イケメン戦記

もくもく

※醜男、イケメンになる

 ――俺はブサイクだった。いや、ブサイクなんてかわいい言葉で済むものじゃない。醜悪という概念に手足が生えたような、汚物に命を宿したような……いや、それでも褒め過ぎか。

 容姿、声、体臭、雰囲気……俺という人間は、人を不快にさせる要素のみで構成されている。

 そんな俺だから、この世に生を受け産声をあげた瞬間から今まで、誰かに愛された憶えがない。他人はもちろん、親にさえだ。しかし無理もない。自分ですら鏡を見て吐き気を催すことがあるのだ。愛されたいなど傲慢このうえない。むしろ、捨てることなくこの年まで育てあげてくれたその偉大な親心に、盛大な拍手を贈るべきだ。

 自分で言ってて悲しくなってきた。


 そんな訳で俺は、社会に出て働くなどということはできなかった。薄暗い部屋で、ただパソコンの液晶相手に空虚な日々を過ごすことしか出来なかった。

 何のために産まれたのか、何のために生きてきたのか……幼い頃に見たアニメが問いかけた難題の答えを俺は知っている。産まれた意味も、生きてきた意味もない。


 ――いや、なかった。


 過去形に言い換えたのは俺が自らの死を確信したからだ。

 いつものようにネットで掲示板を見ていたら、急に胸が苦しくなった。心筋梗塞? 心臓発作? なんにせよ、ろくな生活をしていなかったので、大して驚きもしなかった。

 終わる時がやってきた。ただそれだけのこと。やっと、という感じだ。


 ――まったく無意味な生を送ってきた。


 意識が薄れていく。


 ――まともな顔に産まれてればなぁ……


 今さらだった。とうの昔にそんなことを考えるのはやめたはずなのに。


 ――来世があるならイケメンに産まれてみたいな……


 悲しいことに、寂しさは微塵もない。


「願わくば……童貞卒業……したかった……」


 辞世の句を呟いて、俺は静かに目を閉じた。



「んふ〜ふ〜。今日の売れ行きは〜……イエスッッ!! 好調じゃなーい!!」

「……んあ……?」


 ……あれ?


「あら! 起こしちゃったかしら! んまー! 相変わらずきゃわいいんだから!!」


 おかしい。


「将来有望だわぁ……ヨダレ出ちゃう」


 えっ。


「ばぶぅ?」


 ばぶぅ……!? えっ、俺が言ったのか!?


「きゃー! ばぶぅですって! んぎゃわいいいい!!」

「…………」


 簡潔に現状を述べよう。

 目の前にいるのは巨漢のオネエ、そして、俺は赤ん坊になっている。


 ご理解いただけるだろうか。


 死んだと思ったら巨漢のオネエの野太い声で目覚め、赤ちゃん言葉しか話せない現状。

 俺の戸惑いようを、ご理解いただけるだろうか!!


 いや! 意味がわからんぞ! 何の冗談だこれ!


「だぁー! ばぶ! ったい!」

「はいはーいママでちゅよー。ンマッ! ンマッ!」


 ――パパだろ! いやそうじゃなくて!


 短い手を前に突き出し、襲いかかる分厚い唇をなんとか阻止しようと試みる。が、巨漢のオネエからすればそんな抵抗はあってないようなもの。


 ――勝てない。


 もはや覚悟を決めるしかなかった。

 比較的おだやかな心境で、俺はそっと目を閉じた。唇は躊躇なく近付きそして――


「ぶっちゅううう」


 ――俺のファーストを無残にも奪い盗った。


「びぇああああああ!!」

「あはー! よろこんでる!」


 哀しみの涙だよ! という魂の叫びは伝わらなかったようで、俺の体は軽々と抱きすくめられた。


「いないいないブァァァー!!」

「…………」


 今一度振り返ってみよう。


 胸が苦しくなり死んだと思った。何故か目が覚めた。目の前には巨漢のオネエがいた。何故か赤ちゃんになっていた。唇を奪われた。抱かれた。そしてあやされている。

 明らかに理解できる範囲を超えている。赤ん坊の体だからだろうか、急に抗えないほどの強い眠気がやって来た。

 考えてもわからない。わからんから、とりあえず寝よう。

 半ば投げやりに、俺は意識を手放した。



 追記、オネエの唇は正直とても柔らかかった。クソが!

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