16

 獣のような唸り、悲痛の叫び、雄叫び、肉を切り骨を砕く音、それらが村に溢れかえっている。

 村では殺し合いが起きていた。侵略者ゴブリンと村人による。

 戦況は村人側が劣勢である。原因は二つ、数の差と準備不足。

 ゴブリン勢は約八十に対し、村側は約四十。小さな村の子供年寄りを抜いた男性となるとこれぐらいしかいないのである。

 そして、いきなりの襲撃であるから戦の準備などしていなかったこと。そのため、ろくな統率なしに迎撃をしなければならない。

 結果、迎撃は上手くいっていなかった。


「一体どうなっているんだ? これは」


 夜太郎は呟く。現状が掴めないことに。

 家の外に出ると、そこは村人と見知らぬ魔物が戦をしていたのである。夜太郎がその光景から理解したのは、村が魔物に襲撃されているということだけ。


「おう、ヤタロウか」


 ピッチフォークを持ったオットーが夜太郎の存在に気づいた。ピッチフォークの刃は細かな肉と血で汚れている。


「何故村が魔物なんかに襲われているんだ?」

「分かんねえ。俺は村の危機だから戦っているだけだ」


 そう言いながら、オットーは夜太郎の手を引いて何処かに向かおうとする。


「何処に行くつもりだ?」

「倉庫だ。手ぶらで戦場にいても意味ないだろ」


 オットーは夜太郎に武器を持たせようとしていたのである。

 二人が倉庫に向けて走っていると、近くから断末魔が聞こえてきた。

 その声を発したのは駐屯兵の一人であり肥満体型のモコロコであった。モコロコは、首の肉を噛み千切られたのである。首から多量の血を流しながら地面に倒れた。


「クソッ」


 走るのを止めたオットーはその惨状に対して怒りを吐き捨てた。

 死体の隣にいるゴブリンは二人の方を見ている。


「逃してはくれないみたいだな。……ヤタロウはここで待っててくれ。ちょっくら片付けてくる」


 ピッチフォークを握る手に力が込もる。


「手伝うぞ」

「馬鹿なこと言うな、手ぶらで何が出来るんだよ。これぐらいのことは俺に任せろ」


 オットーは片手でピッチフォークを持ちながら、ゴブリンへと駆けていく。

 両者の距離がピッチフォークの射程範囲に入る寸前に、ゴブリンがオットーに先制攻撃を仕掛ける。オットーの首を噛むために体をミサイルのように飛ばす。


「フンッ!」


 首の間近まで近づいたゴブリンを、空いている手で叩き返した。そして、瀕死のハエのように落ちていくゴブリンをピッチフォークで突き刺す。


「死んだか……!?」


 オットーの目が、家の影から走ってくる新手の二匹のゴブリンを捉えた。

 そのゴブリン達はオットーを囲むように移動し、オットーの後ろと左からそれぞれ首へと飛び込む。


「舐めるな!」


 左のは先程と同様に手で叩き返し、後ろには木の棒となっているピッチーフォークのお尻を突き出した。木の棒がゴブリンの開いた口を通って貫く。

 そして、叩き落としたゴブリンを刃の部分で貫いた。


「ふう、ちょっと危なかったが俺の手にかかればこんなもんよ。だから俺に任せろといっただろ」


 オットーは夜太郎に笑いかける。

 ああ、そうだな、と夜太郎は言おうとした。だが、言えなかった。オットーの首をゴブリンの鋭い爪が貫いたからである。


「ガハッ」


 首から血を流しながらオットーは地面へと倒れた。

 オットーを狙っていたのは三匹ではなく四匹であったのである。二匹の後、もう一匹がオットーへ向かって近づいていたのだ。

 オットーは夜太郎の方を見ていたため後方が死角となって気づかず、夜太郎はオットーの体が障害となって見えなかったのだ。


「……嘘だろ」


 抑えられていた漆黒の感情が溢れてくる。クレイジーラビットとの戦いの時とほぼ同じ状況。異なっているのはただ一つ、溢れてくる度合いがあの時とは比較にならないということ。

 あの時はまだ全然であった。体を縛る無数の鎖の内の数本が千切れたようなもの。

 しかし、今回は違う。オットーの死が鎖を全て千切らせたのだ。

 つまり、かつての漆黒の炎が解き放たれたということ。……解き放たれてしまったのだ。


「おい化物、必死に抵抗しろよ。死ぬ気で足掻けよ。そうじゃないと……」


 夜太郎の殺気がゴブリンを射抜く。


「……殺し足りなくなってしまうだろ」


 夜太郎はゴブリンへ高速で近づく。途中で落ちているモコロコの剣を拾う。

 ゴブリンが夜太郎の首目掛けて体を飛ばす。

 それを夜太郎は剣で口から足まで両断した。真っ二つに裂かれた体から噴出する血が、夜太郎の顔や胸に飛び散る。


「……治まるかよ。こんなんで足りるわけがないだろ!」


 心を満たすために夜太郎は新しい敵を求め動き出す。体は血で濡れ、剣先から血の雫を垂らしながら。

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