第4話

 村に戻る途中、森の入り口辺りで父が待っていた。父は、戻って来た俺とヨウリに気付くと、大きく手を振った後、手招きをした。

「おぉ、良かった。思ったよりもだいぶ早かったな」

「さっき、村の方に騎士様が走っていくのが見えたからね」

「あぁ、そうだ。その騎士様がお前に用があるんだそうだ」

 そういうと、父は小声で「どうしてか分からんが、相手はお前を知っている。粗相のないようにな」と言ってきた。確かに、突然やってきた騎士が関係のない自分の息子を呼びつければ理由はどうであれ驚くよな。

 相手がどのような目的でやってきているのか大体の予想はできているので、俺の方は落ち着いて頷くことが出来る。

「ヨウリ、早く村に行こう」

 父と会った所から急に歩みが遅くなったヨウリを促すと、ヨウリは小さく首を横に振り、一緒に来ることを拒絶した。

「ヨウリ……?」

「私、おじさんと一緒に行く。ユウトは先に行ってていいよ」

「……あっ、あぁ」

 騎士という物珍しさから一緒に来るもんだと思ったけど、ヨウリは俺の父と一緒に後から来るという。そちらも、珍しいことがあるもんだ、と思いながら、特に気にすることなく先に行くことにした。



「君が、ユウトだね?」

 村の広場までやってくると、そこには銀の髪を垂らした優しい顔つきをした青年が立っており、青年は俺を見るなりそう誰何してきた。

「はい、そうです」

 頷くと、青年は満足そうに頷く半面、怪しい者を見るような目つきで、俺の足先から頭の先まで値踏みするように見てきた。

 彼は、アイセンタ・ボルクスト・フォン・ディスハイン。ディスハイン公爵家の長男であり、アリル王子の側近だった・・・

 俺の知るアイセンタ――アインはもう少し老けており、体つきももっとガッシリとしている。

 まだ平和な現在では20そこそこの歳と相まり、迫力の欠片もない。魔王軍との戦が、彼を強靭な精神を持つ騎士へと昇華させたのだろう。

 相手の値踏みと同様、俺も未来むかしのアインを思い出しながらその違いを照らし合わせていると、彼の部下と思われる騎士がやって来た。

「ディスハイン様、近所を調べましたがそれらしい影はありませんでした」

「こちらも同じく」

 何のことを言っているのか俺には分からなかったが、彼らは誰かを探しているようだった。まさか王子が単身で先行して乗り込んでいるのか、と思ったが、その場合はもっと大騒ぎになっているだろう。彼のことだから、急いでいようとも現段階のような火急の状況ではない限り、きちんと王族の行動規範に則り馬車で移動しているはずだ。

「分かった。引き続き、周囲を警戒しておいてくれ」

「「分かりました!」」

 背筋を伸ばし、よく訓練されているディスハイン家の騎士は綺麗に敬礼をしたあと、アインに言われた通り周囲警戒に入った。

「驚かせて――いや、驚くわけがないな。ここでは色々と話しにくいこともあるだろう。二人きりで話がしたい。案内をしてくれないか?」

 アインの言う通り、話す内容が話す内容なので、他の人に聞かれないほうが良い。俺は、アインを引き連れて近くの納屋の二階に連れ込んだ。


「まずは、いくつか質問をしたい。なぜ質問をするかは、君であれば理解できるはずだ」

 その問いに静かに頷くことで答える。

 彼はアリル王子の側近で、最も信頼が厚かった従者の一人だ。どれだけのことを彼に伝えているか分からなかったが、ほぼ確信といえる部分――の手前までは話していると考えていいだろう。

「私の名前は分かるね?」

 家名だけではなく、名と年齢、趣味に至るまで細かく話す。俺が知っているのは5年と少し先に会ってからのアインしかしらないので、趣味やその他は若干の誤差があるかもしれない。

「誰の命令で来たか分かるかい?」

「アリル王子です」

「それはどうして?」

「フリオは、メイヴェンの近くの街に居る、というだけで居場所は不確定。対して、俺は村の名前もしっかりと分かっているので、まずは俺を迎えに来る、と思ったからです。あとは、その肩についている緑色の帯が、アリル王子が自分の部下の識別用に付けさせている物だからです」

 澱むことなくスラスラと答えると、次第にアインの顔が曇っていく。間違いはないはずなのに、その顔を見ていると何となく間違ってしまったような気分になる。

「では最後に質問だ。近々、私にとてつもない不幸が舞い降りるらしい。それは何か答えてくれ」

 この問いを出された時は、「魔王が――」と言いそうになったが、アインは「魔王到来以外で」と言ってきた。正直、魔王以外に事件らしい事件など覚えていない。人類が滅ぶことに比べれば、全てが些細な出来事だったからだ。

 悩む俺を見て、アインは片眉を吊り上げた。

「私個人に不幸が来るんだとか」

 「――それが、どうやら情けないことらしい」とアインからの一言で、やっとピースがつながった。

「確か、貴方は今交際をしている女性と2年後に結婚し、その次の年には第一子が生まれます。しかし、それはある貴族家の男性との間にできた子だったらしく、幼少期は分からなかったようですが、成長するにつれて貴方の容姿を一片たりとも受け継いでいないというのが目に見えて――」

「分かった。分かったから、もういい……」

 人はそれを托卵という。アインが王子の側近として必死で働いている間、奥さんは家で不倫三昧だ。しかも、子供が出来たらアインの子にしようとする酷い有様で。

 それに気づかないアインもアインで酷いのだが、そもそも、奥さんの家格の方がディスハイン家よりも上なので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

「確かに、王子が言いたくないと言ったわけだ……」

 天井そらを仰ぎ見て、深々とため息を吐くアイン。明らかに似ていないとはいえ、「子供は子供だ」と言い聞かせながらアインは魔王軍と戦ってきた。

 魔王の元へ乗り込んで戦うことも死を前提としているため初めは渋っていたが、子供が完全に自分の子ではないと分かると、二つ返事で魔王の元へ直接乗り込むことを受け入れた。

 申し訳ないが、アインは魔王討伐作戦にとってかなり重要なポジションだったので、あの時にアインの子供ではないと完全に理解してくれたのは、不謹慎ながらありがたかった。

「分かっていると思うが、アリル王子がもうすぐ来る。失礼のないように」

「分かっています」

 そして、二人して納屋の二階から降りると、何食わぬ顔で村の広場まで歩いた。



 王子の馬車はすぐに来た。20騎ほどの騎士に守られ、中央に配置された黒塗りの馬車。

 それが村の広場の前に止まると、騎士は皆一斉に下馬し、その内の二名は馬車へ走り、それとは別の一人が村人に号令を出した。

「カウセス王国第四王子、アリル王子様がこの村の視察にやって来て下さった。失礼のないように、跪きこうべを垂れて出迎えるように!」

 王子が来るのも、人を出迎えるために跪き頭を垂れるのも初めての経験だというのに、村人は皆一斉に動き、大変慣れているように見えた。

 俺も、ここでは初対面なので他の皆と同じように、王族に対して失礼のないように跪き、頭を垂れて出迎える。

 キィ、と小さく馬車のドアを開ける音が聞こえる。

 そちらをチラリ、と覗き見ると、俺の記憶にあるアリル王子よりもだいぶ幼い顔つきで、未来むかしと変わらぬ不遜な態度で人に指示をだすアリル王子がそこに居た。

 時間にすれば、魔王の前で死に別れてから一週間程度しか経っていない。にも関わらず、とても長い時間別れて生きていたように思えた。

 そして、王子は静かに俺の元へと歩いてきた。そして、立ち止まると他の騎士が――アインが止めるのも気にすることなく口を開いた。


「太陽は我々を照らし」

「魔を滅す」


 王子の言葉に、俺も合わせ言葉で返す。


「月光は我々を照らし」

「魔を滅す」


 次に俺の言葉に対し、アリル王子が返す。


「我らが行く先に仇なすものは何もなく」

「我らの後にも何もない」


 再びアリル王子の言葉に続き、俺も言う。


「「我らが作る道こそが、我らの絶対の証である」」


 共に言葉を述べた後、王子は俺の手を強く握り締めながら強制的に立ち上がらせ、そして抱きついてきた。俺もそれに応えるように、強く抱きしめることで返した。

「久しぶりだな、戦友しんゆう

「あぁ、会えて嬉しいよ戦友しんゆう

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