23

 ゴブリンを討伐したことを祝って、盛大に宴が行われた。歌い踊り酒を飲み勝利の余韻に浸る。

 宴の主役夜太郎は、賞賛と酒の波にもまれていた。


「いや~俺は分かってたよ。あの演説の時、こいつは出来る男だってな」

「そうだそうだ、出来る男だ。ほら、もっと飲め飲め」


 夜太郎の空いたコップに追加の酒が注ぎ込まれる。五杯目であった。


「……もう飲めない」

「何言ってんだ。出来る男だろ。まだまだいけるって」


 そろそろ限界であったが、男は降りることを許さなかった。

 仕方がないので、溢れんばかりに注がれた酒を一気に飲み干す。


「お、男だね~」


 顔を真っ赤に染めながら男は褒めた。


「さあ、次だ。次いくぞ」

「いや、その前に小便に行ってくる」


 終わらない追加の流れを強引に断ち切る。

 酔いを覚ますために、宴から離れた場所に移動した。

 畑の前で、腰を下ろす。火照った身体を夜風が冷ましていく。


「ヤタロウ、ここにいたんだ」


 声を掛けてきたのはイリスであった。


「イリスか! 怪我は大丈夫なのか?」


 勢いよく立ち上がり、イリスの身体に触れる。

 巨大ゴブリンとの戦闘時に気絶したイリスは、夜の今まで眠っていたのだ。

 目を覚ましてからは、夜太郎を見つけるために村を散策したり聞き込みをしていた。


「うん、ちょっと足が腫れてるだけだし」

「痛くないか? 歩くのが大変なら、おぶるぞ」

「大げさすぎるよ。本当に少し腫れてるだけだから。それに、夜太郎の方が重傷でしょ」


 戦闘で折れた右腕を布で肩から吊している状態であった。


「こんなの大したことない。唾でもつけておけば治る」

「唾って……擦り傷じゃないんだから」


 無茶苦茶な発言に呆れた。


「それにしても、今日の活躍はすごかったね。みんなも褒めてたよ、ヤタロウは英雄だって」


 夜風がイリスの肌を撫でる。


「冷えるね」

「先に戻るか? 眠ってたとはいえまだ疲れているだろ」

「そうしようかな」


 夜太郎の提案に納得して、イリスは家へと戻ることにした。


「あんまり飲み過ぎないようにね」

「それはおっさんどもに言ってくれ」


 そうだね、と微笑みながら夜太郎のそばを離れていった。

 月光に照らされた畑を一人見つめる。


「英雄か。……似合わないな」


 自分という存在に「英雄」という立派な称号を与えられたことを苦笑する。自分は英雄とは真逆の存在だと思っているからだ。


「……いや、英雄だと。憧れと尊敬を一身に集める存在」


 頭の中で、この場に全く関係がない単語と英雄が線で繋がろうとしていた。

 詩や書物で逸話を語り継がれる存在。いつの時代どこの国関係なく武勇で人を魅了する。

 英雄の格は、どれだけの人を魅了したかで決まると言ってもいいだろう。

 それなら、神も同じではないだろうか?

 時には救いの奇跡を、時には大洪水のような絶望を人に与え、尊敬と絶望を一身に受ける存在。

 神の格は、どれだけの人が信仰しているかで決まると言ってもいいだろう。

 英雄と神、この二つが頭の中で繋がった。まさに閃き。

 そして、この閃きは重大な事実へ。まるで積み木を組み立てていくかのように推理が進む。


「神にとっての力。もしかして、それは――」

「信仰ではないのか、が続くのですよね」


 クロロが推理の結末を代わりに述べた。


「……前回もそうだが、絶妙なタイミングで現れるな」

「フフ、だって神ですもの」


 答えにしては曖昧な返答であった。


「それで正解だったのか? 信仰がお前にとっての力になるってのは」

「う~ん、そうね~」


 採点を焦らすかのように引き延ばす。


「五十点、といったところかしら」


 結果は減点ありの正解であった。

 その結果に夜太郎はガッカリしていない。


「減点理由は?」

「範囲のミスが二つ。一つ目、必要なのは信仰だけではないこと。信仰ってどちらかというと善の部類の感情よね」

「まあ、そうだな。呪いながら信仰なんてしないし」

「でもそれだけじゃないの。善の感情である必要はない。好意も尊敬も嫌悪も憎悪もわたくしの力になる。わたくしへ向けられる感情――関心は全て力になる。意味がないのは無関心ただ一つ」


 大事なのは感情を向けられること。それが善意であるか悪意であるかは関係ない。感情さえ、関心さえあればそれでいい。


「そして二つ目、対象がわたくしである必要はないこと。眷属であるあなたでもいいのよ」

「俺が眷属だと?」


 知らぬ間にクロロの眷属にされていたことに驚く。


「ええ、世界はあなたをわたくしの眷属として認識しているの」

「どうしてだ?」

「あの世界でわたくしと取引を結んだことが主な原因ね。詳細は説明しないわ。あなたには理解できない内容だからね」


 眷属についての説明を省略して話を進める。


「わたくしだけではなくあなたでもいいの。あなたに感情が向けられるだけで十分」

「つまり、俺へと向けられた感情が、俺を中継点にして親分へと送られるということか」

「そういうことね」

「まるで上納金だな」


 皮肉を言うと、突然激しい頭痛がした。

 クロロがムスッとした表情で夜太郎を見ている。


「表現が悪いから天罰」

「ッツ、何しやがった?」

「大量の知識を送り込んで脳に負担をかけたのよ」

「……それ脳の血管が切れたりなんかしないよな?」


 クロロは口を開かない。


「……おい」

「授けたのはケーキに関する知識よ。これで異世界パティシエ無双ができるわね」


 一切ありがたくない知識であった。


「話を戻すわ。つまり、あなたにさえ感情が向けられればそれでいいということよ。善意であれ……悪意であれね」


 クロロが話したことを要約すると。

 一つ、感情さえ向けられればいいこと。善意か悪意かであるかは関係ない。

 二つ、対象に夜太郎も含まれること。夜太郎に感情が向けられてもクロロの力になる。


「それは、代わりに俺が目立って関心を集めろってことか?」

「さあ。そうしてもいいし、熱心な信者のように布教して回ってもいいわ。選ぶのはあなた自身」


 過程は自由。クロロに力を集めるという結果に辿り着けさえすればいい。方法は問わない。

 しかし、クロロを神として担ぐより自分を目立たせた方が効率がいいのではないか。夜太郎はそう考えた。


「話しておきたいことはそれだけか?」

「いいえ、実はもう一つあるわ」


 夜太郎の折れた右腕を撫でる。


「……幻影武装について」

「ッ!」


 その言葉に夜太郎が反応した。


「あれは一体何だ? 名刀をも凌駕する切れ味、手の一部かのような持ちやすさ。普通の刀ではなかった」

「幻影武装。己の心象を具現化した武装」

「心象を具現化? つまりあの刀も鎖も俺の心を形にした物ってことか」


 心を具現化、夜太郎が生きた世界の常識ではありえないこと。

 しかし、夜太郎は詰まることなく納得していた。異世界に飛ばされた時点で、常識など当てにはならないと実感したからである。


「魔法のようなものと思えばいいのか?」

「ええ、それで間違っていないわ」

「だが、俺は魔法使いではないぞ。知識だけで魔法って行使できるものなのか?」

「あなたは車が動く仕組みについてどれぐらい知ってる?」


 クロロは唐突に質問した。

 質問を質問で返されたことを気にすることなく夜太郎は答える。


「ガソリンをエネルギーに変換して動いてるんだろ。まあ、最近は電気やバイオなど色々あるが」

「そうね。じゃあ、それらの燃料を消費したらどうしてエネルギーに変換されるのかは知ってる?」

「いや、理数系には詳しくない。大学は文系だったんだ」


 知らないと、恥じることなくきっぱり答えた。


「でもあなたは車を運転することが出来る。動作の仕組みを知らない無知なあなたでも車は動かせる。効果を発揮させられるわ。……いいたいこと、分かるかしら?」


 回りくどい説明の仕方。仕組みを理解してなくても扱い方さえ知っていればいい、という一文で終わる説明をここまで引き伸ばしたのだ。


「恩恵を得るのに、科学者である必要はないということか」

「そういうこと。物を生み出し発展させるのは科学者の務め。恩恵を授かり享受するのは一般大衆の特権」

「そういうものか。……これで説明しておきたいことは全て話したのか?」


 問いかけに、ええ、とニッコリしながら頷く。


「それにしてもわざわざ親切に説明しに来るとはな。そんなに力が欲しいのか?」

「確かに力は欲しいわね。お金と一緒でいくらあっても困る物ではないもの」


 まるで力を得るのはついでで、他に大事な目的があるかのような口ぶり。


「物語が好きなの、わたくし。特に運命や宿命に抗う主人公のが」

「物語? それが俺と何の関係がある?」


 クロロが夜太郎の瞳を見つめる。まるで宝石を眺めるかのように。


「あなたには主人公の素質があるわ。瞳の奥に潜んでいる漆黒の炎。それはまるでダイヤモンドの原石」


 クロロには夜太郎の激情がダイヤモンドのように輝いて見えていた。


「物語の主人公か。……期待には応えられそうにないな」

「どうしてかしら?」


 期待を本人から直接否定されたにも関わらず、クロロは微塵も落ち込んでいなかった。余裕の表情、確信があるかのような様子。


「要は英雄譚のような波瀾万丈な生き様を観たいってことだろ。今回はゴブリン襲撃があったが、こんな生死に関わるようなことは一生に一度あるかどうかだ。二度目なんてそうそうない。三度四度となると尚更。だから英雄伝はこれで幕引きだ」


 一章は偶然であって、二章へは続かない。人生は物語ではないのだから。


「ふふふ」


 クロロは失笑した。


「何かおかしなことを言ったか?」

「いえ、あなたのそれは正しいわ。一幕だけで終幕なのが普通の人生。……普通の人生ならね」


 引っかかる物言いだ。


「物語は偶然の連続で創られるわけではない。主人公の存在が創るのよ。普通の人生を送るのは普通の人。物語を創るのは狂人」

「俺が狂人だと言いたいのか?」

「ええ、あなたは狂人。普通を逸脱した存在。だから、世界を魅了し観客の心を躍らせる」


 クロロは夜太郎に微笑みかける。


「だからわたくしはあなたに力を授ける。もっと楽しむために、ワルツを踊り続けるためにね」

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