07

「手伝うとは言った……無理矢理にでも手伝うと言ったけどな……」

 農作業の次の日、夜太郎はイリスの手伝いをすることになった。

 最初の頃は断られ続けたがが、何度も挑んだ結果、ついに手伝うことを許可されたのであった。

 しかし、夜太郎は今現在不満である。努力が実を結んだにも関わらず。


「まさか、ガキの御守りをさせられるなんて……」


 不満の理由は、村の子供達の遊び相手、という手伝いの内容。

 子供嫌いではないのだが、扱いが得意というわけでもなかった


「これも立派なお仕事だよ」


 イリスはそう言って、二人の周りに集まっている子供達へと視線を向ける。


「今日はね、みんなに良いお知らせがあるの。実はね、お姉ちゃんがみんなの新しい遊び相手を連れてきたんだよ」


 イリスが視線を夜太郎の方へと移すと、子供達もつられて見る。夜太郎に無数の視線が集中する。


「このお兄さんはね、ちょっと前から村に住み始めたんだよ。だから、まだ村に慣れていないから、みんな仲良くしてあげてね」

「……」


 夜太郎が無言でいると、イリスから軽い肘打ちが腹に打ち込まれる。それに、自己紹介しろの意味が含まれていることを夜太郎は察した。


「あ、え~とだな、俺の名前は結城 夜太郎。……よろしく頼む」

「はい、みんな拍手」


 イリスと子供達の拍手に包まれる。

 まるで小学校への転校生だ、と夜太郎は今の自分の状況に対して思う。


「じゃあ、ヤタロウは男の子たちと遊んでくれるかな。いきなり女の子の相手は難しいでしょ」

「分かった。……よし、ガキども遊ぶぞ」


 男の子たちの集団についていく形で、遊び場に向かった。

 遊び場には、遊んでいた形跡があるおもちゃが落ちている。


「新入りには、まずこれで実力をみせてもらわないといけないよな」


 集団の隊長格である男の子が、落ちていた物を夜太郎に渡す。それは、獣の皮で出来たボールであった。


「ん、これをお前にぶつければいいのか? それとも、その小さなケツ穴にねじ込めば良いのか?」

「違う違う! あそこにある的にぶつけるんだよ」


 男の子は約十メートル先にある場所を指さす。木の台の上に手の平サイズの角材が等間隔に乗せられている。


「的当てってわけか」

「そうだよ。そして、最高記録は俺の三つ連続ヒットだぞ」

「へえ~それはすごいな」


 誇らしげにしている男の子を褒めながら夜太郎は、的へと狙いを定める。

 ここからの距離だと辿り着く頃にはどれだけ下降しているか、最も正確に投げられる速度はどれくらいか、命中するために必要なことを大雑把に計算し、投擲の体勢に入る。

 呼吸を整え、ベストなタイミングでボールを投げ飛ばす。

 ボールは吸い寄せられるように左端の角材に命中した。


「す、すげ~、あの新入りの兄ちゃん、一発目から当てたぞ」

「すごいすごい」


 夜太郎の活躍に男の子たちの間でざわめきが起きる。


「ふ、なかなかやるな。でも、俺の記録にはまだ遠い」


 最高記録の男の子は、余裕の表情であった。これが、王者の余裕というもの。

 夜太郎は別の男の子から次のボールを受け取り、間髪入れずに二発目を投げ飛ばす。一度目で大体の感覚を掴んだから、計算時間は必要なかった。

 再び、吸い寄せられるかのように左から二番目の角材に命中した。


「すっげ~、二発目だよ二発目」

「伝説が、新たな伝説が生まれるかもしれない」


 男の子たちは大はしゃぎ。最高記録の男の表情からは、余裕が半分ほど崩壊している。

 夜太郎は新たなボールを受け取り、三発目を投げ飛ばす。

 当然の如く、それも命中した。ミスでもしない限り夜太郎が外すことはない。


「くるぞ! これは伝説の更新がくるぞ!」

「僕は今から、未知の世界を知ることになるのか」


 男の子たちの熱気は最高潮に達している。最高記録の男の子の表情には余裕の欠片など一切ない。

 さすがに大げさすぎるだろ、と場の空気に対して思いながら、新たなボールを投げ飛ばす。

 当然、命中した。


「うおぉ! 偉業の達成だぁ!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 熱気が、ライブで曲がクライマックスに突入した時のような熱気が場を包む。

 元最高記録の男の子は膝を地につけ、項垂れる。


「英雄だ! 英雄が降臨したぞ!」

「英雄! 英雄! 英雄!」


 夜太郎は男の子たちから支持される英雄であるのに、この場の空気についていけなかった。


「クッ、すごいぜ新入り……いや、英雄。俺の完敗だ」

「あ、ああそうか」


 男の子たちのノリについていけなかった。

 夜太郎はこの異様な流れを変えるものはないかと周囲を見渡すと、丁度良いものが歩いていた。


「おい、ガキども。あそこのあれを捕まえてこい。面白いものを見せてやるぞ」


 夜太郎が男の子たちに捕獲を指示したものの正体、それは二匹の野良ネズミであった。



「そろそろ、ヤタロウを呼びに行かないと」


 日が沈み始め、女の子たちが一人また一人と自宅に戻っていったの期に、イリスは夜太郎を呼びに行くことにした。

 男の子たちの遊び場に近づくと、子供達の熱気に満ちた叫び声が聞こえてきた。


「相当盛り上がっているみたいね。フフッ、ヤタロウ子供の相手は苦手とか言っていたくせに」


 遊び場では、男の子たちは円を描くようにして立っていた。その姿は、まるで中心に何かがあるみたいであった。

 イリスは男の子たちに近づき、円の中心を覗く。


「……え」


 円の中心で行われていた予想外の展開に、イリスの思考が止まる。

 中心では、ネズミ同士による血で血を洗うバトル、闘犬ではなく闘鼠ショーがなされていたのだ。


「殺れ! そこだ、アリアンロッド! 明日のおやつがかかっているんだ、絶対に勝ってくれ!」

「奴は瀕死状態だ! 息の根を止めてやれ、ハーデス!」

「殺れ!」「避けろ! 死に損ない」「そんなケツ穴の小せえネズ公なんて、とっとと殺っちまえ!」


 闘鼠会場は、男の子たちの血生臭い歓声によって埋め尽くされていた。

 そんな光景を、夜太郎は少し離れた所で頬杖をついて木箱に座りながら、眺めている。

 思考停止しているイリスの存在に夜太郎が気づいた。


「よう、イリス。そろそろ晩飯の時間か?」


 呑気な様子でイリスに話しかける。


「ねえ、ヤタロウ。これって一体……」

「ああ、それか。いや実はな、何か俺が子供達の間で英雄扱いされ始めたから、空気の流れを変えるためにそれを教えたら、思いの外はまったみたいでな。今では、教えてもいないのに賭け事までやりだすほどに熱中してるな。お~い、ガキどもそろそろ飯の時間だってよ」


 夜太郎の声など熱狂に支配された男の子たちには聞こえるはずがなかった。


「ダメだな。まあいいか、どうせ飽きたら帰るだろ」

「……」

「腹減ったな、帰って飯にしよう」

「……」


 無言でいつづけるイリスに、夜太郎は不審に思う。


「イリス?」


 夜太郎はイリス見る。表情は微笑んでいたが、手が握り拳でプルプルと震えていた。

 あ、これ絶対怒ってる、夜太郎は察した。


「お、おい、イリス――」

「ヤタロウ、私はあの子達と遊んであげてって言ったよね」

「お、おう、だから――」

「私は悪い遊びを教えてなんて一言も言ってないよ」

「い、いや、それはだな……」

「それに、あの子達、口調が下品になってる」


 イリスは夜太郎に微笑みかける。


「帰ったらお説教だよ」

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