第6話
人探しに来たはずが、突然クマ退治をさせられると聞かされたディスハイン家の兵士たちは少々面食らっていたが、すぐに表情を整えるとクマ退治についての説明を真剣に聞いた。
方法は簡単だ。罠にはめるだけ。以上。
その罠というのもいたってシンプルな物ばかり用意した。それは、これまで――前回魔王軍の雑兵と戦った時に思い知ったのだが、手の込んだ罠というのは動作性や殺傷性を考えるとそれなりに良いのだが、制作時間と設置時間、さらに罠にはまる確実性を考えると効率が悪い。
これに関しては、工作部隊とよく口論になっていた。魔族と戦うのは実働部隊のため、怪我をして弱くなった敵の方が倒しやすく、自分も生き残りやすい。
しかし、それを作り設置する工作部隊は、一回の使用で壊されてしまう罠に時間をかけたくないので、ある程度の殺傷能力で簡単な物を多く作りたい。
どちらも要求されて、そのような考え方になってしまうので仕方がない。
今回は、魔族よりも耐久能力が低いクマが相手で、さらに用意できる道具も部品も限られていたので、簡単な罠を用意するしかなかった。
それに、罠の設置
★
「言われた通りの場所に設置が終わりました。」
本来は1人でやるつもりだった作業が、乗馬した20人の屈強な兵士で行ったため1時間もかからずに設置することが出来た。
「あとは待つだけ……だが。ユウト、俺は立場上この村に長いことは居られない。明日か――遅くとも明後日にはメイヴェンに戻らないといけない」
「分かっている。なるべく、王子と一緒に行きたいけど、これは俺の旅立ちに必要な儀式だ。クマを数頭間引いたら、すぐに行く」
「あぁ、頼んだぞ」
罠を設置しても、そこにクマがかかるかどうかは彼ら次第だ。罠に誘導するために餌を置いているが、この餌も山に住む動物なら全てが好む食べ物なので、何も罠にかかることなく餌だけ取られてしまう可能性がある。
そうなれば、また初めからやり直しとなる。さらに困るのは、何度も人が近づいた罠には、動物は近寄らなくなってしまうのだ。
人間の臭いが強くなればなるほど、野生の動物は近づかなくなる。反対に、魔獣は人の臭いが強ければ強くなるほど、そこへ集まってくる。
基本的に、魔獣は動物と同じ考えで対応することはできない。
「おい、フィスパーはどうした?」
俺と王子が話す後ろで、アインが待機している部下の一人に聞いている。
「それが、クマであれば連れてくることが出来る――と、フィッテンバーグとヨースを連れて再び山に入っていきました」
兵士の答えに、あの馬鹿、とアインが呆れた口調で頭を抱えた。
「誰か山へ入っていったのか?」
アリル王子が、アインに向かい聞く。
「申し訳ありません。三名ほど、クマの囮として入ってしまったようです」
「出来そうか?」
「フィスパーの父親は狩りが趣味でして、奴もそれなりに心得はあるのでしょう。不慣れな山なので無理はしないと思いますが、奴は若いので何とも……」
何とも心配になる言葉だった。ちなみに、今話に出た三人の名前は、
「心配ではあるが、問題はなさそうだな」
アリル王子は、腕を組みながら山を見た。その言葉には、「信じている」といった雰囲気は感じられず、代わりに「できるだろう」という確信したものが含まれていた。
「ユウト、お前は簡単な罠しか用意できなかったと言っていたが、確実に仕留められる物を作っているんだろ?」
「まぁな。手負いの獣はヤバい。一つの罠で確実に仕留められる物は取り入れているつもりだ」
たとえ逃げたとしても、瀕死の重傷を負わせることを最低限念頭に置いている。瀕死であれば、弱り始めた頃――罠で受けた傷が治る前に他の動物が襲って食ってくれるからだ。
「そうか、なら――」と、俺の言葉に続けてアリル王子が話し始めた時、山から何かが弾ける音が聞こえた。
それまで静かだった山に鳴り響く音に驚いた鳥たちが一斉に飛び立ち、続けざま獣の咆哮が耳に届いた。
「罠にかかったな」
しなりが良い木と強靭な蔓を使って作った罠は、作動する瞬間にこんな音が出る。それは、凝縮された力を一気に解放するため凄まじい力となり、獲物を捕まえると同時に殺す。
「行こう。まずは、一頭目だ」
★
当たり前だけど、
そのクマがかかった罠の前には、件の兵士が三人固まっていた。
「フィスパー! 貴様、なぜ命令を聞かん!」
兵士の姿を視認したアインは、命令を聞かず自身を囮として使ったフィスパーに詰め寄った。しかし、当のフィスパーはアインの言葉に耳を貸さず、あろうことか口に人差し指を付けて、静かに、といった。
アインは、ディスハイン家の長男で、アリル王子の側近となり今回の遠征の責任者となっているが、当主ではないので兵士たちから軽んじられているのかもしれない。
「何か、面白いものでもあったか?」
王族であるが、一人の戦士として生きていた記憶の方が強いアリル王子は、兵士のそういった不遜な態度を改めることなく、笑いながらクマを見る兵士――フィスパーに近づいた。
「アリル王子、このクマに何か話しかけてみてください」
「話しかける? なぜだ?」
「信じられないことですが、まずはやってもらえた方が良いと思います」
兵士の言っている意味が分からなかったが、アリル王子は言われた通りにクマに話しかけた。
アインは「危険だ」と言っているが、クマの手足の腱はすでに切られており、腰も罠によって潰されているので動くどころか、その命も持って十数分だろう。
「お前の名前は何だ?」
クマに名前があるのだろうか、と思ってしまうが、これはアリル王子が捕まえた魔族によく言っていた台詞だった。たぶん、「何か話して」と言われたが思いつかなかったのだろう。
「フッ、コッ、フォコッ、コッ――」
しかし、クマに名前など名乗れるはずもなく、クマは苦しそうに息を吐くだけだった。
これが魔族であれば、仲間を呼びよせるために苦しませ叫ばせることも視野に入れるが、目の前に居るのはただのクマだ。
それも、未来で村を襲わせないように
「それで、話しかけたが何の意味があるんだ?」
アリル王子は、愉快そうに、それでいて「無意味であればどうなるか分からんぞ」といった様子で兵士に聞く。
その顔に出ない圧力に、話しかけるように言ったフィスパーはややたじろぎながら言葉をつないだ。
「クマは吠えます。苦しい時には、呻きながら吠えます。自分は、父親と同じで狩りを趣味にしており、獲物にはクマも含まれております。こんな
「どういう意味だ? 分かるように話せ」
言っている意味が分からず、アリル王子は詰め寄るように聞く。俺はもちろんのこと、アインもその兵士たちも、フィスパーが言っていることが理解できている人間は居ないだろう。
「このクマは痛みでうめいているのではなく、言葉として音を発しています。このクマは、我々の言葉を理解しているんですよ」
フィスパーは静かに興奮しながらこのクマについて話しているが、アインを含む他の兵士たちは理解が追いつかず、その話を呆然と聞いている。
しかし、このことについて身に覚えがあり、戦慄している人間もまた居る。
それが、俺とアリル王子の二人だ。ありえないが、ありえる現象が目の前で起きてしまっているのだ。
「ユウト――」
「あぁ……」
俺は、腰に帯びたナタを引き抜き、クマを見た。
クマはすでに虫の息だ。本来なら捉えてすぐに息の根を止めなければ、肉は不味くなるし、食料となってくれたクマに申し訳ないからだ。
しかし、殺すのは結果が出てからしかできない。
「お前の名前は、何だ?」
「フッ、コッ、フォコッ、コッ――」
先ほどより聞きづらくなってしまったが、音としてとらえれば同じ言葉を言っていると考えても良かった。
ならば、他にもその証拠となるものがあるはずだ――。
潰されて機能を失った腰から下を触り探すも異常は見当たらない。すぐさま腰から上を触り、目的の物を探すと、それはすぐに見つかった。
「アリル、ヤバいぞコレ!」
ありえない。まだ早すぎる。
時期を考えれば、まだあと4年はあるはずだ。それに、
――クマの後頭部から首にかけて、魔獣と似た皮膚の硬化現象が見られた。硬質化した皮膚は毛が生えづらくなっており、魔獣を倒すときには毛が生えている部分を狙うのが定石だった。
見間違えることは絶対にない。なんたって、命がけて常に戦ってきた相手なのだから。
「ギイィィィィィィィィィィィィ!!!!」
俺の言葉から全てを察したアリル王子が再びクマに近づこうとしたが、そのクマが大きく息を吸い込んだ瞬間、耳をつんざく絶叫が山全体に響き渡った。
耳を塞ぐアリル王子と他の兵士。そんな中でも、アインは暴れる可能性があるクマから王子を守るため、身を挺してアリル王子に覆いかぶさった。
「クソッ!」
叫ぶクマに耳をやられながらも、俺は手に持つナタを全力でクマの延髄に振り下ろし、クマの命を絶った。
時間にして、三秒か四秒くらいの出来事だった。しかし、この後起きる出来事を考えれば、それは恐ろしい四秒となった。
その現象はすぐに起きた。クマが絶叫してすぐに、山上から
「なっ、何だ、突然!?」
一変してしまった山の状況に、兵士たちはやや怯えた声を出した。
「チッ――。弓を持っている奴、山上へ向かって構えろ。動くものはすぐに射れ。他は、次の罠の所まで撤退だ」
庇うアインを押しどけると、山上を睨みながら兵士に命令を下す。
アインも山に慣れ狩りを趣味とするフィスパーはもちろん、他の兵士もその変わりように驚いている。それが、アリル王子に対してか、山に対してかは分からない。
しかし、その場に居る、未来のことを全く知らない者たちもすぐに理解するだろう。
魔獣化した獣がどのような生き物か――を。
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