※イケメンは老執事(♂)をトキメかせる
「着いたぞ、アルカディア。ここが我がヴァイカリアス家の屋敷だ」
「うっわぁ……!!」
馬車に揺られること数時間、視界に飛び込んできたあまりにも巨大な豪邸に、俺はただ感心することしかできなかった。ざっと見渡すだけでも、軽いテーマパーク程度ならば優に超える規模だと分かる。こんなの物語の中でしか見たことがない。
――これがヴァイカリアス家か!
前にガーベラさんから教えてもらったことだが、この世界では人間と魔族が土地をちょうど二分割して住んでいるそうだ。
人間が住んでいるエリアを人間界、魔族が住んでいるエリアを魔界と呼び、人間界は大小含め七十七の国で構成されている。人間界の中でも特に大きい三つの国をまとめて三大国と呼び、俺が今いる国はその中の一つ。
国の名は「レーテル」。三大国のうち、魔界に最も近い場所に位置する。
ヴァイカリアス家は、その大国で王に次ぐ権力を持っているのだ。
――このくらいの屋敷は持ってて当然か。
成り上がるにはうってつけだ。唾を飲み込んで、今一度覚悟を決める。馬車が、重たそうな扉の前で停止した。
「私だ。門を開けろ」
レオスさんがそう言うと、大きな鉄の扉が鈍い音を立てて開き始めた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
百人近くいるであろうか。執事やメイドが整列して頭を垂れている光景には何か壮大なものを感じた。
ここは紛れもなく異世界なのだと、改めて実感させられる。
「ついてきなさい。家族に会わせたい」
「はっ、はい!」
恐縮しながら後に続き、俺は館の中へ足を踏み入れた。
中にはよく手入れされた彫刻やら絵画がたくさん飾られていた。価値はわからないが、どれも高価なものなのだろう。掃除の行き届いた廊下を通り抜け、俺はとある一室に通された。
「ここは……?」
目を引いたのは、馬上で弓を構えた女性が描かれている巨大な壁画。天井は高く広さもなかなかのもので、大きな机が一つと椅子が何脚かある。
「普段はここで食事をしたり、場合によっては大事な話し合いをしたり……まあ、そんな部屋だ」
そう教えてくれるとレオスさんは一つの椅子に座り、向かい側の席を俺に勧めてくれた。それに従い、俺は席に付く。
机も椅子も高そうな鉱石で拵えられており、座るだけで妙な緊張を覚える。
「誰か、リリアとセシリアを呼んでくれないか」
「かしこまりました」
いつからそこに居たのか、入口の付近で老紳士といった感じの、真っ白な髪が特徴的な執事が一礼をした。
「セバスか。そうだな……うん、ちょうどいいから呼んできたらお前も一緒に居てくれ」
「かしこまりました」
セバスと呼ばれた老執事は微笑を浮かべその場を去っていった。
レオスさんは俺の方を見て、表情を崩した。
「緊張しているようだな。まあ……すぐに慣れるさ」
「そうだといいんですけど……」
微妙な表情を浮かべて、俺はなんとなく壁に描かれた例の絵を見た。自分に芸術センスがあるとは思えないが、それでもわかる。見事な壁画である。美術館に飾ってあっても遜色ないだろう。
モデルとなった女性はヴァイカリアス家と関係があるのだろうか? 重要な部屋に描かれているくらいだから、無関係ということは考えにくいが……
「あの絵が気になるかい?」
「えっ? あ……はい」
俺の疑問を察したのか、レオスさんは絵について説明をしてくれた。
「あれは、ヴァイカリアス家五代目当主の肖像画だ。ちなみに私は八代目で、ひ孫にあたる」
「壁画になるくらいですし、凄い人だったんですか?」
「ああ。ヴァイカリアス家の人間は代々弓の名手と名高いが、中でも彼女は歴代最高と言われている。当時の戦争で一番の戦績をあげ、それがきっかけでヴァイカリアス家は大きく力を伸ばした」
「英雄……だったんですね」
「噂だと、当時の勇者様から直々に仲間に誘われもしたらしい。とにかく、彼女なくしてはヴァイカリアス家もここまで栄えなかっただろう」
――勇者? この世界にはそんなものまで存在するのか。
と、その時ノックの音がした。
「旦那様、失礼いたします」
入ってきたのは、先ほどの老執事と二人の女性だった。
女性と言っても、片方は俺と大して年齢が変わらないように見えるので、少女と言った方が正しい。顔がよく似ているから、姉妹か親子だと推測する。
なんにせよ、双方かなりの美形だ。
「アルカディア、紹介しよう。妻のリリアと娘のセシリアだ。それと、執事長のセバスチャン」
心臓が高鳴った。
レオスさんの家族――となれば、良い印象を与えておいて損はない。いやむしろ、変な印象を与えるわけにはいかない。
――大丈夫だ。異性が相手なら、俺は無敵だ。
椅子から立ち上がり、俺は二人の顔を見つめた。
「アルカディアと申します。レオス様のご厚意により、本日からここで働かせていただくことになりました」
お辞儀をしつつ、二人の反応を盗み見る。二人とも目をぱちくりさせて、しばらく静寂が流れた。
――何かしくじったか……!?
と、不安を覚えたのも束の間、
「また随分とかわいい子を見つけてきてー! アルカディアって言うのね……長いからアルちゃんでいっか!」
「セバス、適当に服持ってきて」
「かしこまりました」
奥方は俺に駆け寄って来ると、なんの前触れもなしに抱きしめた。
「えっ?」
「わぁー! 髪の毛サラサラー! ほっぺぷにぷにー!」
「ママ、あたしも」
「あ、あの!?」
体をつつかれつつ、困惑した俺はレオスさんに目を向けた。
俺の視線に気付くと、レオスさんは爽やかな笑みを浮かべ親指を立てた。
ダメだ微笑ましいとしか思ってない。いや確かに美人と美少女前にして悪い気はしないが……ってそうじゃない!!
「お嬢様、お持ちしました」
老執事のいる方に目を向ければ、そこには多種多様のコスチュームが陳列していた。部屋を出ていって三分程度のはずだが、どこからあれだけの数を持ってきたというのだ。
――あのお爺さん只者じゃねえ……!!
セシリアお嬢様はおもむろに、その中から一つを手に取った。
「とりあえず、まずは執事服かしら」
「あ、絶対似合う! さすが我が娘ね。見る目があるわ。早速お着替えさせましょ」
「お着替え……!? ってかなんで子どもサイズがあるんですか!?」
「ここはヴァイカリアス家の屋敷よ? さあ、早く服を脱ぎなさい」
ああそうですか!!
まずい。己のかわいさを甘く見ていた。このままでは着せ替え人形になってしまう。いやその前に、少女に服を脱がされるのはさすがにプライドが阻む。俺はそういうので喜ぶ人種じゃないんだ。
「ほら、早く。脱いで」
「むうー。まだ緊張してるみたいねぇ……よし、こちょこちょしちゃえ!」
「ちょっ……!?」
いくら相手が細身の女性とはいえ、八歳の体じゃ大人の力には叶いっこない。体の自由を奪われた俺は無防備にくすぐられ、いつの間にか服もはぎ取られかけていた。これなんてプレーだ。
て言うかなぜレオスさんは何も言わないのだ。まさかここではこういうのは日常茶判事なのか!?
とにかくこうなってはさっさと着替えるのが得策だ。多少乱暴にお嬢様から服を奪って、全速力で着替える。中国雑技団もびっくりの早業だったであろう。
「ハァハァ……」
「思った通りよく似合ってるじゃない! これは将来が楽しみだわ〜!」
デジャヴだ。八年前にも似たようなセリフを聞いた気がする。
まさかガーベラさんをかわいく思う日が来ようとは思わなかった。貴族とはこういうものなのか。
「ママ、今度はこれがいいと思うんだけど」
お嬢様が手にしたものを確認して、さすがに目を見開いた。
――何故メイド服があるんだ!? あの執事が持ってきたのか!?
セバスさんの方を見ると、憎らしい笑顔で髭を整えていた。ふざけるなクソジジイ。
「ちなみに女装の経験はある?」
「あるわけないでしょう……!?」
「でしょうね……そそるわ」
どういう教育してきた、と小三時間は問い詰めたいところだが立場上そうもいかない。
考えろ。ピンチはチャンスだ。この状況を利用して評価を上げるんだ。
「さあ、脱いで」
「……子どもが言う言葉じゃないですよ」
手段を選ばなければ、打開策は幾つかある。前世で見た恋愛漫画やライトノベルでは、こういうタイプはイケメンが少し強気になればすぐにオチていた。
――例えば、いきなりキスするとか、抱きしめるとか。
そこ! イタイ奴だとか思わない!
実際の女性がそれでどんな反応をするのかは試したことがないが、今の俺がそれをすればきっと惚れない女はいないはずだ。根拠の無い自信だが、ただの勘違いというほどでもない。
しかし、だ。
両親――それも雇い主がいる状況では血迷ってもそんなことはできない。
八方塞がり、である。もはや逃げ場はない。俺は覚悟をki
「フフッ。似合うじゃない」
「クッ……」
穢されてしまった。こんな少女に。嗚呼、貴族とはなんと恐ろしいものなのだろうか。
「気に入ったわ。アルカディア、あなたあたしの専属執事になりなさい」
「へっ……?」
「パパ、ママ、いいでしょ?」
専属執事? いやだめだ! 本能が警鐘を鳴らしている!
二人とも頷いちゃだめだ!
「セシリアがそこまで言うなら……パパは構わないが」
「ママもいいわよ。あ、でも一つ約束。独り占めはだめ。いい?」
「やったぁ! ありがと!」
無邪気に喜ぶ姿に、不覚にもかわいいと思ってしまったことが恨めしい。忘れてはならない。この悲劇を起こしたのが誰なのかを。
しかしいつまでも悲しんでいてもだめだ。俺は野望を持ってここに来たのだから。この程度でへこたれてる場合ではない。
自分にそう強く言い聞かせていると、レオスさんが俺の耳元でそっと囁いた。
「すまない。たった一人の、大事な一人娘なんだ。少々ワガママでおてんばだが悪い娘ではない。面倒見てやってくれ」
「……はい」
そんなことを言われては嫌だとは言えない。これだけの名家に子どもが一人しかいないのには、それなりの事情があるのだろう。大事にしたい気持ちは俺にでも分かる。
それに、一人娘ということはいずれヴァイカリアス家の当主になる可能性が大いにある。悪い話ではない……はず。
俺はお嬢様の元で跪いた。
「精一杯やらせていただきます」
「……ほんとに似合うわね。ずっとそれにする?」
「さすがにそれは……」
「ウソ。冗談だって。よろしくね、アル」
小悪魔の如く舌先を出して、少女は笑った。
――ちくしょうなんでかわいいんだよ……!!
年のため言っとくが俺はロリコンではない。子どもらしいかわいさがあるということだ。本当だぞ。
「まあ、一通りの仕事はセバスに教わるといい。ここのことなら何でも知っている」
「おまかせください」
セバスは柔和な表情で頭を下げた。――が、俺は知っている。
このクソジジイが、俺のメイド姿を見て頬を赤らめていたことを!
甘く見ていた。己のかわいさを。まさか老人まで惚れさせるとは思わなかった。見境がなさすぎる。
とにもかくにも、ヴァイカリアス家での俺の生活が始まった。
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