09

「疲れていないか? おぶってやってもいいんだぞ」


 リーシャの歩みが徐々にゆっくりになっていくのを気にして、チョモスは問いかけた。


「ううん、大丈夫。私がワガママ言って付いて来たんだもん。お家に戻るまで頑張る」


 チョモスとリーシャ兄妹は手を繋ぎながら、村の近くにある森を歩いている。理由は、数日前に食べた果物を採取するため。

 果物を採集することになったのは、今朝リーシャが「あれ、また食べたいな」と呟いたことがきっかけである。

 それを聞いたチョモスは、妹を幸せにするという兄の務めを果たすために果物を採取することにした。

 狩りに出向いた男の一人から果物を採取した場所を聞き、一人でその場に向かおうとしていた。

 その時、リーシャが「自分も行く」と言い出したのである。兄が何かしようとしていることを感じ、こっそり兄のことを監視していたのだ。

 リーシャのワガママに半ば仕方なくチョモスは、同行を許可した。

 そして、二人で森に入り二時間ほど経過した今が現在に当たる。


「もうそろそろのはずなんだけどな。……ん、もしかしてあれか?」


 木と草で埋め尽くされた視界に、果物が実っている木が現れた。一本しかないが、その先にもっとたくさんあるかもしれない、とチョモスは心を躍らせる。


「どこ、どこ、どこにあるの?」


 周囲を見渡し、兄が見つけたのを探す。

 チョモスはリーシャの隣で見つけた木を指さす。


「わっ! ある、あるよ! あそこにある!」


 さっきまでの疲れなど吹っ飛んだかのように木の所まで駆けていく。

 そんなリーシャを「走ると転けるぞ」と注意しながら追いかける。

 木々を避け草を突っ切って進んでいくと、木や草がない広場に出た。先に着いていたリーシャが、突っ立っている。


「どうした? あれはもうちょっと先の方だろ」


 リーシャは真っ青な顔を膠着させて、ある一点を見ている。


「おいおい、本当にどうしたんだ? 一体何を見て――」


 リーシャの視線が釘付けの一点を見てみると、チョモス目を見開き声を失った。

 成人ぐらいの体格、鋭利な爪、そして真っ赤な目と細長い耳と牙を持つ生き物がいたのである。顔が凶暴なウサギのようであるクレイジーラビットと呼ばれる魔物は、よだれを口から垂らしながら果物を食べていた。


「に、逃げないと」


 恐怖で意識を失いそうになるのを必死に堪えながら、リーシャの手を掴んでこの場から離れようとした。

 バキッ! チョモスが一歩下がった瞬間、足元から音がした。木の枝を踏んでしまったのである。

 些細な音、しかしクレイジーラビットの耳にはそれだけで十分であった。

 クレイジーラビットは真っ赤な目で、獲物を二人捉えた。

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