1-2 都内某所にて
時を同じくして、都内某所のある施設では早朝から緊急ミーティングが行われていた。総勢十二名と人数は少ないが、全員が参加する会議はきわめて珍しく、その場にいた
画面の向こうの女子アナが、淡々と今朝の事故についての記事を読み上げる。資料が少ないのだろう、繰り返し何度も流れる上空からの映像は、三登里の目からしても不自然で奇怪に映った。
ミニチュアのようにいとも簡単に横転したり逆さまの状態になった普通車。対向車線で衝突し、原型を留めていない軽自動車。フロントと前部座席が見るも無惨に潰れていることから、かなりの速度で進入したものと推測できる。にも関わらず、進入軌道上の中央分離帯一帯には何の損傷もなく、事故以前と何も変わらない状態だった。そして何より、車の破片が散らばる路面には一切のブレーキ痕が見られない。専門家ではない三登里でもこれくらいの不可解な点を挙げることができたのだ。
「これは間違いありませんな……」
「〈ヨルゴスの来寇〉から十数年。彼らに対する一連の組織が解体間近というタイミングで、運がよかった、と言うべきでしょうか」
皺の多い壮齢の男性と、三登里より二つ年上の若い女性がそれぞれ口を開く。二人とも普段は明るい性格でチームを活気づけるのだが、彼らの神妙な面持ちが事の重大さを示唆していた。
「〈ヨルゴスの再来〉……」
「今回の一件と関連した、過去の事件を調べてみました」
間の悪い沈黙を払うかのように、眼帯をつけた三登里と同年代の女性が端末を手に声を出す。お洒落でなく病気の所為の厚めの眼帯が、彼女のミステリアスさを強調しているかのようだった。
「ご覧のように、小規模ではありますが同じような事故が相次いだ時期が存在しました。全てが〈ヨルゴスの来寇〉の際に発生したものです」
「有名な写真ですね。当時は突発的に発生した竜巻、ということで片付けられてましたけど」
目を疑うような数枚の写真が前方の画面に映し出される。路肩に停車していたであろう二輪車が頭上高くの電線に引っかかり、いつ落ちてきてもおかしくないバランスで宙吊りの状態になっている。また他の写真では、信号機の上で身動きが取れず必死にしがみついているスーツ姿の男性が映っていた。掴むものがある電柱ならまだしも、信号機をよじ登るのはたとえ酔っぱらっていたとしても不可能だろう。
これらのような神の悪戯とも言える不可思議な現象が、地球外生命体ヨルゴスによるものなのだ。ヨルゴスは人間には持ち合わせていない能力を持っている。これは様々な分野から多角的に研究された上で、正式に結論付けられた事柄だった。
画面は変わり、奇妙な生物の写真の一枚がピックアップされる。全体が黒く、二足で立つ人型でありながら頭部は鳥類と酷似しており、鋭い嘴と背中の翼がその生物の異質さを表している。
「そして、これらの原因となっていたのがβ―Ⅴ型、〈ヤタガラス〉と称された重力を操るヨルゴスです」
「β―Ⅴ型だと? 奴はたしか、ゼトライヱとの戦いで瀕死の重傷を負い、そのまま米政府のもとへ移送されたはずだが……」
「まさか、逃げられた?」
「米政府の回答は今のところありません。しかし、β―Ⅴ型が合衆国から太平洋を渡って、わざわざ日本に来る意味は何でしょうか」
「α―Ⅱ型に反応した? いや、それなら発現とともに襲来するはず――」
「何だてめぇ。おいヒョロメガ。それは俺の力が微弱だっつーことか?」
次々と論議が交わされる中、この場に相応しいとは言えない乱暴な言葉が三登里の背後から発せられる。用意された席に腰を下ろさず、不機嫌そうに壁に寄りかかる鮮やかな金髪の男が、眼光鋭く直前に発言した蓮見二尉を睨んでいた。男の呼ぶように、ヒョロメガよろしく痩せ型で眼鏡をかけた
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「ユリウス、静かに」
三登里はひとつ息を吐くと、後ろを向いて慣れた口振りでユリウスと呼ばれる男を窘めた。
ユリウスは反省の色を見せないまま、そっぽを向いた。二人は旧知の仲だった。
皺の多い男性――近藤二尉が話を進めてくれたのは三登里にとっては幸いだった。
「カラスに似たヨルゴス、か……。地球外生命体だというのに、どうして地球の生き物に似ているのか。それともやつらのほうから似せてきているのか。それすら明らかになっていないというのに……」
室内に重苦しい静寂が漂う。
近藤の嘆きに答える者は誰もいなかった。十数年という長い期間、人類がヨルゴスについて調査をまるでしていなかったと問えばそれは違う。ただ「情報を統合する必要がある」という米政府に対して、その言葉を鵜呑みにした現状がこの静寂を生み出していた。
有力な説では、米政府はヨルゴスについて独自研究を、かの有名なネバダ州南部のエリア51内部で未だに続けているようだが、真実は掴めていない。しかしながら、この件がそれほど国際的に問題視されないのには、ある単純明快な事実が存在するからだ。人類は地球外からの脅威に対して、軍事力とは異なる別の大いなる存在をもって立ち向かい、見事に彼らを退けてしまった。
暗雲を振り払うが如く、大和司令は目の覚めるような一声を隊員たちに放つ。
「いずれにせよ、我々の成すべき事ははっきりしている。総員、第二種戦闘配置。来たるべき時に備え、各自常に最善の一手を打てるようここに命ずる。各メディアにも、不用意に騒ぎを煽るようなことは避けるよう伝えておけ」
「「はい」」
各々が返事をした後、上座で腕を組んで黙していた男――
「
「はっ」
「……いつでもいける準備を」
名前を呼ばれ姿勢を正したユリウスに対して、輪山は静かにそう告げる。語らずして全てを語る男。変わり者が多いチームを存在感のみで統べる男。三登里から視た輪山はそのような人物だった。
ユリウスはニヤリと口角を上げ、肩を竦めた。
「待ちくたびれましたよ。飼い殺しにならずに済んで何より」
「かっこつけはいけないなぁ、ユリウス君」
不意に後ろ襟を摘ままれてよろけるユリウス。背後に彼を待ち受けていたのは、白衣に身を包んだ長身の女性だった。体が急接近する彼女らを見て、三登里は幾ばくかの嫉妬心を密かに燃え上がらせていた。
「重てぇ。やめろ、くっつくな」
「
輪山が長身の女性に訊ねた。必要以上に体を密着させる彼女らの事など、まるで気にも留めていない様子だった。
「テスト通りいけば来臨は問題ないでしょう。ただ、例によって適合値が低いため、すごーく痛いのは免れません。けど大丈夫。この子、とっても丈夫ですから」
「子ども扱いすんな! 撫でるのやめろぉ!」
急に真面目な面持ちになったと思いきや、仙石はすぐにあっけらかんとした表情に戻り、金髪の小動物を愛でる。彼女の胸元では、なけなしの抵抗をみせるユリウスが迷惑そうに叫んでいた。三登里の手にしていた紙の書類がクシャッと音を立てた。
「三登里くん、Zレガシーのほうは?」
「は、はい」
輪山のぎらついた双眸が三登里の方を向く。三登里は慌てて手元の端末を操作し、空中に画面を投影した。画面には人のものとは似て非なるグレーの前腕部が映し出された。腕には血管のように赤く細い管が走っている。Zレガシーの調整の一端は三登里が担っていた。
「認証済みのⅡレター・コードの成功率は九九.八%です。六波羅隊員が精神に異常な乱れを起こすか、もしくは気絶しない限り、来臨形態は保たれるでしょう」
「うむ。もしもヨルゴスとの戦闘が起きた場合、六波羅隊員のオペレータは君に任せる。重要な役割だ、頼むぞ」
「はいっ!」
三登里が威勢の良い返事を返し、ミーティングは終わりを迎えた。
地球外生命体ヨルゴスを退けた大いなる存在。世界に指を数えるほどしかいないZレガシーの適合者。ゼトライヱと呼ばれる英雄の後継者に、三登里の幼馴染である六波羅ユリウスが選ばれたのであった。
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