第11話「吉沢家と神海の真相①」
昨晩の姫ちゃん失踪の報を知って俺自身電話を掛けたりしたが繋がらず、メッセージもブロックされており、現時点では姫ちゃんと連絡をとることに対して八方塞がりだった。
彼女を”探して確保”することにおいてはとっちゃんと恭子を信じることにしていたが、それでも俺とってはあのキス魔に一言言ってやらにゃあ気の済まないこともあるんだ。
彼女に関わる全ての線が消えているわけではない。姫ちゃんにとってわずかながら特別な繋がりを持っている人物に心当たりがあった。
翌日、俺は出社してすぐに木下直樹を屋上へ呼び出した。
「ナベさーん、ここ寒いっすよ。なかに入りましょうや」
俺はブツクサ言っている直樹にホットな缶コーヒーを投げて渡す。
「ありゃ、こりゃどーも。ナベさんが缶コーヒーを渡して話をするってことは、結構真剣な内容なんですよね」
「ま、そうだな。ただの世間話ではないなあ」
直樹はプルタブを開け、ズズッとコーヒーを啜る。
「……姫ネェのことですか?」
ビンゴだ。こいつは何か知っているに違いない。
「それだけじゃない、恭子のこともだ」
姫ちゃんとのバーでのやりとりには些か気になる点がいくつかあった。
特に彼女があそこまで恭子に入れ込んでいたことについては何か理由があるのだろうし、一度だけ恭子のことを”恭ちゃん”と言いそうになったことを俺は聞き逃していない。
「なるほど、そこまで感付くほど姫ネェとは何かあったんですね」
「ああ、……とりあえず姫ちゃんが失踪したことは知っているか?学園職員の間でも連絡が取れないらしい」
「……初耳ですが、まぁいずれ何かするなとは思ってました」
「彼女には何があるんだ?」
「本当は俺らのデスマーチが終えるまで大人しくしてほしかったんですけどね。しょうがないので結論から言っちゃいます」
直樹がそう言って缶を飲み干すと、座っていたベンチから少し身を乗り出した。
「姫ネェは恭子ちゃんの母親の妹です」
「はあ!?馬鹿な……そんな偶然があってたまるか」
流石に、にわかには信じ難い。
……信じ難いのだが、確かに師匠の奥さんの旧姓は吉沢だったという記憶があるような気もしなくはなかった。
「んー、それほど偶然ってわけじゃないんですけどね」
「どういうことだ?」
「いや、ナベさんが恭子ちゃんを引き取ったことについては偶然以外のなにものでもなかったんですが、それがナベさんじゃなかったら引き取りはあらゆる方法で阻害されてたでしょう」
俺は続きが気になって仕方がなく、直樹に先を促す。
「一言では説明しずらいんですけど、……全ては吉沢本家のじいさんから始まることなんです」
「ナベさんはここら辺の生まれじゃないんで余り知らないと思うんですけど、この近辺で吉沢本家と言ったら名家も名家、かなり名のある大一族なんですよね」
姫ちゃんがただの一般人ではないことはなんとなく感じていたが、それほどの家柄だったとは。
「その当主である吉沢のじいさんが他に類を見ないほどの酷い人格者でしてねぇ、俺の家とかも含め分家の連中は縁を切ったり切られたりでして、最近までは吉沢本家はその財力で言いなりになる連中だけしか周りにいなかったんです」
「それを裏付けるじいさんの愚行の極みというのが娘への完全支配なんですよ。娘というは姫ネェや咲子サンの母親です」
咲子さん。
ああ、今……思い出した。師匠が結婚する前、付き合ってた人を俺に紹介してくれたときのことを。
『私は吉沢咲子って言います。純くん仲良くしてね』
確かに師匠の奥さんの旧姓は吉沢だ。
「あれはもう虐待とかいうレベルを超えてましたね。本家に男子のいなかったじいさんは、唯一の娘に結婚どころか婿養子も許さなかった。血の繋がらない相手に家督が奪われるのを恐れたんでしょうかね」
しかし、それだと疑問が残る。
「じゃあ、姫ちゃんたちはどうやって生まれたんだ?」
「精子バンク―――。じいさんは……奴は、子種だけを金で買って人工授精させる、つまり自分の娘をまるで父親無用の跡継ぎ生産機みたいにさせたんです」
直樹が淡々と語るおぞましい話に俺は言葉が出ない。
「そんで、その母親は……なんですが、咲子サンが生まれたときはまだ多少はマシだったみたいなんですけど、姫ネェが生まれたときには流石に精神が参ってたらしくて、その後自分で自身の命を絶ったそうです」
そんな生き方を強制された人が、ずっと平気でいられるわけがない。
言われずとも想像はついていた。
「それでも、奴は愚行の完遂を諦めてなかった。姫ネェたちという孫がいましたからね」
「親のいない2人の孫娘は奴にとっちゃ完全に所有物でしたから……、そこで幼い頃から母親にじいさんの愚行を聞かされていた咲子サンはそれから逃れるために自立して早々に家を出たらしいんですよ」
そして、師匠と結婚した。話は綺麗にまとまっているだろうが、それには違和感が拭い切れない。
「あの人は、妹を残して自分だけ幸せな家庭を築けるような人じゃない」
仮に事実がそうだとしてもだ。
俺は自分に対して悔しくなった。
何が家族同然に接していた――だ。何が親類以上の絆があった――だ。
俺は結局あの人のことを何も知らなかったんじゃないか……
「いや、姫ネェは言ってました。咲子サンはずっと、何度も姫ネェを引き取るって連絡してくれたってね」
「そして、姫ネェは咲子サンのもとで『いつか私も自由になれる、それだけが希望だった』って言ってたんですけど、連絡が来るたびに時をみて、折をみてとタイミングを図っていたら恭子ちゃんが生まれて―――」
俺はその時の姫ちゃんの気持ちが手に取ってわかるような気がした。
「自分まで家を出たら、吉沢の爺さんが子供が生まれて幸せな神海の家庭へ手をだすかもしれない……か」
「はい。そこまで深くは語らなかったですけど、姫ネェはきっとそう思うようになったんでしょうね。いざとなったら姉夫婦や恭子ちゃんを守れるのは自分しかいないと」
「恭子ちゃんが生まれてからも再三姫ネェは咲子サンに声を掛けられていたみたいなんですけど、のらりくらりと誤魔化していたんですって」
「まあ、幸か不幸か最後まで姫ネェが家を出なかったのが功をなしたのは事実です。実際恭子ちゃんの両親が事故で亡くなって、じいさんは恭子ちゃんを我が物にしようとしましたからね」
「でも引き取ったのは叔母さんだったじゃないか」
「それも奴の仕組んだことです。植松の家は吉沢ではなく旦那の方、つまり神海の親戚筋なんですが、恭子ちゃんたちのことを良く思ってなかったという情報は得ていましたので、じいさんは事業がうまくいかず困窮していた植松に金を与えて恭子ちゃんを引き取らせたんです」
少し理解し難い内容になってきた。
「一体それにどんな狙いがあるんだ?」
「それこそ奴がやりそうな手ですよ。ゆくゆく奪い取るつもりの恭子ちゃんを自分でコントロールしやすくするために、まずは植松の家で疎外感を与えておくという算段ですね」
確かに絶望を与え判断能力を失わせることは、人を洗脳、マインドコントロールするのに有効な手段だと聞いたことがある。
「でも姫ネェも俺も植松の家の暮らしがあれほど悲惨なものだとは思ってなかったんです。じいさんが直接手を出せる吉沢の家よりかは遥かにマシだと思ってました」
直樹が缶を指でコツコツと叩く様が自分自身の油断や甘さを戒めているように感じる。
「植松の家での悲惨な暮らしの情報が入ってからは、すぐ姫ネェは対応に困り焦って俺に相談してきました―――んですが」
「イレギュラーにも俺が恭子を引き取ったということか」
「ええ、ナベさんと神海家の繋がりは知らなかったので流石にビックリしましたけどね」
「で、ナベさんが俺の上司ということを姫ネェは知っていたから、何としてでも恭子ちゃんをタコガクに入れろって指示が出ました」
なるほど、恭子の編入があまりにもスムーズに行き過ぎたとは思っていたが、そんな裏があったとは。
直樹が最初『それほど偶然ってわけじゃない』と言ったのは、そういった背景によるものだった。
なんとなくだが、話の線が繋がってきた。
「話をまとめたら、今も吉沢の爺さんが虎視眈々と恭子を狙っていて、それから守るために姫ちゃんが現在もみんなが知らないところで戦っているってことなんだな」
「んー、それだったら、俺も流石にデスマーチが終わってからにしてほしいなんて、気楽に構えちゃいませんぜ」
そうだ、確かにそうだ。
「ナベさんが恭子ちゃんを引き取ってすぐ、あっけなくも問題は解決に至ったんです。今は敵なんてもうどこにもいないんすわ」
なんだろう?急に話がみえてこなくなった。
そして、直樹が神妙に語る。
「だから、姫ネェは恐らく今も亡霊と戦ってるんじゃないかって思うんですよ」
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