06
夜太郎は意味もなく日が照らす村を散歩していた。暇であるからだ。
この世界に来た理由であるクロロの力を高めること、しかしその方法をまだ思いついていない。そのため、生き返るために頑張ろうにも、どうやって頑張ればいいのか分からないのである。
それならば、イリスの手伝いでもすればいいと考えるだろう。居候の分際であるのだから。
その考えは正しい。人として正しい。しかし、忘れてはいけない。手伝う対象がイリスであることを。
普段から真面目に家事をこなすイリスが、雑務を残しているはずがない。あるとしても、毎日しなくてはならない洗濯や料理ぐらい。
洗濯は、女性の衣服を扱わなくてはならないから、男性の夜太郎に任せられるはずがない。
料理は、夜太郎の胃袋を握ろう、と無意識下で思惑しているイリスが譲るわけがない。
つまり夜太郎がしても良い家事なんてなにもないということだ。
だから、夜太郎が手伝いを申し出ても
「う~ん、手伝い……手伝い、う~ん、今は特にないかな。思いついたら言うから、散歩でもしてきたら?」
と、逆に困らせてしまう有様であった。
その結果、夜太郎は意味もなく真っ昼間から散歩をしているのである。
「あ~だり、仕事ってこうなんでつまらなくて面倒なんだろうな。あ~、早くお日様沈んでくれないかな~」
愚痴をたれながらオットーは、鍬で畑の土を耕す。
そんなオットーの目に、のんびり散歩をしている夜太郎の姿が映った。
「ん、あんな奴村にいたっけ? ……あ、もしかしてあれが、村長が言っていた新入りか。名前は確か、アサタロウだったか?」
暇そうにしている夜太郎の姿を見て、オットーの脳にある妙案が浮かび上がる。
「お~い! そこの新入り!」
案を実行するために、夜太郎を呼ぶ。
呼び掛けに気がついた夜太郎は、自分のことか? と疑問に思いながらオットーの元へと向かった。
「よう、新入り」
「新入りって俺のことか?」
夜太郎は自分を指をさす。
「そうだそうだ、あんちゃんのことだよ、アサタロウ」
「……俺の名は夜太郎だ」
「ん、そうなのか……まあ、そんな細かいことはどうでもいいんだよ。なあ、新入り、今暇か?」
夜太郎は昼間から呑気に散歩なんかをするほどに暇であった。
「暇だ。イリスに手伝いは必要ないって言われたからな」
「あ~、そうか、イリスの家に住んでいるんだったか。そりゃ暇だろうな」
夜太郎の返答にオットーは内心喜ぶ。
「だったら、うちの畑仕事手伝ってくれないか?」
オットーの妙案とは、夜太郎に仕事を手伝わせることであった。二人がかりでやれば、予定より早く終わる、という算段だ。
「村の男っていうのはな、暇がありゃ畑いじりをしてしまうもんだ。畑への愛がそうさせてしまうんだろうな。だから、新入りも一日でも早く村の男になれるように、暇があるなら畑をいじらないと」
「へえ、そういうものなのか」
「そういうもんだ。村の男は、若かった頃の女房と同じくらいに畑を愛してしまうんだよ」
「まあ、畑への愛はよく分からんが、暇してるのは確かだし手伝うぞ」
パチン、とオットーは指を鳴らす。
「いい返事だ。新入りが村の一員になる日はすぐかもしれんな」
オットーは、夜太郎の分の鍬を取りに行くために自宅へ取りに行く。そして、家中を捜索して見つけた鍬を夜太郎に渡した。
「じゃあ、新入りはここをしてくれ」
自分が今まで耕していた列の隣を指さす。
夜太郎は、全く手を付けられていないその列の先頭に向かった。
「耕すのって確か、これを土にぶっ刺してズババアってすればいいんだよな」
テレビで観た農作業の光景を思い出す。
バットを持つかのように右手と左手が密接した持ち方で鍬のお尻付近を持ち、思いっきり振り上げる。
そして、前方の離れた所に振り下ろす。九十度ほど腰が曲がった体に、振り下ろした衝撃で掘り起こされた土がかかる。
「あ~、全然ダメだなこりゃ」
夜太郎の下手さに見かねたオットーは、夜太郎の元へと向かった。
「鍬を使うのは初めてか?」
「ああ、観たことはあったのだが」
はあ~、と溜息を吐きながらオットーは、鍬を持つポーズをする。
「鍬っていうのな、左手で一番手近な所を持って、そこから少し離れた所に右手を添えるようにするんだよ」
「こ、こうか?」
言われたことを意識しながら、オットーのポーズを真似る。
「そうそう。そして、振り下ろすのは力を入れずに、腰はあまり曲げないように。そんな体勢だと、腰を痛めるぞ」
オットーは振り下ろす手本の動作をした。
夜太郎はそれを真似て同じように振り下ろす。
「お、なかなか上手いじゃねえか。筋が良いぞ」
「こんな感じでやればいいんだな」
「おうよ。これなら、後は任せても大丈夫そうだ。じゃあ、頼む。分からないことがあったら、気軽に聞いてくれ」
「了解」
オットーは戻って続きを、夜太郎はさっきのを思い返しながら進めた。
そして、二時間ほどが経過した時、淡々とした作業を強制的に止める事態が起きる。
「ふう、結構進んだな。新入りの方も順調だし、こりゃ明日はサボれそうだ」
土で汚れた腕で額の汗を拭いながら、イシシと笑いをこぼす。
そんなオットーの後頭部に、強烈な痛みが降り掛かった。
「あんた! 自分の仕事を手伝わせるなんて何考えているんだい!」
オットーの後ろには、手が真赤になるほどに強烈な叩きをしたオットーの奥さんがいた。
「イタッ!」
後頭部を押さえながらうずくまる。
「あの子、イリスの所に住みだした新入り君よね! どうせ、適当なこと言って無理やり手伝わせたんだろ」
オットーの所で揉め事が起きてることに気がついた夜太郎は、畑を耕すのを止めその場へ向かった。
「ねえ、新入り君。あんた、このボンクラになんて言われて手伝わされたんだい?」
近づいてきた夜太郎に、奥さんは問いかける。
「ん、え~と確か、村の男は若い頃の女房と同じくらい畑を愛している。だから、畑を耕そう。だったかな」
その言葉を聞くと、奥さんはオットーの耳を力任せに引っ張る。
「へえ~、若い女房と同じくらいに畑を愛しているんだね、あんた」
「イタッ、イタタ。痛いって」
「だったら、あの頃のように一晩中畑を耕せるってことよね。狼男だった頃みたいにさ」
奥さんに耳を引っ張られるオットーを、夜太郎はじっと見ている。二人の会話に、口を挟めそうではなかったからだ。
「新入り君はこんなやつじゃなくて、イリスを手伝ってあげな」
「手伝いは申し出たのだが、なにもないって断られた」
「へえ、そんな遠慮をしたんだ、あの子。ちょっとでも出来る所を見せたいのかしら。……イリスは本当にあんたを気に入っているんだね。乙女心の美しさに私が魅了されそうだよ」
奥さんは微笑み、夜太郎の背中を力強く押す。
「そうは言っても、実際はやることがあるはずだよ。無理矢理にでも手伝っておあげ」
「そういうものなのか。……分かった、そうしよう」
夜太郎はイリスの家へと戻ろうとする。
「お、おい、新入り、ちょっと帰るのは待ってくれ」
夜太郎を呼び止め、オットーは自宅へと小走りで向かった。
「あいつ、何がしたいのかしら?」
奥さんが疑問を抱いてから数分後、オットーは手に大きな瓶を抱えながら戻ってきた。急いだせいで、息があがっている。
「ハァハァ……これをやる。手伝ってくれた礼だ」
オットーから瓶を受け取る。
瓶の中身は、酒であった。瓶の装飾から、それなりに値が張る物だと夜太郎は推測する。
「あんた、こんなのどこにあったんだい?」
「へへ、この前来た行商の奴から買ったんだよ。いつか祝い事でもあれば、飲もうと思ってな」
「あんたって人は……」
奥さんはオットーに呆れる。
「そんな大事なの、俺なんかが貰ってもいいのか?」
「いいっていいって。新入りの歓迎を兼ねてるんだからな。こういう時に使ってこそだ」
「……そうか、それならありがたく頂こう」
夜太郎は微笑む。
「ありがたく頂いてくれ」
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