第3話

 翌日から始めたのが、ナタを使っての柴刈りと罠づくりだ。

 太めの棒や枝を拾ってきては形を綺麗に整えて、先を鋭利に尖らせたものを量産している。これで、簡易の槍が完成だ。普通に刺しても良いし、スパイクの部品にしてもよい。

 他には、寄生樹の蔓を叩いて解した物も量産して、紐の材料も作る。

 こちらも、先と同じく罠にしようと思う。


「そんなに罠の道具作って何するの?」

 俺がナタで槍を量産している隣では、ヨウリが甘茎をチューチューとしゃぶりながらその様子を見入っていた。

 甘茎はその名の通り、甘い植物の茎だ。村では子供のおやつとして与えられるが、残念なことに村の周りでは取られ過ぎてしまっていて簡単には手に入らなくなってしまっている。

 たぶん、ヨウリのしゃぶっている甘茎は、俺の父から俺の監視をお願いされた対価としてもらった物だろう。あれ、めちゃくちゃ美味いんだよね……。

「ん? 欲しい?」

 ヨウリの方を見過ぎたから、俺の視線に気づいたヨウリは食べかけの甘茎を差し出しながら聞いてきた。

「……いや、いいや」

 何か施しを貰うようだし、そもそも子供からおやつを貰うのも申し訳ない。まぁ、年齢を考えれば俺も子供だけど、気持ちの問題だ。

「遠慮しないで良いよー」

「モガッ!?」

 断わる俺に構わず、ヨウリは甘茎を半分に割いて片方を無理矢理俺の口に突っ込んできた。何年かぶりに味わう懐かしい甘みに、美味いというより落ち着く感じがする。

「美味しい?」

「美味い」

「良かった」

 そして、ヨウリは再び甘茎をチューチューと吸い出した。

「ねー、ユウト。何で急にこんなこと始めたの?」

「クマをとるため」

「おじさんの手伝い?」

「まぁ、そんなところ」

 ふ~ん、と興味があるのかないのか分からない返事をしながら、ヨウリは空を見上げて甘茎を吸う。

「じゃあ、魔王を倒しに行くのは止めたんだね」

「なっ!?」

 俺が死ぬことでここに戻って来たのは昨日のことだ。魔王云々の話は、両親にしか話していないので、ヨウリが知る由もない。

「何で知ってんだ!?」

 驚き声を上げるが、ヨウリはなぜ俺が声を荒げているのか分からない、といった様子で首をかしげるだけだった。

「昨日の夜に、おじさんたちとユウトが話してるのを聞いた」

「俺と……?」

 何だそうか、と体全体から力が抜けた。そういえば、夕食後によく家に遊びに来ていた。

 父が猟師ということもあり、獣油が簡単に手に入る。その為に、うちでは他の家よりも灯りを長く点けることができる。

 それに、薪も多く手に入れることが出来るので、冬場は村の子供が暖をとりによく来ていたことを思い出した。

 魔王云々に関してなぜヨウリが知っているのか、もしかしたら彼女もまた未来から来たのか、とも思ったが種を明かせばそんなもんだった。

「魔王を倒しに行くのは辞めてない。魔王は必ず来る。そうしたら、皆死んじゃう」

「魔王ってどこから来るの?」

「分からない。どこからともなく現れて、人を殺していったから」

「ふ~ん」

 真剣に話す俺とは違い、実感が全くないヨウリは軽く返事をするだけだった。

 別に分かってもらおうと思っていないし、分かれとも言わない。俺だって、友人が急にこんなことを言いだしたら、寝ぼけているのかと言ってしまうと思うからだ。

「父さんには絶対に言うなよ」

「おばさんには?」

「同じだ」

 どうしよっかな~、とヨウリはいじわるなことを言いだした。記憶の中のヨウリと若干違うのは気のせいだろうか?

「じゃあ、黙っててあげるから魚取りに行こうよ」

「魚? まだ水が冷たいから獲れないだろ」

「罠なんだから、今から夕方まで沈めて置けば何か獲れるよ」

 罠というのは、俺が今作っている材料を使って作れということだよな。

 家に帰れば魚用のいつも使っている罠があるけど、せっかくだから少し違った――兵士として戦っていた時に別の兵士から教えてもらった罠を作ってみようかと思う。

 ヨウリの喜ぶ顔も見て見たいしな。



 罠を作り始めて一週間と少しが経った。

 あれから数日は、ヨウリが監視としてついて回った。しかし、どれだけ俺の後をついて回ろうとも、罠の準備をするだけで特に大きな動きをすることがなかったので、3日目でヨウリはその任を解かれた。

 それを理解したのは、ヨウリが甘茎を食べなくなったからだ。

 ヨウリは魔王云々に関して、俺と約束した通り両親には言わなかった。しかし、罠については報告したようで、父からそのことについて言及された。

 しかし、これについては隠さずにすべて洗いざらい話した。隠したところでバレるのは時間の問題だし、そもそも大がかりな罠を仕掛けるということは、山で仕事をする人に伝えておかなければ重大な事故になる。

 今はまだ準備中なので仕掛けることは無いが、最終的にはバレるので早ければ早い方が良かったので、ヨウリの報告はありがたかった。

 これについて、父は獲物を聞くだけでそれ以上何も言ってこなかった。ただ、罠の設置とその様子を見に行く時は一緒ではないと許可が下りなかった。これも想定済みだ。

 そして、今日もヨウリを横に置いて罠を作る。見ているだけのヨウリは何が面白いのか、あれからずっと俺のそばに居て離れない。

 まぁ、それは良い。でも、俺は作業があるから良いんだけど、ヨウリが暇ではないのかと気になって仕方がない。

 前にそれが気になって聞いたんだけど「別に? ユウトが罠作っているところを見るの、楽しいよ?」と本当に楽しいのかそうでもないのか分からない表情で答えてきた。

 そう言われては、俺にそれ以上いう権利はない。暇になれば、自分でどういかするだろう。


 時刻が昼に差し掛かったころ、馬に乗った騎士が三騎駆けてくるのが見えた。

 俺たちが居るのはやや丘になっているので、向こうからは見えないだろう。かなり急いでいるのか、周囲を警戒することなくかなりの速さで馬を走らせている。

「騎士様だ。どこの騎士様かな?」

「カウセス王国第四王子のアリル王子旗下の騎士だ」

「何で分かるの?」

「右肩に、緑の帯が垂れていた。あれは、アリル王子が好んで付けさせた、自分の部下の見分ける方法だ」

 好んだというより魔王軍侵攻のため金が無く、自分の部下専用のマントや装飾が作れなかったので、簡単な帯にしたってのが事実だけどさ。

「村に戻ろう。すぐに呼ばれる」

「何で分かるの?」

「そうなっているからさ」

 微妙にはぐらかされたのは気に入らなかったのか、ヨウリはムッ、とした様子で頬を膨らませた。

「ほら、早く行こう」

 せっつくと、ヨウリは何も答えることなく駆けだした。その後を追って全力で駆けるが、まだまだこの体には慣れていないので、ヨウリよりもだいぶ遅れてしまう。

 村まであと少し、といったところで、村から子供たちを集める鐘の音が聞こえてきた。

 それを聞いたヨウリは、なぜか俺に向かって舌を出した。俺の言った通りになったのが、どうやら不服らしかった。

 なんでだよ。

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