召喚成功……?3

 カトルが魔法で出したに縛られリビングのフローリングの上へ転がされたニースは、恨み言一つも言わずにただひたすら静かに自らの処遇を言い渡されるのを待っていた。

 それもそうだ。相手は世界を三度も焼いた厄災の魔女だ。聖上位騎士であっても、一対一で戦うのは無謀以外の何物でもない。

 そもそも、ニースが知っている厄災の魔女は、神の怒りに触れ、その身を神の雷で貫かれ死に体だった頃だ。つまり、魔女を討ったといっても満身創痍の死にかけだった魔女を討伐したにすぎない。

 討った時の手ごたえはなく、仲間も皆、厄災の魔女が死んだとは思っていなかった。しかし、吉報を待つ王が、市民が待っていたので、行方不明になった魔女を死んだものとして報告、周知した。

 まぁ、そんな頃の厄災の魔女しか知らないニースであっても、その存在は恐ろしいものだということは分かっていた。

 分かっていたのだが――。



「うんうん、ごめんねー。本当はもっと早く言うつもりだったんだけど、案外、犬の生活も良くてさー」

「いやいやいや、犬の生活が良くって……。そのせいで、俺はめちゃくちゃ恥ずいんだけど」

「それは――私の方が恥ずかしいんだけど……」

 カァ、と厄災の魔女の顔が真っ赤になっているのが、目を閉じているニースにも手に取るように分かる。

 違う、そうじゃない。世界に不幸と混沌をまき散らす厄災の魔女が、そんな少女みたいなことをしてはダメだろう。

 そんな感情が、ニースの心に渦巻いていた。

「でも、そっか……。カトルが色々とやっていたから、魔法が簡単に使えたのか……」

「魔力はソーヤにあげていたのは確かだけど、魔法の行使はソーヤのセンスだから、実際に魔法が使えたのはソーヤの実力だよ。トップアスリートの体力を貰っても、その世界でトップになれるわけじゃないよね? そういうことだよ」

 なるほどなー、と頷くソーヤだったが、その声にはやや落胆が含まれていた。

 しかし、ニースはソーヤに対し魔力を分け与えられていただけで、別次元の世界から自らソウヤよりも存在能力――総合的な力が上の存在を召喚するのは才能がそこいらの魔法使いよりもあるということだ、と結論付けた。

 魔法使い――魔女を含む――は、厄災の魔女のように身勝手な者が多く、市民や騎士団に協力する者は稀だ。そんな中でも比較的協力的な魔法使いは国で手厚く保護しており、ソウヤもそういった保護される側の魔法使いだ、とニースは少しだけ考えていた。

 だが、それも考えを改めなければいけなかった。

 なぜなら――。



 俺の横でふてくされながら横たわっているニースの口を、ムニッ、と開けて甘棒を差し込むと、吸引力が変わらない勢いで吸い込まれるように飲み込まれていく。それが、面白くて面白くて、ついつい甘棒をどんどんと差し込んでしまう。

 黒砂糖味の激甘水分泥棒の甘棒は、水分無しでは食べることが出来ない。なので、甘棒3本挿入したところで、お茶を飲ませてあげる。

 こちらも、ムスッとした表情だが飲んでくれる。

 初めは緑茶の渋みが嫌だったのか顔をしかめていたけど、「これも修行の一環」と言わんばかりに、ニースは不承不承といった様子で緑茶も嚥下するようになった。

 いやいや、これがなかなか可愛――。

「ごふはっ!!」

 ニースが咳をすると共に、その口からデロリ・・・と甘棒だった流動状の物が零れ落ちた。見た目が黒かったため、これがなかなかな汚物感だ。

「うわっ、ばっちいっ!」

 俺の対面に座っていたカトルは、ニースの姿を見て顔をしかめていった。

「ばばばば、ばっちいとは何だ! そもそも、ソウヤが次から次にパサついた、とんでもなく甘いパンを突っ込んでくるのがいけないんだ! 何だこれは、嫌がらせか!?」

 デロリ・・・したのが恥ずかしいのか、それともただ単に喉に詰まったせいか分からないけど、涙目になりながらニースは吠えた。

 別に嫌がらせじゃなかったのに、悲しい誤解だ。こうして戦争は始まるのだろう……ってね。

「あっ、おいおいおい。そんなことしなくていい! 自分の始末は自分でやるから!」

 ニースがデロリ・・・した甘棒をウエットティッシュでふき取り、ゴミ箱へ捨てる。それを見たニースが、先ほどとはまた別のあかに顔を染めた。

 自分の始末は自分でやる、といっても、ニースは縛られているのでそれも無理な話だ。解放しようにも、縛っているのはカトルのなので、俺にはどうすることもできない。

「あ~あ。人に自分の世話をさせたら、聖上位騎士も形無しだねぇ~」

 コタツテーブルに頬杖を突きながら、カトルはニヤニヤ、といやらしい笑みを浮かべながら狼狽えるニースを見ていった。

「こっ、これは、お前が縛っているからだろう厄災の魔女! 解放してくれれば、自分の世話くらい自ぶ――ゴクゴクゴク」

 会話している途中でも、湯飲みを近づけると律儀に飲み始めるニース。淹れたてとは違い、今はすっかりさめてしまっているので、ゴクゴクと飲める。

 ある程度飲んだところで湯飲みを放すと、人心地ついたのかニースが落ち着いた顔になった。

「ありがとう、ソウヤくん。でも今は、厄災の魔女と話しているから、お茶は後にしてくれ」

「分かった。すまない」

「いや、分かってくれれば良いんだ」

 申し訳なさそうな俺の態度に、ニースは力強い笑顔で許してくれた。何か、この人すごくいい人。

「そもそも、神に喧嘩を売った時点で、貴様は許されざる大罪人だ。それは、次元を越えた世界であっても変わらない。私と同じ、命の恩人であるソウ――モグモグモグ」

 話している、パクパクと動く口に甘棒を突っ込むと、こちらも律儀に食べ始めた。先ほどのお茶が潤滑剤になっているようで、今回の甘棒はデロリ・・・することなく滑らかに口から胃へ運ばれていった。

「すまないな、ソウヤくん。言葉が足りなかったようだ。私は、あの厄災の魔女と話をしているから、お茶も、そのとてつもなく甘いパンも口へ突っ込むのは止めてくれ」

「分かった。すまない。どうしても、君に食べて欲しくて……」

「いや、分かってくれれば良いんだ。ソウヤ君に悪意が無いのは、その体にまとうオーラを見ればわかる。無垢な気持ちで私に尽くそうとしてくれるのはとても分かる。――分かるが、今はそれは置いておいてくれ」

 コクリ、と頷くと、ニースは満足いった様子で再び厄災の魔女ことカトルと会話を始めた。それは、先ほどのような詰め寄る話し方ではなく、優しく諭すような話し方だった。

 俺がここに居ては二人の邪魔になってしまうので、飲み物を出すために冷蔵庫へ向かった。色々しまわれている冷蔵庫から目当ての物を出し、それを電子レンジで温めて、3つの湯飲みに分けて会話をする2人の元へ持っていく。

 とくとくとカトルがどれだけ間違ったことをしているのか、それこそ本職の聖職者が裸足で逃げ出すんじゃないか、と勝手ながら思ってしまうほど綺麗な言葉で語りかけている。

しかし、当のカトルは全く興味が無いようで、俺が持って来た飲み物を嬉しそうに飲み始めた。

「つまり、君はまだやり直せる。聞けば、ここに居るソウヤくんに色々としてあげていたそうじゃないか。喧嘩を売った神に許しを請うことはできな――ゴク、ブボハッ!? 熱ヅッ!!」

 電子レンジで熱々に仕上げた甘酒・・を一気に飲んでしまったニースは、シャチホコもビックリなくらいそり上がった。

「熱ヅッ!? ハァッ!? ソウヤくん、さっきからおかしいと思っていましたが、絶対にわざとやってますよね!?」

「大局的には」

「大局!? そもそも、なぜそんな悪意なく純真無垢な心で嫌がらせが出来るんですか!」

 それは、O・MO・TE・NA・SI☆ の心をもって接しているからではないだろうか?

 そもそも、嫌がらせとは失敬な。ニースの反応が面白くて遊びが入ってしまったけど、今飲ませた熱々の甘酒だって、別の世界に来たニースに飲んでもらいたくて出した……いや、止めとこう。

 やっぱ、面白いから飲ませちゃったんだ。

「そもそも、ソウヤくんは厄災の魔女の側に立っていますが、彼女が何をやったのか分かっているんですか!?」

「えっ……いや、それは……」

「分からないでしょう! 彼女は、とてつもなく悪逆非道の限りをつくしたんですよ!」

 話の腰を折られ続けたらからか、ニースは瞳に怒りの炎を灯し、俺を射抜くような視線で吠えた。

「さぁ、どれほどのことをしたのか、厄災の魔女の口からキチンと聞きなさい!」

 世界を焼いたとか、神をうんたん・・・・って聞いていたんですけど、と言い返したかったけど、鼻息荒くするニースが怖くて言い返せなかった。

「カトル、何やったの?」

「神に喧嘩売って、神の世界を七度焼き尽くしたら私の勝ちだったけど、三度焼いたところで神の野郎が別世界から仲間を呼んだせいで返り討ちにあいましたー☆ ちなみに、神の間じゃ『神殺し』って呼ばれてまーす♪」

「カッコイイ!」

「よくない!!」

 キャハッ☆彡 と思った以上にスケールが大きい話と、厨二心を刺激される二つ名に思わずカッコイイと言ってしまったけど、すぐさまニースに怒られた。

「神に喧嘩売るとか、頭がおかしいとおもいませんか!? 世界を、我々を暖かく見守ってくれる神様を!」

「うっ、うーん……。そうなのかな……?」

「そうです!」

 ビッチビッチ、と魚が飛び跳ねるように、ニースが波打つ。活きが良いのは構わないんだけど、まだ朝早いからあまり大きな音を出されると近所迷惑なんだよね。

「へぇ~。貴女の信じる神様ってのは、えらく優しいのね――」

 興奮するニースとは対極に居るような声色で、カトルが語り始めた。それは、静かで冷たい、怒気にも似たナニカを含んでいた。

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