13

「このへんなのか?」


 駐屯兵オルシムが前を先行している男達に尋ねた。


「ああ、もうすぐだよ」


 男達の一人から返事が返ってくる。

 村の近くにある森、四人の男達がそこを歩いていた。村の大人三人と村の駐屯兵一人で。

 駐屯兵とは、国から各村に派遣された兵のことである。主な仕事は税の管理、村の警備。夜太郎たちの村には、オルシムを含め四人が配備されている。

 そんな駐屯兵であるオルシムが森を村人達と歩いているのには、ある理由があった。


「それにしても魔物なんて、物騒な話だよ」


 村人の一人が嘆く。

 ある理由には、昨日起こった魔物の事件が関係している。

 近隣に魔物が生息していると判明した以上、対策を取らなければならない。そうでないと、村が被害に合うかもしれないからである。

 だから、村に被害が及ぶ前に残党を駆除すること、それがオルシムたちの役目であった。

 兜、胸と背を覆うプレートアーマー、そして腰に剣を備えながらオルシムは、村人達についていく。


「もうそろそろ着いてもいい頃……あ、あれじゃないか!」


 村人の一人が指さした先には、クレイジーラビットの死体があった。

 オルシムは、村人達を抜かして死体の元に向かう。

 腰を下ろし、死体を観察し始める。両目が抉れ、長い片耳なく、腕や足の肉が一部剥き出しなっていた。

 胃酸が逆流してきそうなのを抑えながら、死体の観察を続ける。


「食われでもしたのか」


 皮膚や剥き出しの肉には、歯型が残っていた。


「どれどれ……ん、おかしいな?」


 村人の一人が食われている箇所を見て疑問を抱く。


「おかしい?」

「だって、この森にそんな歯型の生き物はいないはずだ。今まで何度もこの森で狩りをしてきたが、そんなのは見たことがない。なあ、みんな?」


 男の言葉に残りの村人達が同調した。

 オルシムは、その疑問の回答を探すかのように剥き出しの肉へ手を伸ばす。

 しかし、その手が肉に辿り着くことはなかった。


「……えっ」


 村人の一人が無意識に声を漏らすと同時に、場の空気が凍りついた。腰を下ろして死体を観察していたオルシムの頭が、消えたからである。

 いや、消えたのではない、奪われたのだ。頭を失ったオルシムの近くで、オルシムの頭を食べている生物の手によって。

 人間の子供のような体格、皮膚は緑、手に鋭い爪を持ったその生物は、オルシムの頭を齧る。片耳が口の中へ消えていった。


「あっあああああああああああああ」


 村人達が悲鳴をあげる。やっと停止していた脳が目の前の光景の情報を処理したのだ。

 瞳孔を見開き心臓を限界まで加速させ、頭が食われていく惨状を見つめる。肉体が命令を受け付けようとしない。


「うわぁ、うわあああああああああああああああああああ」


 村人の一人がこの場から転げそうになりながら逃げ出した。

 それを合図に、残りの村人達の金縛りが解け同様に逃げ出す。

 木と草が密集した森の中を、肉体を震えさせながら全力疾走する。


「なんだよなんだよあれ! どういうことだよ!」

「分かるかよ、いや、分かんねええよ! あ、分かる? ううん、無理無理!」

「もうやだぁえああああ」


 村人達の言葉は普通を保てていない。脳が思考することをほぼ止めてしまったからである。

 死への恐怖に支配されながら森の出口を目指す。

 突然、村人の一人が自分の足元を見た。耳に奇妙な音が入ってきたからである。

 足元には、オルシムを食べたのと同じ生物がいた。村人達と共に疾走している。


「あ……ああ……」


 このことを他の村人達に伝えようとするが、言葉を紡げない。

 言葉を詰まらせていると、生物は村人の視線に気づき顔を向けた。その顔は笑っているみたいであった。


「アアッ!」


 大きな音を発しながら村人は転んだ。

 音を聞いた村人が走りながら後ろを振り向く。


「どうした……え?」


 村人は言葉を失った。転けた村人の足の所に、オルシムを殺したのと同じ生物がいたからである。その生物は転けた村人の足を食べていた。


「助け! 助けて!」


 転けた村人は必死に無事な者達へ手を伸ばす。


「待ってろ。今助けてやる!」


 一匹ならなんとかなると判断し、二人の村人は引き返そうとした。

 しかし、それは途中で諦めることとなる。


「うわぁいあやあああ」


 転けた村人の周りに新たに四体のその生物が木々の合間から現れた。それらは足を食べているのと同じように、手や首を食べ始める。

 そんな状態では、もう助けるなど出来るはずがなかった。

 二人の村人は助けることを諦め、出口へと走り出す。


「待って! 待ってええええ」


 手を伸ばすが、指先は二人に届かない。そもそも、指はすでに食われた後である。


「ごめん……ごめんよ」


 二人は罪に心を押しつぶされそうになりながら必死に走る。

 助けたかった、仲間を助けたかった。しかし、二人の意志を潰すほどに死への恐怖が大きかったのである。

 二人は走る。涙を流しながら、出口を目指して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る