇となってしまった。恋は盲目とはよく言ったものだ。
などと自分を自嘲気味に自問自答したところで過去を消すことは出来ないので、ならばいっそ自分を消してしまおうかと考えていた。
しかし、ここで引き下がっては学園の頂(以下略)の名が廃る。この危機を乗り切って見せようホトトギス!
「いやーあのーそのー...。」
「?」
「そう!あなたが何してるのか気になって!」
「あ~これ?これね、鶴折ってるの!」
彼女は私が高校生ということを知っているのだろうか。
「いや、そうじゃなくてね、今日朝からずっと折ってるからその理由が知りたいと思って...。」
途端に彼女の表情が厳しくなった。もしかして何かマズいことを聞いてしまったのではないだろうか。
たくさんの鶴が必要な場面なんて千羽鶴しかありえないではないか。
病に伏せる家族や親しい友人のために折っているのだとしたら、私の質問はあまりにも不躾なものだった。彼女を前にすると周りが見えなくなってしまう。昨日の夜猛省したつもりだったが甘かった。
「ご、ごめんなさいっ!私、そんなつもりじゃ...。」
「......。」
私の目を見つめ、静かに口を開く。
「別にいいよ?」
私が顔を挙げるとそこには、眉間にしわを寄せたしかめ面ではなく、昨日の放課後に隣を歩いていた時の弾ける笑顔が待っていた。
「ちょっと早いけどネタバラシね、も~完成するまで黙っとくつもりだったのに~。」
と言って手提げの中の山盛り折り鶴を私に差し出す。
どういう意味だろうか。無礼な質問をした罰として千羽鶴作りを手伝えということだろうか。
彼女との共同作業ならわざわざ言われなくても手伝うのだが。
「あの、これを差し出す相手間違えてない?」
「なんで?お礼だよ?」
「私あなたに何かした?」
「学校、案内してくれたでしょ?そのお礼!」
それがこの数百羽に及ぶ折り鶴で構成された山なのだろうか。
そもそも折り鶴で感謝の気持ちを表す文化はあるのだろうか。
というかなぜ折り鶴なのだろうか。
様々な疑問が頭の中を渦巻き、状況が全く呑み込めなかったが、彼女からのプレゼントであることに変わりはない。
拒む理由など一つとして存在せず、むしろ言い値で買い取りたい。
「そのために一日中やってたの?」
「折り紙楽しいよ!」
本人が楽しそうなら私に止める権利はない。
彼女も満足し、私は両手で抱えきれないほどの幸福たちを手に入れる。誰も損をしない素敵な世界の完成だ。
◆◆◆
立派なお礼を貰ってしまった。ここまでされるとなんだか申し訳ない。お礼へのお礼をした方がいいのかもしれない。
しかし今までは、私を遠巻きに尊敬する人は大勢いても、親しくしてくれる友人がいたことはなかった。
同世代の女の子が何を貰ったら嬉しいのかが良く分からない。
恐らく折り鶴よりもいいものがあると思うのだが。
一日ぶり二度目となる彼女の隣で廊下を歩きながら、優秀な頭脳をフル回転させていたところ、謎の言葉が浮かんできた。
「双子コーデしたい。」
欲望が、きつく結んだはずの口をこじ開けてしまった。
「双子コーデ?」
寮の共用スペースに置かれていた雑誌の一言を口に出してしまった。私の情報管理能力は壊れてしまったようだ。
「私たち顔が似てるし、同じような服を着たら本当の双子のように見えるんじゃないかなって。それって楽しそうだと思わない?」
「ふむむ...。」
「折り鶴のお礼に服をプレゼントしたいの。ダメかしら?」
「私服とか良く分からないけどくれるなら嬉しいな~。」
「じゃあ...。」
気合い入れろ私!今がベストタイミングだ!
「一緒に買いに行きましょ!一緒に!」
大事なことは二度、これ鉄則。
「いいよ~。」
一世一代の誘いにも動じず、普段と変わらぬ対応。可愛い可愛い!チュッチュしたい!
こうして仮谷さんとの、正真正銘初デートが決まったのであった。
舞い上がった私が、日程等を一切決めずに別れたことに気付いたのは、自室のベッドで目を閉じた頃だった。
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