第4話 北部霊祭(1)


 何かを守ると言う概念がある。

 敢えてヒトに限って言うならば、個人が個人を、個人が集団を、個人が天下国家を守る。或いは個人を集団に置き換え、国家に置き換え、宗教思想に置き換えても成立するだろう。

 何を守り、何を為し、何を残すのか。

 それは正しい事なのか、どうか。

 単純な話のように聞こえるが、それこそが、困難の待つ茨の道をも歩む力を、それらを護ろうとする者に与えてくれるのだ。


(皮肉なのは、それの是非を審議するのは、他で生きる者達の役目じゃから。私らジンノの一族も、この時間の流れで為したあれこれで、その全てを判断されることだろう。面倒な事だ)

 頭の中で、そのような事を考えていたスミカは、今、アマテル直々の命令によって、来る悪神達の祭に対する対抗策を講じるために、東ノ京防衛の最前線である、八王ヶ辻の神社に出張していた。

 防衛とか、最前線とかと表現すると、言葉の規模が少々大仰に感じてしまうが、身も蓋も無い言い方をするなら、催し物の時に臨時に着任する警備員の様な、多少気軽なものと考えて良いだろう。

 国家規模と言う絶対的な尺度の違いこそあれ、意味合い的には、そう大差はなかった。

 羽目を外し過ぎている者が居れば注意をし、程度によっては放逐する。ただ一つ、その手段と目的が通常と異なっているだけ。


「さて。探題方の予想だと、そろそろ悪神側の浸透が起こる頃かね」

 スミカは立ち上がり、指で空間を斬るように撫でると、その場所に穴が開き、中から、彼女の愛用している金色の錫杖が召喚され始める。

「“我が手を、近う寄らせ給え”」

 合わせて言霊も編んでいく。言葉の流れに応じて、足元から光る文字が浮かび上がり、徐々に石突部分が見え、柄が現れる。そして、錫杖全体が姿を現すと、石突が地面に接触。シャンと言う音を立てた。

「ふむ。神器仕様の錫杖を召喚するまで、五秒ちょいか。もう少し早う仕上げねば……」

 自身の霊気放出技術を自己採点し、頭を掻いた後。もう一度錫杖をシャンと鳴らした。

「“我が背に翼を与え、空へ”」

 辺りに音が溶けたあと、言霊の力を借り、光る文字で組み上がった翼と共に空へと舞い上がった。


(合衆国(ステイツ)と違って高層建築が無いから、飛ぶのも楽でいいのう。ただまあ……。向こうからすれば寂しい光景なのかも知れんが)

 スミカは、眼下に見える最新の技術を巡らせた古式ゆかしき街並みを見渡す。

 車が走り、電車が走り、人も動物も神様も走っている。そのような広くて狭い世界を見下ろし、スミカは深呼吸した。

 風に髪がなびき、服の裾がはためく。

「…くしっ!」

 くしゃみ一つ。

「うあー…寒っ。堪らんっ!」

 覇気の籠った、しかし同時に、言葉の端から覇気が抜けていくような不思議な声を上げながら、錫杖を持たない方の手で軽く鼻を擦った。


 すると鞄の側面にある袋から、唐突に琴を基調とした音楽が耳に届く。

「…何ともまあ、良いタイミングで来たものだの」

 スミカはそう呟き、鞄横の巾着袋から携帯端末を取り出して確認する。着信はメールで、内容は、探題方からの状況報告と、今後の展開についての予報だった。


 誤解されやすいのだが、悪神側も、何も無秩序に襲ってくるわけではない。

 北部霊祭に限らず、このように悪神側が能動的に襲撃を掛ける際には、長と呼ぶべき格を持つ者が、下位の者をある程度誘導し、余計な被害が広がらないよう配慮するのが通例となっている。

 そのお陰で、相互ともに自分達の本分を慎むことなく祭に加わることが出来、大手を振って暴れることが可能になったと言うわけだ。

 ちなみに、霊祭が起こる前に出されるものに「霊威予報」と言うものがあるが、これは、天気予報宜しく、探題方の解析担当班が、次に悪神側に襲撃される場所は何処なのかを予測した結果のことである。その予測精度は高く、世界規模で見ても信頼に足るとの評価を得ている。


 ただ、これらの予測情報は、天気予報などと並行して国営放送局から伝えられるが、先の厄霊によるバス襲撃事件のように、少しの予測ズレ等によって予報が外れることもあるので、高い精度を誇るとも、担当局員は一切気が抜けない。


(…とは言え、こちらに不備なくとも、向こうの何かが不十分だと今回の様に急な北部霊祭の開催を執り行わなければならなくなるわけか。向こうの代行者も大変だの)

 そのような事を考えながら、スミカは錫杖に宿らせた力を体の周囲に循環させていく。これが彼女なりの戦闘準備態勢である。

 すると、東部の山向こう側から、渡り鳥の群れの様な黒い一群が姿を見せ始める。

「おお、おお…。見えてきた、見えてきた。今回は少なめだの」

 現れ来た黒い一群を見据え、スミカは苦笑気味に笑って見せる。

 そして、体周囲に循環させる霊気と翼を象っていた霊気とを統合し、黒い一群へと向けて飛び出すように、さながら流星の如き様子で突撃していくのだった。

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