02
都からそれなりに離れた所。そこに、餓死者が出るほど貧困していないが富で溢れているわけでもない、どこにでもある村があった。
村人である十八歳の娘イリスは、どこか寂しげに畑を眺めていた。
「お、イリスじゃねえか、おはようさん」
髪をボサボサにした中年男オットーは、目を擦りながらイリスに話しかけた。
「オットーさん、もうおはようじゃないよ。今は、こんにちはの時間」
頭上を指差す。太陽は真上にあった。
「おっと、もうそんな時間か。だらだらと寝すぎてしまったな、ガハハハ」
豪快に笑うオットーの頭を、後ろからやってきた人物が思いっきり叩く。
その人物の正体は、オットーの奥さんだ。
「イタッ、なにすんだよ、かっちゃん」
「笑い事ですまないんだよ。貴族のように昼間まで寝てるなんてさ。あんまりひどいと、酒の量減らすよ」
「そんなのだめに決まっているだろ。酒は、働く男の血液。ないと死んでしまう」
「勤労でもない男が何を言っているんだか。イリスからも、こいつにもっと働けと言ってやってよ」
イリスはいつもの光景にアハハハと軽く笑う。
「そういえば、何処かに行こうとしていたみたいだけど。何か用事でもあるのかい?」
奥さんはイリスに何気ない質問を問いかける。
「お祈りに行こうとしていただけだよ。家事が一通り終わって暇になったから」
村外れにある寂れた祠。イリスは暇な時、そこへよくお祈りに行っていた。
「ああ、いつもの。イリスは本当にいい子だね。家事を一人で全部こなす勤労に加えて、神様にちゃんとお祈りもするなんて」
「ほんとほんと、あの神様……え~と、グロロさまだっけ……名前なんてどうでもいいか。この村でちゃんと祈りを捧げているのなんてイリスぐらいだもんな」
奥さんの会話に乗っかりオットーもイリスを褒めた。
「そんなことないよ」
イリスは信仰深い信徒というわけではない。ただ、なんとなく祈りを捧げたい気分になるから、しているだけである。
「あんたも、神様の所に行ったらどうだい? 勤労な心を授けてくれるかもしれないよ」
「いらんいらん、そんなつまらないの。旨い酒とつまみをくれるなら祈りの十回や二十回捧げてもいいけど」
奥さんはオットーの耳を引っ張る。
「いた、いたた」
「たく、あんたって人は。そんなこと言っていると罰が当たるよ」
「いたいって、引っ張るの止めてくれ」
「はあ、まったく。……じゃあイリス、気をつけていくんだよ。知らない男に誘われても、付いていったら駄目だからね」
「大丈夫。じゃあ、行ってきます」
イリスは祠へと向かった。
小さくなっていくその後姿を、二人は見つめている。
「やっぱり、イリス元気が無いね。全然笑っていなかった」
「ん、そうなのか? 笑っていたと思うが」
「あんたの目は節穴かい。あんな中身のない笑いなんて、本当の笑いじゃないよ」
赤く腫れた耳をさすりながら、へえ~、と答える。
「あの子があんなになってから、もう一年ぐらいだね」
「……そうか、あれからもう一年も経ったんだな」
「うわ、また汚れてる。この前綺麗にしたばかりなのに」
イリスがお祈りに来た祠は汚れていた。屋根は落ち葉が被さっており、壁や扉には泥がへばり付いていた。
「仕方ない。また、するとしますか」
近くの井戸から、水を汲んだバケツと掃除用具を取ってきて、祠の掃除を始めた。掃除には、一時間ほど掛かった。
「うん、こんなもんかな」
袖を捲り上げている腕で額の汗を拭い、祠をぐるりと一周した。目立つ汚れは消え、取り除けない細かいシミなどが残っているだけであった。
「バッチリバッチリ。やっぱり、お祈りをするなら綺麗な方がいいよね」
バケツと掃除用具を少し離れた所にまとめて置く。
そして、祠の前で膝をつき手を合わせ、お祈りを初めた。
「……村がずっと平和でありますように」
神へ祈りを捧げるその姿は、どこか悲しげであった。
「そろそろ戻ろうかな。夕ご飯の支度をしないと」
立ち上がり、置いてあるバケツと掃除道具を持って祠を去ろうとした。
その瞬間、重い物が落ちたかのような大きな音がイリスの耳に聞こえてきた。
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