いつもの学校

 魔法陣から聖上位騎士という女の子ニースがやって来てから二日経ち、今日は月曜日。

 日曜日は前日からの疲れが溜まっていたから、寝て起きたらすでに夜中。用意されていた夕食を食べてからお風呂に入って、再び布団に入って寝た。

 誰とも話さなかったのかって?

 だって、ニースは客室で寝ていたし、カトルはどこかへ行ってしまっていたようで、どこにもいなかった。つまり、あんなことがあったというのに、特にハプニングらしいハプニングもなかったよ。

 そして、いつも通り学校へ来てから、とんでもないことに気付いた。それは、屋上へ続く踊り場の屋根が、ニースを召喚したときに崩れた状態のまま放置していたことだ。

 思いだしてから急いで現場へ駆けつけたけど、そこにはいつも通り――俺が実験をする前と同じ古い学校の踊り場が崩れるままの状態になっていた。

 俺は洗浄の魔法を使うことができるけど、修復の魔法まで使うことができない。

 たぶん、これはカトルがやってくれたのだろう。そういえば、俺が寝ている時に玄関が開く音が聞こえていたからな。

「おはよう、綴木つづき君。さっき急いで校舎に入っていったけど、何かあったの?」

 2年の教室の自分の席で、駆けたせいで上がってしまった体温を下げていると、隣の席から女子生徒に声をかけられた。

「おはよ。忘れ物しちゃってさ。ホント参ったよ」

 話しかけてきたのは、俺のクラス委員長の小鹿おじか美沙みさ。丁寧に整えられた光るロングヘア―が特徴的で、後ろから見るとかなり大和撫子といった姿をしている。

 しかし、顔には太いフレームの厚ぼったい眼鏡をかけており、雰囲気は地味だ。

 それに、カバーがかけられていて外装を見ることが出来ないけど、いつも本を読んでいるので他クラスはいわずもがな、クラスメイトともそれほど話しているところを見たことが無い。

 ただ、俺は隣の席ということもあって、よく話す間柄だ。特に話すようになったのが、たまたまカバーをかけていない本が、最近読んだ本と被っていたので会話をしたのがきっかけだった。

「珍しいのね。それで、忘れ物ってなに?」

「話題になるほどのもんじゃないよ。落とし物に気付いて、それを朝一で取りに行ったってだけの話」

「そうなの? 私、綴木君の話って面白くて好きだから、どんな些細なことでも良いんだけど?」

「何か面白そうな話を仕入れたら、また話すよ」

 面白いとかそんな次元の話じゃないのは、土曜の夜に起きたけどね。でもこれは絶対に話しちゃいけないことだ。

 色々な意味で。



 んでもって、昼である。

 今日も特にこれといった出来事はなく、いつも通り授業を受けて放課後を待つのみだ。

 勉強? あぁ、まぁ、それ以外にも大切なものってあるよね。

 今日のお昼ご飯は、売店でパンを購入することにした。

 いつもは家でご飯とおかずを適当に詰めたお弁当を持参するんだけど、今日は遅くまで寝ていたので弁当を用意する暇がなかった。

 2階にある2年生の教室から1階へ降り、渡り廊下に来ている外部業者の売店で適当にパンと飲み物を見繕う。

 そこで、他の学年の女子生徒の話声が聞こえてきた。

「外のため池の所に居る人! チョーカッコよかったよね!」

「うんうん、モデルかと思った! 外人だったから、多分散歩で歩いていて公園と間違えて入って来たんだろうね」

 ねー、と仲良く会話をしながら歩いて行く女子生徒。どうやら、学校に部外者が入って来てしまっているようだ。

 そして、あの女子生徒が言うように、うちの学校って裏門から見ると公園みたいに見えるんだよね。小さいため池――生物観察池があって、その周りには園芸好きの先生が生徒以上に頑張っている園芸部が花壇を綺麗に整備している。

 お陰で周辺住民の憩いの場――にはならない。みんな、ここが学校だと分かっているから。

 ただ、遠くからサイクリングやツーリングに来た人や、海外から来た人が公園と間違えて入って来たりお弁当を食べたりする場所と化すことがある。

 今回も、彼女たちが言うように散歩の途中で入り込んできたのだろう。

 目的の品を入手すると、急ぐ必要もないのでのんびりとした足取りで教室へ戻る。その途中、教室へ向かう時に使う階段から、ため池が見える場所があるので興味本位でそちらを見てみると、心臓が飛び出すかと思った。

「何やってんスカ、あの子!?」

 知った顔を見つけ、急いでため池へと急ぐ。



 本当はダメだけど、外履きに履き替えることなくうち履きのスリッパのまま校庭へ出た。

 そして、目的のため池まで一直線へと向かう。

「あれっ? ソウヤくん、どうしたんだい?」

 そこに居たのは、聖上位騎士ニースだった。

 魔法陣から出てきた時のような甲冑姿でも、家で寝ていた時のような来客用の寝間着でもなく、靴はワークブーツを履いており、その下はダメージジーンズに上は薄手のアメカジのロンT。羽織っているのは、モスグリーンのストリートミリタリージャケットだ。

 見覚えのある物ばかりだと思ったら、これ全部俺の持ち物だった。

 ニースの身長は俺と同等か少し上だけど、体格は女性らしく俺よりやや小柄なくらい。つまり、おかしなくらいにはダブダブにならない。

 顔かたちが整っており、金髪に綺麗というより精悍な顔立ちをしているので、確かに格好いいモデルみたいな容姿をしている。

 女性のニースの方が持っている服が似合うってのは、持ち主としてかなり悲しいことだ。

「どうしたもこうしたも、何で学校に来てんのさ?」

「厄災の魔女が、『怪我も治ってんだし、暇なら外を歩いて周辺の地理を頭に叩き込んできなさい』と言われてね」

 いやいや、ニースは死にかけから復帰したばかりなのに、動き回って大丈夫なんだろうか?

 元騎士だから体が丈夫なのか、それとも元騎士だから無理をしているのか。ニースの顔色を見る限り無理をしているという感じはしないけど。

「外に出ても大丈夫なのか……? その……常識的にも」

 よく漫画にあるのが、走っている車を化け物だと勘違いして叩き潰したり、話す自販機と律儀に会話をしたりするシーンだ。

 まさか、とは思うけど、ニースは堅物でそこはかとなくドジっ娘臭を漂わせているので、そんな感じがしてならない。

「それは、私の怪我を心配してか? それとも、私がヘマをしていないか気になったのとどっちだい?」

 俺の思考を読み取っただと!?

「読み取ってはいないし、そもそも私にそんな能力はない。考えていることが顔に出過ぎなんだ、ソウヤくんは」

「フヒヒ。さすが、聖上位騎士といったところですなぁ……。おっと、無心無心。禅の心で立ち向かわなければ、たちまち心を見透かされてしまいますわ。おぉ、怖い怖い」

 無心の表情としてカトル直伝のアヘ顔をすると、少し怒りながらベンチに座り、俺に隣へ座るように言ってきた。

 一緒に座っているところを見られたら恥ずかしいし――、とモジモジしていると、強めにベンチを叩かれた。怖すぎ。座るしかないじゃないか。

「ここへ来たのは、厄災の魔女に言われた周辺の地理を頭に叩き込むというのの他に、歩いている最中にソウヤくんの足跡を見つけたからだ。初めはちょっとした好奇心から追ってみたんだけど、ちょっと面白くないことになってね」

 話が長くなりそうだったので、お昼ごはん用に買った菓子パンを一つあげる。

 お礼を言いながら俺からパンを受け取ったニースは、袋ごと食べる――かと思いきや、普通に袋を破ってから食べ始めた。何か、期待した異世界人的な失敗が見れなくて残念だ。

 ってか、一昨日こちらへ来たばかりだというのに、適応能力高すぎじゃね?

「それで、面白くないことって? んー、まてまて。これは、俺の面白可笑しい学校生活が見られるかと思ったのに、いたって真面目に授業を受けていたから面白くないってことだな!?」

 当たりだろ? とドヤ顔をするが、ニースはこの世の終わりかと思わせるくらい、哀れな生き物を見る顔つきになった。止めてくれ。本気で傷つくから。

 これ以上俺のガラスのハートを壊されないように、ニースに続きを話すように促す。

「面白くないというのは、この学校に厄災の魔女ではない魔法使いが居るってことだ。それに、どうやら、ソウヤくんに悪意を持っているようだ」

 と、やや憤慨をした表情でニースは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る