14
村長の家、鉛のように重い空気が充満する中で村長は難しい顔をしていた。
「厄介なことになったのう」
頭を悩ませている理由は、恐怖に染められた状態で村に戻ってきた男達から聞いた話である。話とは当然森で起きた魔物のこと。
泣きじゃくりながら森での事態を支離滅裂に伝えてきたのを、根気強く聞いた結果得た情報は以下の二つである。
一つ、森にはクレイジーラビット以外の魔物がいたこと。それは、人間の子供のような体格で、皮膚は緑色。
二つ、それは集団で襲ってきて、駐屯兵と村人が殺されたこと。
予想外であった。そのような事態になるとは微塵にも考えていなかった。
夜太郎達によって生息が判明したクレイジーラビットは、基本的に単独で行動する魔物。そのため、戦闘力は一般的な人間より高いが、複数人で攻めれば勝てる。
だから、今回派遣した者達だけで駆除が出来るはずであった。例え想定しているより数が多かったとしても、単独で活動するクレイジーラビットなら複数回に分ければ完全に駆除できるのである。
「ゴブリンもおるとはのう」
駆除ができるのはクレイジーラビットの場合だけ。相手がゴブリンとなると話が異なる。
ゴブリンは、クレイジーラビットとは異なり集団で活動する魔物。一匹いたら三・四匹いるのがクレイジーラビット、一匹いたら数十匹いると思えがゴブリンである。
数の多さは厄介だがそれよりも面倒なのは、群れているということ。
一匹の戦闘力は一般的な人間より弱い。しかし、一匹だけと戦うことになることはまずありえない。群れである以上、数匹単位が常である。
つまり、駆除隊を派遣しても意味がないということだ。負けるか、殲滅しきれないのどちらかであるからだ。
「新たに隊を設立して殲滅する! それしかない!」
この村の駐屯兵隊長ムックは、鼻息を荒くしながら無謀な解決案を述べる。
「しかしのう。相手はゴキブリのように数が多いゴブリンじゃぞ。また派遣しても結果は同じだろう」
駆除は出来ない、そのことに村長は気づいていたから頭を悩ませていたのである。
村長の意見を聞いてもなおムックは、自分の案を押すつもりである。ムックはプライドが無駄に高い男であるのだ。
「だったらこのまま放置しておくというのか? そんなことが出来るはずがないだろ! 顔に泥を塗られたからには、糞で塗り返してやらなければ!」
「放置はできぬが、無駄に被害を重ねるわけにもいかんじゃろ」
「なら数を増やせばいい。四でダメなら八を、八でダメなら四十を! 数での蹂躙は兵法の基本だ」
ムックの言っていることは間違っていない。ゴブリンの基本的な駆除方法は相手を上回る数で攻めること。
しかし、それをするにはこの村では条件が悪いのであった。
「うちの男手は四十ぐらいしかいないのじゃぞ。数で上回れるとは思えないが。それに、場所が悪すぎる。森では奴らのほうが有利であるからのう」
森は木や草で視界が悪い。そんな空間では、小柄な体格は身を隠しやすいので有利である。
数で負け条件でも負けている以上、村側が勝つのはまず無理であった。
「それでも、戦ってこそ男だろう! あんな下等生物なんかに負けるわけにはいかん!」
ムックは意地でも押し通そうとする。プライドのために。
「のう隊長殿。わしはな、この村の村長、村を任されているんじゃよ。だからな、村の者を無駄な戦に向かわせるわけにはいかんのじゃ。……言っていることが分かるか?」
細く鋭く開かれた村長の目が、ムックを捉える。
ムックはそれに寒気を感じ、高揚していた感情が静まっていった。
「ちっ、まあいい。じゃあ、どうするんだ? 指を咥えたまま大人しくしているのか?」
「私に一つ考えがあります」
この場で今まで一言も発しなかった男がいきなり口を開いた。
男の名はニコラス、駐屯兵の一人である。
「都に討伐を要請、あるいはギルドを雇うなんていうのはどうでしょう。もうすぐ都への税の移送をする時期ですよね。それのついでにというのはいかがですか?」
「ふむ、その手なら問題ないじゃろうな」
ニコラスの提案に村長は納得した。
「隊長殿もこれでいいかのう?」
ムックとしてはこの提案を承認したくはなかった。プライドが傷つくからである。
しかし、もし村人全員での攻める作戦が失敗した場合、自分はそれなりの汚名を受けることになってしまう。無能の烙印を押されることになる。
そんなことはプライドが絶対に許さない。
「ふん、まあそれでいいだろ」
ムックは不満げであるが、一応ニコラスの案が可決された。
「クレイジーラビットに続きゴブリンまで……一体どうなっているのかのう。偶然にしては少々タイミングが重なりすぎているような」
立て続けの魔物の出現を村長は疑問に思う。
「偶然ではなく、繋がっているのかもしれません」
「何か思うところがあるのか?」
ニコラスの意外な発言に村長は興味を抱いた。
「あくまで仮説ですが、クレイジーラビットとゴブリンの出現は偶然ではなく、ゴブリンによる必然であるのかもしれません」
「……ほう、必然とな」
「元々森からそう遠くない場所をクレイジーラビットたちは狩場にしていた。しかし、そこにある日、ゴブリンの集団がやってきて狩場を奪われてまった。結果、クレイジーラビットたちは新たな狩場を探すことになった」
「それがこの村の近くの森ということか?」
「ええ、しかしまたもそこにゴブリンの集団がやってきた。かつてのクレイジーラビットたちの狩場では集団の腹を満たせるほどに獲物がいなかったから。数の差を考慮すればありえることでしょう」
クレイジーラビットたちは基本的に単独で行動する魔物。そのため、腹を満たすのに必要な獲物の数は少数で済む。
それに対し、ゴブリンは集団で行動する魔物。単体ではクレイジーラビットに比べ必要な獲物の数は少ないが、群れでの必要量では圧倒的に上回る。
つまり、クレイジーラビットが満足できる程度の狩場では、ゴブリンは満足できなかったということ。
そのため、ゴブリンの集団は新たな狩場を得るために、クレイジーラビットたちの後を追ってきた。
「ここ最近の狩りは数日前の一回のみ。クレイジーラビットが森を狩場にしていたのに気づけなくても不思議ではありません」
「やつらは数匹程度の少数だからのう」
村長はニコラスの推測に納得する。
「ふん、そんなことが分かったからといって現状が変わるわけではないだろ」
ムックが村長達の会話に水を指した。
「とにかく方針は決めたことだし、俺達は帰らせてもらう。……行くぞ」
大きな足音を立てながらムックは家から出ていった。
「では、私もこれで失礼します」
ムックの後を追ってニコラスも家を出た。家は村長一人だけになる。
村長は机に置いてある湯呑みでコップに茶を入れる。そして、椅子に腰を下ろし、ぬるい茶をすすって一息つく。
「厄介なことになったのう」
何もない壁を見つめながら、もう一口すする。
「こんな時、クロロ様ならきっと涼しい顔をして解決するのだろうなあ。……あれからもう六十年か」
しわくちゃになった手で懐かしむかのように杖を撫でた。杖には無数の小さな傷が刻まれていた。
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