第5話 北部霊祭(2)


 同郷出身者の寄り合いと言うのは、独特な空気を帯びる。

 内輪の話で盛り上がり、地元の有名なものの話でまた盛り上がりと、部外者には理解の難しい、しかし共感は得やすいと言う不思議な繋がりを生じさせる。

 スミカにもまた、同郷の友人にして職場同僚の後輩が居た。


 ある程度距離を詰めた辺りで、スミカの近くに一人の言霊師の少女が飛行しながら近付いていった。


「スミカ姐さーん!」


 その少女こそ、件の後輩かつ同僚だった。

 アマテルに、同郷のよしみと言う事で、街に慣れるまでの世話係を任されてからは、よくスミカの周りをついて回っており、慣れた今でも、近くにスミカの姿が見えればこうして寄ってくる程度には、彼女に懐いている。


「ヤエ、お前もここの担当だったのか。あれから杖はどうか?御せるようになったか?」

 今日も今日とて、現場で鉢合わせたヤエに、スミカは、先日行った訓練の成果を尋ねた。最近は、それが挨拶代わりになっている。

 すると、ヤエは目を輝かせ、杖を持つ手を正拳突きのように突き出しながら、半ば興奮した様な様子で一言。

「ええ!それはもうバッチリ…えーと、七割弱くらい?」

 そう言った。

「お前さん……それ。いや、そりゃまあ、なんとも。頑張ったのぅ」

 スミカは一瞬、素直な感想を口にしそうになりながら、言葉をどうにか飲み込んだ後で、苦笑を浮かべた。

(これではまるで、少し前のアマテル様のようじゃな)

 彼女は、その動作をした自分に、かつてのアマテルを思い出していた。

『良いか? 先輩にとって後輩とは、精神的に養う家族のようなものなのだ。今後、そう言う機会もある。肝に銘じておけ』

 頭の中に再生された、記憶の中のアマテルが、そのような言葉を口にして苦笑を浮かべている。

 その様子が、今の自分の様子と余りにも似ていることに気が付き、スミカの苦笑が普通の笑みへと塗り替えられた。

「えへへ」

 その笑みが、自分が褒められていると感じたか、ヤエは照れを見せる。

「それなりに頑張りました。ところで姐さん」

「うん?」

「今回の北部霊祭、は、どこの封神の勢力が主催でしょうね?」

「どこだろうなぁ…。下々の神や厄霊の気まぐれに左右されるところも多いらしいから、よく分からないな」

 ヤエの質問にスミカは首を傾げ、そのまま続ける。

「ただ、バス襲撃事件の時の厄霊を見る限りでは、無縁になっていた氏御子神(うじのみこがみ)を奉じている何処かだろうけども…、それこそ複数あるからね。もしも荒神が率いているとしたら、それこそ分からない」

「なるほど…。神様達も、結構複雑な事情があるんですねぇ」

 スミカの言葉にうんうんと頷くヤエ。しかしスミカは、笑みを苦笑に変え、半眼のおまけ付きで見据えていた。

「お前さん、これ、アマテル様の言霊師養成講座で習う、基本的な知識のはずじゃが…」

「へ? あー、はい。そうですね、えへへ……」

 どうにも不安を掻き立てる笑いを浮かべるヤエ。

「近々、試験があるはずじゃが……。大丈夫か? 特訓でもするか?」

 その態度に、スミカはそう言いながら、曰く形容しがたい空気を纏った表情を浮かべて見せた。

「ひぃっ!? ふ、普通に! 普通にお願いします!」

「……まったく、仕方ないのぅ。きちんと勉強するように。分かったね?」

「はぁい……」

 これから一仕事あると言う状況にも関わらず、そのようなのんびりとした会話を交わしながら、二人は北部霊祭に対する準備を行う予定場所へと、ゆっくり降下していくのだった。


 着地した二人は、早速、準備に取り掛かる。


 祭と言うのは、どの様なものであれ、事前に下準備をする。

 神輿、太鼓、踊りの用意などなど。各々の祭で必要なものこそ違うが、この北部霊祭においても、事前の準備に例外はなかった。

「…とは言え、準備するのは悪神側に与する眷属の侵入を抑止する防護式と、捕縛する式の敷設、なんじゃが」

 スミカは、準備予定地点にある小ぢんまりとした神社で、言霊の力を用いて、灯篭に次々と火を灯していた。

「姐さーん! この式を刻んだ石、ここで良いんですかー?」

 ヤエもまた、スミカの指示を受けるまでもなく儀式発動の準備を手伝っていた。

 彼女は、何やら淡く輝く文字が浮かび上がった石を抱えており、それを一つずつ、スミカの指示に従って、台座に配置していた。

「ああ、それで最後だよ。さて、これで良し、と」

 ヤエが、石を指示通りに配置したことを確認したスミカは、言霊を用いて最後の灯篭に火を入れ、他の灯篭や、石が配置された台座、その全てが交わる中心点に移動した。

 すると、全ての灯篭と台座から複数の光の文字が放たれ始め、細かな粒へと変換されながら、スミカの立つ中心点へと吸い込まれていく。それと同時に、彼女も霊気を体内に練り、錫杖へと籠め始めた。


 その全てが治まり、一瞬辺りが静まった直後のこと。


 山吹色の光が彼女の体から溢れ出すと、錫杖に込められた霊気が呼応して、同じ輝きを放ち始める。

「“高天原に神留座かむづまります。神魯伎神魯美かむろぎかむろみみこと以て”…」

 そして、ある程度の霊気が周囲に満ちたことを気配で確認すると、スミカは、言霊技術の中でも上級技術の一つ、神格言霊「奏上・禊ぎの大祓」の詠唱へと移った。

 祭とは、本来は神事であり、神聖なものとされる。それに臨む者もまた、神に正面から臨む覚悟と共に、自身の穢れを祓う必要があるとされる。

 この神格言霊の詠唱は、それら全ての支度が完了している事を周囲に知らせ、祭を開始する準備が最終段階に入った事を、悪神側に報せる意味を持っていた。

「“天津神 国津神。八百万の神たち共に 聞し召せと 恐み畏み申す”…」

 さらに詠唱が進み、文字と共に吸い込まれた力が風となって、スミカの衣服や髪を舞わせていく。

 ヤエは少し離れた位置からそれを見守り、目を輝かせながら、何やら全身で歓喜を表現していた。

「“禊ぎ、祓へ給ひし時に成り座せる 祓え戸の大神たち”…」

 風がスミカの体を包み込んで衣服などを激しくはためかせ、取り去らんばかりに荒れ狂い始めた。

「“諸々の禍事 罪 穢れ有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと申す事を”…」

 しかし、風はすぐに止み、代わって、まるで天上の女神が纏う衣のような、半透明の、光で出来た衣が彼女の体を包み込んだ。

 すると、まるで神の降臨を言祝ぎ、仰いで頭を垂れるが如く、周囲の音、風の全てが一斉に沈黙した。

 そして。

「“聞し召せと 恐み畏みも 申す”」

 その最後の一節を詠唱した瞬間。スミカの体の内側から溢れ出していた光が、再び彼女の体へと凝集。彼女に吸い込まれた言霊の文字群も、それぞれ元の位置へと還り、一つの図形を、その経路上に浮かび上がらせた。

「ふぅ…」

 その完成を見届けたスミカが息を吐く。ここに儀式は完了した。


「お疲れ様っす! スミカ姐さん! いやー、凄いですねっ。あれが星霊代行にしか詠唱を許されないと噂の大技、神授言霊ですか!?」

 儀式を終え、一つ大きく深呼吸をするスミカに、すぐさまヤエが駆け寄ってきた。随分と興奮した様子で、鼻息荒くも、きらきらと目を輝かせて問いかけた。

「何の噂かは知らんが、まあそうだねぇ。ただ星霊代行以外禁制と言うわけでもないぞ。お前さんも位が上がれば、教えて頂けるはずじゃ」

「ほ、本当ですか!? 私なんかが、あんな凄い言霊を、扱えるように?」

 スミカの言葉に、さらに目を輝かせるヤエ。

「まあ、手っ取り早くいくなら、星霊代行の誓約を結ぶのが、早いんだけども」

「あ、でも……」

「うん?」

「儀式に必要とは言え、一瞬、裸になるのはちょっと恥ずかしいかも知れない」

 そう言って頬を赤らめたヤエに、スミカは大きくため息を吐いた。

「ヤエ、お前さん。禊は衣服も含めて行うのだから、一糸纏わぬ姿になるのも仕方なかろうよ」

「ほら私ってば、スミカ姐さんみたいに色気ある下着とか持ち合わせてませんしスタイルもそんなに自慢できませんし、それに……」

 ヤエは、恥ずかしがりながらも、矢継ぎ早に言葉を連ねていく。

「ヤエ」

 スミカが呼びかける。

「でもでも、強力な言霊師になる以上は避けては通れない道なんだし私も…」

 その言葉も聞こえないのか、彼女の口からは、どんどんと言葉が飛び出してくる。

「ヤエ?」

「ハッ!? え? ああ」

 何度目かの呼びかけで、ようやくヤエは言葉を止めた。しかし。

「あっ! でも姐さんの下着、似合ってましたよ! 艶めかしくて! 思わずドキドキしました!」

「……」

 この言葉で、せっかく苦笑を解いたスミカの表情が、一気に暗い笑顔に塗り変わった。

「あれ? 姐さん?」

「この、たわけっ!」

「あたっ」

 そして、実に正確に、スミカからデコピンを叩き込まれたのだった。

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人×神すれば 言霊さわぎ ラウンド @round889

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