08
「英雄、なんかエキサイティングな遊び教えて」
闘鼠から数日後、夜太郎は再び男の子たちの面倒を見ていた。
「……」
チラッ、と同行という建前で監視しているイリスの顔色を窺う。
それに気づいたイリスは夜太郎に微笑み返す。それには、そんなことをしたら今夜もお説教、という意味が含まれていた。
「……その内な。今日は、健全な遊びにしよう」
それからしばらくの間普通の遊びに興じていると、村の入口の方から賑わいの声の数々が聞こえてくる。
「あ、父ちゃんたち、帰ってきたんだ」
「おみやげあるかな」
賑わいに気づき騒ぎ始めた子供達は、入り口へと駆けていく。
「もう終わったんだ。好調だったのかな」
「何が終わったんだ?」
「狩りだよ、狩り。村の男の人達は、朝から近くの森に狩りをしにいってたの」
イリスの説明を聞いて、今朝の村の様子を思い出す。記憶の中で、男の集団が槍や弓を持って村から何処かへ出かけていっていた。
子供達がいなくなったことで暇になったので、二人も入口に向かう。
入り口では、帰ってきた男達が子供と戯れていた。高い高いなど親子仲睦まじい光景である。
「喜べ、ガキども。おみやげがあるんだぞ」
小山ほどに積まれたウサギの死体と共に置かれていた大きな袋を、男の一人が持ってくる。
袋を開けると、中には果物が入っていた。りんごのように丸く大きいが色は薄白い。
子供達は喜々と袋からその果物を取り出し、食べ始める。
「甘くて美味しい」
「うめ~うめ~」
喜ぶ子供達の姿を見て、男達は笑う。
「こんなにたくさんあるなんて」
イリスは驚く。この果物は村近くの森で採取できるが、実っている木は少ないので滅多に手に入らないからである。
「ははは、やっぱり驚くよな。俺達だって、沢山実ってる場所を偶然見つけた時はびっくりしたからなあ」
男はその時のことを思い出して笑う。そして、一つ持っていけ、と果物を指さす。
「わ、ありがとう。この果物、とっても甘くて美味しいんだよね。明日、これでパイでも作ろうかな」
イリスは袋から果物を一個取り出す。
「新入りもどうだい。ガキどもの面倒見ててくれたんだろ」
言うと同時に、その男の名を呼ぶ声がした。
「お、もう始めるのか。それじゃまたな」
狩ってきた獲物の後処理をするために、男はこの場を去った。
場は夜太郎とイリスの二人と、食べている子供達だけになる。
「せっかくだし、ヤタロウも一個貰ったら?」
そうだな、と言いながら袋から取り出そうとすると、夜太郎の目にあるものが映る。
それは、この場を離れた所から眺める少年と少女であった。眺める瞳には悲しさが込められていた。
「どうしたの? ヤタロウ。一体何を見てるの?」
夜太郎の動きが止まったことを不思議に思ったイリスは、夜太郎の視線の先を見る。
「あ、あの二人。……そうか、そうだよね……」
「あの二人、何かあるのか?」
「あの子達――兄のチョモスと、妹のリーシャ。二人のお父さんがね、一ヶ月ぐらい前に病気で死んじゃったんだよ。だから……きっとそういうことなんだよね……」
イリスが言いづらいこと、それを夜太郎は大まかに察する。
この場では、父と子による和気あいあいな空気で包まれていた。だから、そんな中に父がいない自分たちは入りづらいのだろう、と夜太郎は推測した。
「うん……そうだよね。ここは、村のお姉ちゃんである私が頑張らないと」
イリスは意気込む。
「いや、俺に任せてくれ」
イリスが動き始めるの止め、袋に群がる子供達に話しかける。
「ガキども、それうまいか?」
「うん美味しいよ。英雄はまだ食べてないの?」
「ああ、だからそれ貰ってもいいか? 三個ほど」
夜太郎は子供達に果物を三個要求した。
「え~それは欲張り過ぎだよ。英雄でも二個まで」
「そう言うなって。多く要求する分、面白い道具をやる」
その言葉に子供達は興味を示す。
夜太郎は子供達の一人に、木の枝数本、小石、紐、の三つを持ってくることを頼む。
その子供は頼みを引き受け、数分でそれらを集めて持ってきた。
「何作るの~?」
「それは出来てからのお楽しみだ」
まず、二本の木の枝を交差するように置く。そして、二箇所の枝の先端部分に別の枝をまた交差するようにそれぞれ置く。同じことを枝が残っている限り続けると、縦長の網目状になった。
次に、全ての交差点をきつくならないようにしながら紐で縛る。
最後に、網目の先端二箇所に小石をくくりつけた。
「よし、完成」
子供達に見えやすいように持つと、期待の目がその道具に集まる。
「これはマジックハンドという物だ。いまから、これの使い方を見せてやる。……イリス、ちょっとこっちに来てくれ」
子供達の後ろで様子を伺っていたイリスが、夜太郎の元へ来た。
「よく見とけよ、ガキども。これはこう使うんだ」
小石が付いていない方の枝を握る。伸びていくマジックハンドがイリスのスカートの端を掴む。
掴んだと同時に、夜太郎はマジックハンドを持ち上げた。
「キャッ!」
マジックハンドを持ち上げたことで、スカートがめくれ上がる。
「これは、こういうことができるんだ。……白か」
掴むのを止め、マジックハンドを子供達に渡す。
子供達は大喜びで受け取ったマジックハンドで遊び始めた。
「伸びる! これ、伸びるよ!」
伸ばし、色々なものを掴む。
「ということで、果物貰ってもいいか?」
「うん、いいよ。全部持っていってもいいよ」
袋から三個だけ取り出す。
そして、イリスの顔をチラッと覗く。
「……」
無言で微笑みながら夜太郎のことを見ている。
これはお説教だな、と夜の自分の惨状を察した。
不気味な笑みなど無視する形で、手元から果物を取り、齧り付く。
「あまっ、これ思ったより甘い。俺好みじゃねえな」
わざとらしいほどに大きな声で独り言を言いながら、兄妹に近づく。
「捨てるのはもったいないし、残りのこれ、お前たちにやるよ」
兄のチョモスに残った二つの果物を渡そうとする。
「い、いらねーよ」
チョモスは手で払い除け、果物を貰うことを拒否した。
「ふ~ん、そう。じゃあ、お前二つとも食うか?」
渡そうとすると、妹のリーシャは果物を受け取ろうとした。
「リーシャ!」
チョモスが妹の名を呼ぶ。
リーシャは残念そうに果物を見つめながら、受け取るのを止めた。
止めたチョモスを、夜太郎は見下ろす形で睨みつける。
「何故止めた? 妹と俺のことにお前は関係ないだろ」
声を荒げたりなどせず、静かに問う。
「関係あるに決まってるだろ。それは他所家の父親が自分の子のために取ってきた物。関係ない俺達が貰っても良い物じゃねえんだよ」
チョモスは地面を睨みつけながら言う。
「俺が狩りに出られるようになったら、やっとこいつに食べさせてやれるんだ」
「……」
どこか悲しげなチョモスの手を、リーシャは優しく握る。
そんな彼らを夜太郎は静かに見つめていた。
「なあ、お前は一体誰なんだ?」
「……は、何言ってんだよ?」
夜太郎の問いを、チョモスは疑問に思う。
「お前は、その子の兄か? それとも父親か? どっちの役なんだ」
「意味分かんね~よ。あんたには、俺がこいつの父親に見えるほど年取ってる風に見えるのか?」
「見えないな」
キッパリと言い放つ。
「そうだろ、俺はどっからどう見てもこいつの兄だ」
「ああそうだな。お前はその子の兄だ。……じゃあ、なんでその子の父親の務めまで果たそうとしているんだ?」
兄であるのだから、父親に課せられる責務を背負い込む必要なんてない、と夜太郎は言っているのである。
「父さんの務めだなんて……」
「してるだろ。だから、さっきのようなことを気にしてしまう」
夜太郎はチョモスの肩で優しく掴む。
「一人二役をするのは、別にいいだろう。人の生き方はそれぞれだ、否定する気はない。しかし、それをするのなら、兄の務めを満足に出来るようになってからにしろ」
「……兄の務め」
「妹を幸せにすることだ」
夜太郎の瞳には強い感情が込められていた。
チョモスはその瞳に魅入られ、じっと見つめる。
「簡単そうですごく難しいこと、それが出来てこそ一人前の兄だ」
「兄の務め……妹を幸せにすることが兄である自分の務め……」
チョモスの中でモヤモヤしていたものが晴れていった。
夜太郎の手元から果物を二つ奪い取る。
「そうだよな。じゃあ、兄としての務めを全うするために、これは貰っておいてやる。ほら、リーシャ食え」
奪い取った果物の一個をリーシャに渡す。
「うん!」
二人は果物を美味しそうに食べ始めた。
「頑張れよ」
そう言って、夜太郎はこの場を去ろうとする。
「あ、ちょっと待ってくれ!」
チョモスは夜太郎を呼び止める。
「その……なんだ、ありがとな」
鼻を指で掻きながらチョモスは言った。
夜太郎は片手を上げることでそれに返答し、イリスの元へと戻る。
「上手くいったみたいね」
イリスは、兄妹たちを優しく見つめている。
「軽く話をするだけのつもりだったのに、少し熱く語ってしまった」
夜太郎は齧りかけの果物を一口噛む。
「そうだ、上手くいったことだし……今夜のお説教は……」
「それとこれは話が別だよ」
夜太郎の今夜の運命は変わらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます