18
殺した。感情の赴くままに何匹も何匹も。
夜太郎が歩む道、その軌道には数多の死体が無残に散らばっていた。
殺し方に慈悲などという甘い形跡はなかった。ある者は腕だけを切り離され切断面からの大量出血、ある者は靴裏にへばり付いた糞のように頭部がぐちゃぐちゃ。
わざと無残な殺し方を実行しているのではない。ただ、夜太郎は『殺す』ということをしているだけ。その結果が偶然に無残な死体を築くのである。死体の死に方に深い意味などない。意味は『殺された』ただ一つのみ。
新たなゴブリンが夜太郎に襲いかかる。
飛びかかってきたゴブリンの首を切断して殺した。
夜太郎の殺しの軌道は止まらない。人の欲のように続いていく。
夜太郎の感情が治まるか、ゴブリンが全滅するか、あるいは夜太郎が死ぬか、それまで終点を迎えることはない。三つのどれかが起こったときが、この場での軌道の終わり……いや、三つではない二つだ。ゴブリンが全滅でもしない限り夜太郎の感情が治まるはずがないのだから。
「ギュルルギュル……」
数匹のゴブリンの様子が変化する。今までは、世紀末の無法者のように血気盛んに村を襲っていたのに、それがどこか怯えた様子となった。
原因は、夜太郎による立場の変動。蹂躙者であった自分達が一人の男に蹂躙される立場へと移り変わってしまったから。本能剥き出しの存在ゴブリン、当然状況の変化には敏感である。
数匹の変化はすぐに村中の仲間へ伝染した。それが広まり切ると、ゴブリン達は村から逃走し始める。
これが人間なら即座に撤退を判断することなどありえないだろう。歴史に名を刻む名軍師ならともかく、一般の者となるとプライドや苦労が枷となって無駄に足掻いてしまう。中途半端な知性は、身を滅ぼす矛となる。
その点、ゴブリンは違う。ゴブリンは死と隣合わせの環境で、本能のままに生きている。そこに枷となる半端な知性はない。本能が状況の悪化を感じたのなら死の予感がしたのなら、本能に従って逃げるだけ。生き恥などという概念は存在しない。
「どこだ、まだいるだろ。どこにいる」
周辺にいたゴブリンを殺し終わった。新たなゴブリンを探すが、なかなか見つからない。
「どこだ、どこに……そこか」
夜太郎の目が一匹のゴブリンを捕捉した。そのゴブリンは村から脱出する途中であった。
「逃がすか!」
血に染まった剣を、ゴブリン目掛けて投げ飛ばした。
刃に纏った血を散らしながら剣は、逃げるゴブリンの脳天を貫いた。ゴブリンは頭部に剣が刺さった状態で倒れる。
夜太郎の目にはもう死んだゴブリンの姿など映っていなかった。映っているのは、村から逃げていく残りのゴブリン達である。
「逃がすかよ。呑気に生きられるはずがあるか。貴様らは牙を剥いたんだ。皆殺しに決まっているだろ」
死体から剣を抜き取り、ゴブリン達を追いかけようとする。
残りのゴブリン達の大部分は既に村から抜け出していた。しかし、それでも夜太郎は追いかけるつもりだ。最後の一匹を殺すまで。
「だめ! いっちゃだめ!」
追いかけようとする夜太郎を、背中からイリスが抱きしめる。夜太郎が浴びた返り血でイリスの服が汚れた。
「イリス、離せ。俺は奴らを殺しきらないといけない」
激情を治めるために、夜太郎は止まるつもりはない。
「だめ! 絶対に離さない!」
イリスの締め付けは強い。家でのときより力が増している。
「お願いだから行かないで。ずっとそばにいて……私を一人にしないで。一人は……一人だけはもう……耐えられない」
殻のない剥き出しの感情を吐き出す。取り繕う余裕など今のイリスにはない。
震えていた。イリスの手は体は震えていた。夜太郎はそれを直に感じ取る。
漆黒の炎が徐々に冷めていく。
「分かった、分かったから泣かないでくれ。女の涙は苦手だ」
力強く握っていた剣を手放す。
「本当にもう行かない? そばにいてくれる?」
「ああ、もう行かない。だからここにいるだろ」
夜太郎は振り返りイリスを抱きしめた。
胸に抱かれたイリスの耳に。夜太郎の心臓の鼓動が聞こえてくる。
「赤くなった目、溢れた涙。俺のせいなんだよな」
夜太郎は血で汚れた手を服で拭き、イリスの涙を指で拭った。イリスの顔を血でも涙でも汚したくなかったから。
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