第2話 少女スミカの休日(2)
この世界には、神様がいる。
そう聞くと、何やら宗教染みたあれやこれやを想像してしまうものだが、この世界に在っては、そういう帰結にはなり難い。
何故ならば、その世界には本当に神と言う“種族”が存在しているからだ。犬猫等と同じように、目と鼻の先に神族が存在している。目に視えるかどうかは様々ではあるが、確かに存在しているのだ。
そして、神にも種別と言うべきものが存在する。
それは単純に善か悪か中間か、と言うような種別の他にも、豊穣神、破壊神と言った、役割に応じた神種が定義されており、それぞれが、それぞれの個性のままに、信仰を主要な栄養源として、この世界に存在を許されている。
さて、神様と言うものは強大な力、それ程でなくとも、動植物と比較して超常的な力を揮う事が出来、善神と悪神は、その信条や思惑の上で覇を競い合うと言うのが、大体における相場だ。
無論、この世界における神族も、御多分に洩れず強力な力を有しており、善神と悪神の勢力は相争っていた。
そういう事になると、一つの問題が浮上してくる。
つまり、世界の滅亡とか、全生命の淘汰と言った、神話伝承級の災害が起こるのではないかと言う懸念が。
しかし、この世界においてはそう言う記録は殆ど存在しない。
それは何故か。
答えは簡単で、信仰を主要の栄養源としている以上は、その信仰を明確な形で捧げてくれる存在の絶対数を減らしてしまうと、相対的に自分達が得られる信仰が目減りしてしまうからだ。
それ故に、大々的に動くことは自らの首を絞める、単純にして高度な自殺行為になってしまう。
だが一方で、悪神に類する存在やその影響下に属する存在は、悪行を成す事が本能であると同時に、それによる畏怖をもたらさなければ、効率よく信仰を集められない為に止めることが出来ない。
そして善神は、信仰を確保するためには、信仰を捧げてくれる者達やその他大勢に善行をもたらし、感謝されなければならない。
はてと困り果てた神々は、ここである一つの案を思いつく。
それは。
「それで考え出されたのが、スミカ姫みたいな、善神から力を与えられた星霊代行者ってわけ?」
グラスを磨きながら、カウンター越しにスミカの話を聞いていた飲食店店主代理の少女、マユカは、半分感心半分呆れた様子で、そう口にする。
店内に置かれているテレビからは、先程スミカが防いだ厄霊騒ぎについての速報が流れていた。
「悪神達が悪行を働いても、それを止めてくれる存在が居れば、そう酷い事にはならん」
スミカは、カップに注がれた緑茶を見下ろし、ふんと息を吐く。
「善神達にしても、力を与えた存在が民衆を守れば、それなりに人々から感謝され、信仰も集められて好都合と言うわけさ」
「なるほどねぇ。でも、何でだろうね。普通ならマッチポンプで酷いってなるとこだと思うんだけど、全然そんな感じがしないのは」
「私も最初はそう思ったものだが、仕方あるまいよ。人も腹が減れば飯を食べる。喉が渇けば水を飲む。それと同じことだからの。私らが難儀しておるのと同じように、あっちも難儀しておると言う事さ」
そう言って、スミカはカップに注がれた緑茶を啜る。
テレビに目をやると、先程、彼女が鎮めた厄霊騒ぎに関するニュースが速報で流れており、ちょうどスミカが厄霊を払う最中の様子が収められた動画が放映されていた。
速報を伝えるアナウンサーとコメンテーターが、スミカの手際についてや、バスの乗客について、或いは動画撮影者の行動の是非について、あれやこれやとコメントし、拾い上げている。
「お、姫が映ってるよ。誰かが撮ってたんだねぇ」
「あの野次馬達の中に、動画を撮影していた不届き者が居たと言う事だの。悪神側のネタも尽きんと言う事さ」
「あはは、辛辣ぅ。でもやっぱり、スミカ姫ってテレビ映えするよねぇ。コメンテーターも言ってるけどさ」
「そうかの?まあ、行動の是非は別として、綺麗に撮ってもらえるのは、悪い気はせんな。ところで」
テレビで流れる放送を聞き流しながら、スミカは空になったカップをカウンターテーブルに置いた。
「その姫と言う愛称、そろそろ止めにせぬか?」
「ええ、何で? スミカ姫は姫って感じだし、可愛いし、違和感ないと思うんだけど」
「いやうむ。可愛らしい愛称だとは私も思う。だが違和感とかそう言うものではなくてな? こう、気恥ずかしい…。今更かも知れぬが」
「うーん、でももう、私も呼び方変えられない気がするんだよねぇ。友人間だけでの呼び名だし、大目に見て?」
「うむぅ…」
お茶目に笑って見せるマユカに対し、スミカは、どうにも悩ましいと言う風情の表情で腕を組み、考え込むように目を閉じた。
「まあ、そうだの。放置していた私の責任でもあるし、致し方ないか」
「もう、姫ってば真面目だなぁ。気楽に考えようよ」
「真面目なのが取り柄だからな。さぁて、私はそろそろ行くかね」
「どうしたの?何か用事?」
「いや。テレビであれが報道されたと言う事は、次に来るのは言霊師管理局からの確認の電話と、出頭の要請だろうからな」
そう言って、スミカは財布から代金を支払い、席を立つ。
マユカは、お金を手早く数えて、伝票に支払い済みのサインを書き込み、苦笑を浮かべながらカウンター越しにレシートを手渡した。
「公務員言霊師の仕事も面倒だねぇ。そこら辺は、どこも一緒かぁ」
「おまけに私は、まだ言霊師養成学校在籍中で、星霊代行の言霊師と言う事もあるから、余計にの。今度はどんな小言を頂戴するのやら」
「そう考えると、滅茶苦茶に特殊だもんねぇ。うちらのクラスでも、スミカ姫は凄いって持ち切りになってたし」
「有名になる事は悪い気はせんが、ね。では、ご馳走様。また来るよ」
「毎度ありー。また学校でねー」
それだけの会話を交わした後、スミカは急いで店を後にした。カランカランとドア備え付けのベルが音を響かせ、その背を見送った。
そして、そのまま人通りの少ない路地から、相変わらず人の多い歩道へと移動。そこから手近なバス停の時刻表を見に向かう。
着信を知らせる断続的な振動を起こし始めた、自分の携帯電話に苦笑しながら。
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