第12話「とっちゃんの攻め方」―――都華子side

 本日はタコガクの設立記念日でもあって、本来は休校なのだが時期的に学園祭の準備に追われることもあって基本的には自由登校とされている。


 学園全体がそうなのだが、恭子たちのクラスにおいても休んでいる生徒は殆どおらず、一日かけて学園祭の準備に取り掛かっていた。


 しかし、準備に盛り上がる他のクラスに対して、この1-Cの雰囲気はそれとはやや異なっている。


 都華子が散らばっていたクラスの皆を教室に集め、部外者を追い出し、なにやら重大な話を始めようとしていた。



「みんな、聞いて欲しいことがあるんだけど!!」


 いつにない覚悟を決めたような必死な都華子の声に周囲の生徒たちは視線を一点に集める。


「今日は学園祭の準備を一気に進めなくちゃいけないのはわかってる……でも、今日一日はそれを中断してみんなの力を貸して欲しいの!」


「相葉さん、どういうこと?ウチのクラスはただでさえかなり他から遅れをとっているのよ?」


 学園祭委員であり、主に全体のスケジューリングを担っている入江が都華子に詰め寄る。


「わかってる……それはわかってんだけど、このままじゃ、このまま先生がいないままじゃ学園祭なんて進められないよ」


 都華子のその言葉に周囲が静かに騒めきだす。


 体調不良という説明だけでおおよそ1週間も学校に来ていない姫紀のことをみんな不可解には感じていた。


「先生になんかあったのか?……あったんだな!?」


 教室内が騒めくなか隆文が声を上げる。


「まず、みんなに気を付けて欲しいのは、このことを絶対に他のクラスの生徒たちに知らせないで欲しいの。他の子たちも知っちゃったら、もし先生が帰ってきても立場が悪くなって学校に居づらくなっちゃうかもだから……」


 生徒たちは顔を見合わせて頷き、都華子の続く言葉に耳を澄ます。


「先生……姫ちゃんは無断欠勤で行方不明らしい。職員室で他の先生たちが話しているところを聞いたんだ。自宅にもいなくて、連絡もつかないって」


「相葉!それって!?」


 都華子のその言葉へまず先に反応を示したのは今時のルックスで身を固めている3人グループの中心核であるヒトミ。


「違う、事故とかじゃないのは確かなの!!今はブロックされてメッセージは届かないんだけど、その前に一回だけ『そっとしておいて』って返信があったから」


「そう……ってことは、探すつもり?アテはあんの?」


 ヒトミの言葉に都華子は静かに首を振る。


「今のところアテはないんだけど……でも、でも」


 都華子の言葉が詰まり出したその時、恭子が都華子の前にでた。


「あてもなく探すなんて、凄く大変なことかもしれないですけど、皆さん、お願いします!!協力してください!!吉沢先生を一緒に探してくださいませんか!?」

 

 普段から淑やかで決して大声など出さない恭子の張り詰めた声に生徒たちは驚きを隠せない。


 恭子はこれ以上ないというほどに頭を下げていた。 


「あんたが詫びることじゃないだろ?ちょっとだけかもしんないけど、うちらの方が神海より先生とは付き合い長いんだからさ」


 ヒトミは恭子の肩をポンと叩く。


「マッコ、サオリ!うちらも先生探しに行くよッ!!ってマッコは?」


「あー、マッコは血相変えてもう行っちゃったみたいだねぇ」

 

 サオリがヒトミに伝える。


「そか、マッコは先生に結構な借りがあったんだっけ」


「俺らもいくぞ」


 隆文が号令をかけ男子を何組かに分けながら捜索範囲を指示している。


「みんな、みんな……ありがと」


 クラスが団結するその姿に都華子は目を潤わせていた。


「グループメッセ、みんな気にしといて。何か情報があったらやりとりできるようにしようっ!!」


 1-Cに生徒たちは散らばりながら都華子の言葉に腕を上げて了解の意を示した。



「それと、ヒトミにサオリちゃん、あと女子数人は私にちょっと付き合ってほしいんだけど、学園内で”アテ”を探らなきゃだから」


 その時、恭子のスマホから軽快な着信音が響く。


「ごめんなさい、とっちゃん。おじさんから電話がかかってきたみたいです」


「わかった、キョウ。もし、姫ちゃん絡みのことだったら後で連絡して」


 恭子はコクリと頷きスマホの受話ボタンを押しながら教室から出て行った。


「じゃあ、私たちもいこう」


「いいの?神海を待たなくて」


「うん。……これからすることは、ちょっとキョウには刺激が強すぎるかもだしね」


「え?……うちらに何させるつもりなの?」




※ ※ ※ ※ ※ ※




 視聴覚室では一人の女性教師が拘束されていた。彼女の名前は野々村ののむら 美子 みこ、担当は英語であり、23歳という学園内では最年少の教師だった。


 扉に鍵を掛けたあと、都華子は美子を椅子に座らせて、同行する女生徒に両側から動けないように抑えさせた。そして目の前にも数人の女の子が並んでおり、若い女教師を威圧するには十分な状態だった。

 

「あ、貴方たち……どっ、どういうつもり!?一体なに?こんなことしていいと思っているの?」


 都華子が美子の前に立って、左へ右へと往復しながら喋る。


「みっちゃん……わたしだってとても心が痛いんだよ。……だから本当のことを包み隠さず言って貰えれば決して苦しい思いはさせないから」


「な、なんなの?何を言わせようとしているのよ?」


「まずは……姫ちゃ―――吉沢先生の欠勤のこと」


「よ、吉沢先生は体調不良で休んでいるって……き、聞いているけ、ど」


「ふうん」


 都華子がパチリと指を鳴らすと、サオリが背中に隠し持っていたものを目の前に出して美子に見せる。


「メ、メイド服なんて持ってきて、どっ、どうするつもりなの……よ?」


 想像力豊かな美子は怯えを隠せなくなってきており、それは今にも座らせれているパイプ椅子へ”決して出してはいけないもの”を放出させそうな勢いだった。


「もう一度聞きますねー。吉沢先生の欠勤のこと教えてくれますかぁ」


 美子は太ももをキュッと固くする。


「だ、だから……吉沢センセ―――ひぃッ!!、あ、あの人は無断欠勤で家にもいなかった!!それしか知らないの!!本当よ、お願い、信じて!」


 まだしらばっくれようとしている美子に対して、サオリがメイド服を掲げたまま一歩前進すると彼女は簡単に口を割った。


「んー、まあ、それくらいのことは既に知っているんですけどねー」


 美子の弁解を一緒に聞いていたヒトミが都華子に耳打ちをする。


(ヒソヒソ……相葉、あんたってかなり鬼畜ね。……でも、この先生本当にこれ以上のことは知っていそうにもないんじゃない?)


 都華子は腕を組んで考える。


「じゃあ……みっちゃん、次は吉沢先生の自宅の住所を教えてくれますかねー」


 美子はサッと顔を伏せる。


「そっ、それは無理よ!ムリムリ!姫紀センパイの個人情報なんて教えちゃったら、それこそ私がどうなるか……」


「そっか……みっちゃん、それは言えないから辛いねぇ」


 都華子はそう言うとゆっくりと美子の耳元まで近づいて行く。



「アイハブア、メイドゥスーツ。……アイハブア、イングリッシュティーチャー」


 そして都華子は流暢な舌使いでそう言いながら右手と左手で握る動作を行って『フンッ』と、勢いよくその両手の拳を合わせた。


「イングリッシュティーチャー ウェアリング ア メイドゥスーツ!!」


「ひぃッ!!!!!」


 小さく悲鳴を上げた美子は半ば白目を剝いている。



「ん?相葉、吉沢先生の住所を聞き出したいんだっけ?……それなら」


 ヒトミはそう言うとスマホを弄り出した。


 そして暫し時間が経過したのち―――


「ああ、やっぱマッコが先生の自宅場所知ってるってさ。だからさ相葉、もうみっちゃんを開放してあげたら?」


 スマホへの返信を確認したヒトミは都華子へ打診する。 


「は、あはは……はぁぁぁぁ。よ、よかった。助かった」


 美子はそのやり取りを耳にしてホッとため息が出た。



「んー、そっか残念。取引条件がなくなっちゃったね。みっちゃん」


 美子はうんうん、と大きく首を縦に振る。



「―――でも……メイド服は、、、着てもらいマース♪」


 それは朝から険しい顔つきだった都華子が見せた、その日一番の笑顔だった。



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 そして、学園祭委員であり学園の新聞部に所属する入江が都華子の決断と美子の叫びを聞くと、スマホを手にしてカメラモードを起動させながら大変感心そうに大きく頷いたのだった。

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