※イケメンは貴族(♂)を魅了する

 概略――第二の人生が始まった。ごついおっさんにファーストキス奪われた。


 あれから八年が経ちました。


 分かったことがいくつかある。

 まず、そんな気はしていたが、ここが前の世界とは全く別の世界であること。それも、所謂ファンタジーの臭いがそこはかとなく漂う中世ヨーロッパのような文明レベルであること。

 不幸中の幸いか、言語は前の世界での日本語と英語を中心に発達したようで、言葉が分からず困ることはない。文字はこの世界独自の形になっているが、子どもの急成長する脳でならば十分歳相応に覚えられる。


「いつ見てもかわいいわねえ……」


 一日に十回は聞くその言葉を無視して、俺は箒を持つ手を動かした。初めの方こそ照れたり否定したりしていたが、今となってはいちいち反応していられない。


 俺の唇を奪った、例の巨漢のオネエはガーベラさんと言い、奴隷商人として生計を立てている。

 ――そう、俺は奴隷としてこの世界に産まれてきたのだ。

 聞けば、俺の親にあたる人が何らかの事情でガーベラさんに俺を売ったとのことだった。この世界だとそう珍しいことでもない――らしい。世知辛い世の中だ。


「アルちゃん、ちょっとそこの書類取ってちょうだいな」

「えっと……? あっこれ?」

「そうそう。えらいわぁ……キスしてあげる!」

「やめろ!!」


 素早く書類を渡して十分な距離を取る。油断も隙もありゃしない。


 奴隷として、と言ったが今の俺の立場は少し違う。

 三歳になった時、俺はガーベラさんの養子になった。

 当初は商品として俺も売られる予定だったのだろう。が、ガーベラさんが俺をいたく気に入ったらしくいつの間にかそうなっていた。


「アルちゃんったらツンツンしちゃって……でも安心して! そんなところもかわい……」

「十一時から大事な客が来るって昨日言ってたけど、行かなくていいのかよ」

「あ゛っ!! まずいっ! 」


 ガーベラさんはギョッと目を見開くと、まるで野獣のような――いやケダモノそのものの身のこなしで部屋を出ていった。


 ちなみに「アルちゃん」というのは俺の名前のことだ。養子になったのに伴って俺には、アルカディア、と言う大層な名前が着けられた。

 親子の関係にはなったわけであるが、相変わらず俺の唇を奪おうとすることに関しては熱心なので油断は決してできない。


「良い人なのは間違いないんだけどな……」


 そう呟いて、俺は床に万年筆が転がっていることに気付いた。


「これ……いつも使ってるやつ?」


 これからの仕事に使うのかはわからない。しかし、慌てて出たせいで忘れてしまった、ということは十分に考えられる。


「……行くか」


 万年筆を拾い、俺はガーベラさんを追い掛けた。

 大事な客が来る、とガーベラさんは言っていた。とするならば、場所は限られてくる。応接室あたりだろう。見慣れた通路を通り、応接室へ向かった。

 ドアの前で少し聞き耳を立ててみると、ガーベラさんの声が聞こえた。相手は声の低さからして男の人のようだった。ノックをして、


「ガーベラさん、部屋でペンを見つけました。もしやお使いになるのではと思い届けに来たのですが……」

「あらあたしったら……ごめんなさいねアルちゃん。入っていいわよ」

「失礼します」


 ノブを捻り、室内へ入った。客の男は上等な服を纏っており、一目で富裕層だと伺えた。目が合った気がしたので、軽くはにかんで会釈をしておいた。


 ――刹那、男の目の色が変わった。


「ガーベラ……」

「ん? なにかしら?」

「その子は何者だ?」


 ――またか。

 俺は思わず出そうになった溜め息を呑み込んだ。


 少し話を戻そう。俺の名前、アルカディアの由来について。

 ガーベラさん曰く、楽園に住んでそうだから、とのことらしい。


 楽園に住んでいそうな顔、である。


「…………」


 客の男は、値踏みするようにこちらをじっと見ていた。

 誤解のないように言っておくが、この人が変というわけではないのだ。むしろ、俺を見た反応としては比較的正常な方である。

 正直言って、異世界に迷い込んだことも、育て親が奴隷商人であることも、それに比べれば些細なことだった。もっと重要なのは――


「金色の眼……良い輝きだ。気に入った。うちに来ないか?」

「えっ!? ちょっと! 何言ってんのよ!?」


 ――この身体が、万人を魅了する完璧な容姿であるということだ。


 ガーベラさんの養子になれるほど気に入ってもらえたのは、一重にこれのおかげと言っても過言ではない。

 見るもの全てを不快にさせた前世とは真逆――今は、俺を見た人すべてが魅了される。

 この世界で初めて鏡を見た時の衝撃たるや、並のものではなかった。

 想像してみて欲しい。朝鏡を見たら憧れのモデルの顔、もしくは化け物の顔が写っている光景とその衝撃を。

 俺自身ですら、初めて鏡を見た時は三十分以上目が離せなかった。暴力的な魅力である。

 はっきり言って今の俺は誰よりもかわいい。そして恐らく、将来的に誰よりもかっこよくなる。

 仮に全裸で街を歩いたとしても人に感動を与えられる、そんな気さえする。いやもちろんそんなことするつもりはないけどな!


 男は再び口を開いた。


「私はレオス=ヴァイカリアスという者だ。どうだ。私の下で働いてみないか。ここよりも多くのことを学べるぞ」

「だめよ! あたしの息子よ! 絶対だめ!」

「養子だろう? ならばうちに来た方が間違いなくこの子のためだ」


 どうやら完全に俺に惚れ込んでいる様子だ。イケメンも度が過ぎると罪である。

 しかし驚いた。ヴァイカリアス家と言えば、この国では知らぬ者がいないほどの大貴族である。王が最も信頼し、王に次ぐ権力を持つ、国の実質的なNo.2。

 ガーベラさんと親しいようだが、本来なら町外れにあるような中規模奴隷商店へ来るような人物ではない。


 ――これは、チャンスだ。


 前世での最後の願いが現実になったのだ。せっかくイケメンに産まれたのだから活かさない手はない。

 俺は鏡の前で練習した必殺の笑顔を作った。


「アルカディア、と申します。レオス様、以後お見知りおきを」

「そんな他人行儀にしないでいい。で……君はどう思う?」

「どうと言われましても……」

「ダーメ! 絶対にダーメ!!」


 ガーベラさんが必死に止めてくれるが、俺の心はもうほとんど決まっている。

 あの日、この世界で初めて鏡を見た瞬間から俺の信念はただ一つ。


「ほんとに! 個人的なアレだけじゃなくて、色んな理由でだめなの!」

「なんだ? 言ってみろ」

「そ、それは……」


 ガーベラさんが何かを耳打ちした。レオスさんの表情が一瞬、驚愕のそれに変わった。


「……本当か?」

「あんたを信用して言ったんだからね。他言無用で頼むわよ」

「……だとしても、私の意志は変わらんな」


 何を言ったのかは知らないが、俺がその気になって表情を作った以上もう何を言っても無駄である。

 俺の容姿にはそれだけの力がある。そこに性別による差はない。


「アルカディア、後は君次第だ」


 レオスさんは手を差し出した。俺はその手とガーベラさんを交互に見た。

 ガーベラさんは短く息を吐いて、こう言ってくれた。


「……自分で選びなさい。あなたの人生なんだしね」

「ありがとう、ガーベラさん」


 本当に、ガーベラさんには感謝してもしきれない。だからこそ、俺は決断する。もう一度、強く信念を固める。


「宜しくお願いします。レオスさん」


 俺はこの顔を使って――どこまでも上に行く。誰よりも這い上がる。

 差し出された手を、強く握った。

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