第10話「恭子の誕生日、出張先にて」

―――8月25日(誕生日当日) 午前10時 九州支社


 翌日飛行機で九州に降り立った俺はタクシーで移動する途中で新しいビデオカメラを購入し支社へ辿り着く。


「いやー渡辺さん。お久しぶりです、総務の佐々木です。会議は午後からなのでそれまでは資料に目を通してください。あと現状把握で解らない事があれば私が何でも調べますので」


 俺は何度か九州へ来た事があるのでこの人とも面識がある。と言っても最後に会ったのはもう3年ぐらい前になるのだが。


「すいません、佐々木さん。それよりも昼くらいにでもどこか誰もいない空いている会議室と、その……なんというか、ネットが使えるPCをプライベートで使いたいんだけど」


 俺の依頼に「ふむ」と少し疑問を感じる佐々木さんだったが、以前にも俺が突飛な行動をして九州支社のピンチを乗り切ったことを知っていからか、深くは追及せず全面的に協力してくれる。


「うん。それなら2階の第3会議室をお使いください。終日空いているはずです。パソコンはモバイル用のデータカードを使えば社内ネットワークから外れますから普通にデータを消しておけば履歴は残らないはずです。直ぐに準備しますよ」


 なんと佐々木いい奴、俺は申し訳ないとお礼を言う。


 そして俺は昼までには会議の準備をしておかなければと、向こうで得られなかった情報を調べる事にした。




同日 正午0時 第3会議室


 準備は整った。カメラのセッティングもOK。扉の前のボードにも使用の表記はしてあるし鍵もカーテンも掛けたから大丈夫だろう。


 俺やるよ、とっちゃん。


 頑張るからな、恭子。


 ビデオの録画ボタンを押すと、レンズ下の発光ダイオードが赤く点灯する。


 そしていよいよ音楽の再生。


 ボタン押してから曲が流れるまでの時間は5秒。手に汗が滲む。


 イントロが流れる。


 意識しろ!


 俺はとっちゃんが教えてくれた静と動、目一杯体を動かしピシッと停止させる。


 間違えることなく順調に進む1発撮り。


 しかし途中で俺の体に違和感が現れる。


 ちくしょう、腰がッ!


 ハードな練習の所為だろうか、蓄積された負担は主に腰方面へ症状として出始める。


 耐えろッ!アイツの為だろうが!


 一番の難関である間奏部に入った時、正直限界だった。


 でも、ここで諦めたら、失敗したら全てが無駄になるんだ!


 あと少しッ、あと少しだけッ!


 持ってくれよ!俺の身体ッ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る