15
「ねえ、ヤタロウはどんな服が好み? クール系? それとも渋い系?」
イリスは針でチクチクと布を縫い合わせながら夜太郎に質問した。
「俺が着る服のことか?」
「うん、そうだよ」
家にあった本をソファーに寝転がりながら読んでいる夜太郎の返事に、針を動かしながら答えた。
「そうだな、動きやすいのなら何でもいい。それにしても、唐突な質問だな」
「そろそろ行商の人が来る時期だからね。せっかくだしその機会にヤタロウの服でも作ろうかなって」
月に一度ほど村には都からの行商が訪れ市場が開かれる。村は獲物の肉や農作物を売り、行商は布、酒、甘味、雑貨など生活する上で欠かせない物を売る。
イリスはそこで新しい布を購入して夜太郎の服を作ろうと考えていた。
夜太郎は異世界に飛ばされた時に着ていた服しか持っていない。暑い時期用の薄着である。
だから、寒い時期のことを見越して製作に取り掛かろうとしていたのだ。
「動きやすいの……動きやすいの……」
針をチクチクチクと進めながらデザインの思考に耽ける。
「ついでに私のも新しくしようかな。ねえ、ヤタロウは女の子服だったらどんなのが好み?」
「落ち着いていて清楚な感じが好みだな」
そっちは具体的なんだ、と思いながらデザインを考えるのを続ける。大雑把な形をした服が徐々に細かく装飾されていく。
そんな時、鐘を叩く音が聞こえてきた。その鐘の音と同時に男の叫び声も鳴らされる。
『敵襲! 敵襲!』
「なんだこれは?」
夜太郎は読んでいる途中の本を置き、男の叫び声に耳を傾ける。
逆にイリスは頬を青く染め耳を手で塞ごうする。まるで、声の続きを聞きたくないといった様子。
『女子供は家に! 男は武器を持って表に!』
その言葉は鐘の音とともに何度も何度も復唱される。
「よく分からんが、一大事なのは確かのようだ」
ソファーから腰を上げ玄関に向かおうとする。
外へ行こうとするその体を、イリスは後ろから抱きしめた。
「ダメ……行ったらダメ……」
「何を言っている? 村の一大事を無視するわけにはいかないだろ」
夜太郎は少し力を入れ前へ進もうとする。
しかし、進めなかった。イリスがそれ以上の力で抱きしめ引き止めたからである。
「……それでもダメ」
「どうしてだ? イリス」
イリスは力強く抱きしめ夜太郎の背中に顔を埋めている。
「ワガママなのは分かってる。自分勝手なことを言っているって。……それでも……ワガママを言ってでも、ヤタロウを行かせたくないの。……失うかもしれないなんて嫌」
泣いていた。イリスは泣きながら懇願していた。
そんなイリスの手を夜太郎は優しく握る。
「失うか。確かにそれは嫌だよな。俺もイリスを失うかもしれないと思うだけで恐ろしい」
「だったら……」
「だからこそ行かないといけないんだよ。外でなにが起きてるのかは分からねえ。だが、危険であることぐらいは分かっている。……だからこそ行かないといけない」
その言葉には確固な意志があった。絶対折れないということの現れ。
イリスは言葉からそれを感じた。
「危険なのにどうして……」
「守るためだ、イリスを。危険があるからこそそれからイリスを守らないといけない。……失うのは嫌だからな」
抱きしめる力が緩んだ。夜太郎を止めることは無理だと実感しまったからである。
「……行って来る」
そう言って夜太郎は扉を開け外へと出ていった。家はイリス一人だけが残される。
イリスは膝をつき顔を手で覆う。頭に心にあるのはたった一つ、夜太郎を失う恐怖、ただそれだけであった。
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