人×神すれば 言霊さわぎ

ラウンド

第1話 少女スミカの休日(1)


 ある日の昼下がり。

 頭の上に燦々と太陽の光が降り注ぎ、実に気持ち良く、絶好の散歩日和だった。

 鞄片手にルンルンとスキップ。はてさて今日は何処に行こうかしら。

 吹き抜けてゆく風もまた頬を撫で、後押しするように気持ちの種を運んでくる。


「でもこれは、どうしたものかの?」


 そのようなポカポカ陽気の昼下がり、のんびりとした気分で街に出ていた普通の和装少女のスミカは、そう呟いて、いつも利用するバス停前で困ったように腕を組んで、目を閉じていた。


 財布を忘れたのか、答えは否。

 家の戸締りを忘れたのかと言うと、それも違う。

 バスの待ち時間を間違えたのか、これも違う。彼女の友人や、大の大人でも呆れるほどに感心する完璧な五分前到着は、彼女の密かなブームゆえに。

 では、何に困っているのか。


「よりによって、何故こう、休みを取った日に限ってこういう事が起こるのかね」


 そう言いながら、スミカは軽やかな、しかし雰囲気的には、軽やかとはお世辞にも言えない足取りで車道へと飛び出した。


「君! 今、車道に出ると危ないぞ!」


 停留所で、同じくバスを待っていたサラリーマンと思しき男性が、スミカを制止しようとする。

 彼女は、その声に一瞬足を止めて振り返る。そして肩を竦めながら、苦笑と共に再び車道へと突き進んでいく。その視線の先には、車道の中央で不自然に停車した一台のバスがあった。

 窓からは、身じろぎ一つしない多数の乗客の姿が見える。


「…と言っても。これを如何にかせんことには、周りも危ないからの」


 停車しているバスを見据えながら、スミカは大きく溜め息を吐く。

 その、次の瞬間だった。


 バスの底部から、一瞬で青黒い炎が噴出。まるで壁でも築くかのように、車体全体を包み込んでしまった。加えて、炎の広がりと共に轟く何者かの叫び声。

 人の物ではない。かと言って獣の物でもない声。

 周囲では、歩道で成り行きを見守っていた、と言うよりも、興味本位で見ていた野次馬達の騒めきも、同様に響いている。


「お主ら、面白半分に見ている暇があったら、警察局と救急局に連絡せんか!あとそこら辺をウロチョロされると邪魔じゃ! 散れっ! 散れっ!」


 スミカは、周囲で騒ぎ続ける野次馬達に、苛立ちを隠しもせずに叫ぶ。

 そして気が付くと、彼女は道路のアスファルトを蹴って、燃え盛るバスの天井部分に、ふわりと降り立っていた。

 その手に、金色の燐光を放つ錫杖を握った状態で。


(これはまた、あちらもトンだ厄霊を送り込んだものじゃの。この見逃しは高くつくぞ、探題方)


 スミカは胸中で独り言ちつつ、手に持った錫杖を高く掲げる。


「いと高き星霊よ。我が名スミカの言霊を受け、この不浄を祓え給え…清め給え…!」


 そして、力一杯に石突をバスの天井部に突き立てた。

 すると、錫杖のシャンと言う、高らかで清らかな音と共に起こった金色の炎が彼女を包み込み、次いでの一突きで、今度はバス全体に起こった金色の炎を伝わらせ、青黒い炎を喰らわせ始めた。

 最初に上がっていた叫びが、いっそう強くなる。


「鎮まれよ。汝に罪は無い。なれど、この地に穢れを持ち込むことは許されぬ。疾く鎮まれ…」


 スミカは、錫杖から発せられ、今もなお金色の炎に抗おうとしている青黒い炎を見詰めながら、静かに呟く。

 何度も、何度も、同じ言葉を紡ぎ、それは青黒い炎が金色に染まるまで続けられた。


 全てが終わり、通報によって駆け付けた警察局と救急局の職員に現場の引継ぎを頼んだ後、スミカは握っていた錫杖をそのままに車道を戻り、何食わぬ顔でバス停の列へと並び直した。

 その様子に、列を作っていた人々は目を丸くしている。


「君は…。星霊代行の言霊師だったのか」


 つい十数分前に、スミカを制止しようとしたサラリーマンの男性が、あの炎の中での一仕事を終えてなお、涼しげな表情で列に並び直した彼女を見て、驚いたように声を掛けた。


「見ての通りと言うところだの。まあ今日は、代行業は休みだったのだが…。こういう事もあろうよ」


 その何処か間の抜けた風情の言葉を受けて答え、スミカは短く息を吐き、外套のポケットに入れていた携帯電話を取り出して、画面を眺めた。

 そして一言。


「やれやれ、困った。これでは予約していた飲食店に迷惑がかかるではないか」


 そう呟いて、携帯電話の通話機能を立ち上げたのだった。

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