第9話「誕生日の前日」―――都華子side

―――8月24日(恭子誕生日の前日)午前9時 屋外


「キョウ、明日の事残念だったね」


「いえ、おじさんにはお仕事頑張って欲しいですし、私は全然平気です」


 恭子は純一を会社に送り出した後、迎えに来た都華子と共に今日明日を共に過ごす予定。


(健気だ。本当は一緒に居たい筈なのに……やけちゃうなぁ)


「あのとっちゃん、今から一体何処へ行くのですか?」


 恭子は都華子に「その日は私にまかせといて」と言われていて、今日の予定は何も知らなかった。


「うん、市民プール。今年全然泳げてないからねー」


 都華子のその言葉に恭子は「えっ」と戸惑ってしまう。


「あの私、水着とか準備してません。と、いうか、そもそも今は水着なんて学校指定のものしか……」


 恭子がそういうと都華子はカバンからゴソゴソと何かを取り出した。


「じゃーん、はい。姫ちゃんから。一日早いけど誕生日プレゼントだってさ」


 そう言って、取り出す紙袋には水着一式が入っていた。


「吉沢先生がですか?……すごく嬉しいです。お礼を言わないと」


 正直思いも寄らなかったプレゼントに、自然と顔が綻ぶ恭子。


「本当は今日一緒に行く予定で直接渡すつもりだったらしいけど、ウチのクラスのタカフミが他校の男子と喧嘩したらしくて、渡しといてってね」


「三田原くんが喧嘩……ですか?怪我とかしてなければいいのですが?」


「大丈夫だよー。基本タカフミはチキンだから。でも今年に入って三回目で理由がウケる。最初は正義の為、次に愛の為―――」


 そして今回は何の為なんだろうね?、と都華子は恭子に「あまり気にする必要はないよ」と気軽に言う。


「ま、今日は姫ちゃんの分まで目一杯泳いじゃおう!」




―――同日 午前10時30分 市民プール


「うひゃー、凄いよキョウ。女の私でも軽く2度見しちゃうね。姫ちゃんの水着のチョイスもハイセンスだ」


「あ、あの、布地が少ないので、凄く恥ずかしいです」


 パレオが付いているのがせめてもの救いなのだが、初めてビキニタイプの水着を着る恭子は恥ずかしくて仕様が無い様子。


「こりゃ、姫ちゃんぐらいじゃないと対抗できないなぁ。あっ、キョウ見て見て、男の人がチラッチラこっちをみてるよ」


 あぅ、と益々恥ずかしくなった恭子はとうとうしゃがみ込んでしまう。


(っていうか、姫ちゃんあの水着何処で買ったんだろ?あんなの見た事ないし、超あやしいんだけど?……オーダーメイド?なわけないか)


 恥ずかしがる恭子を無理やりプールの中に引き込み、水の中に入る事でようやく羞恥心を落ち着かすことができたことで、都華子たちは水泳を堪能する。


 元々運動神経が良い2人は、25Mの競泳や水中追いかけっこなど3時間ほど楽しんだ後、ようやく空腹に負けてと正午をとうに過ぎた頃引き上げることになった。




―――同日 午後7時 相葉家


「じゃーん、これが私からの誕生日プレゼンツ!私もちょっとフライングだけど、更に言うと料理も殆どお母さんだけど、このおっきいケーキは私から!お菓子作りだけならキョウにも負けないからね」


 食卓に並べられた豪勢な料理と、都華子の自信作のホールケーキ。


 都華子は大人たちなら兎も角、同級生の自分からのプレゼントはお返しなど気にしそうと言う事で悩んだ末のことだった。


 本当はもう一つ準備を始めていたのだったが、思い立ってからの日が2週間と短く間に合わずにいた。


「恭子ちゃん、今日は遠慮せずたくさん食べてね」


 母親の勧めと共に「食べて、食べて」と促す都華子。


「有難う御座います。私なんかの為に……とても嬉しいです」


「はっはっは、足りなかったら言いなさい、私がピザでも取ろう!キミは只でさえ痩せ気味なんだからガンガン食わんとなぁ!」


 綺麗な奥さんと若い女の子二人に囲まれる都華子の父親。今日一番幸せなのはこの男なのかもしれない。


「「いや、無理でしょ」」


 食卓に並べられた量を見て母子共に突っ込むも、「はっはっはっ」と笑い続ける父親。


「あなた、残った物は勿体無いから全て食べてくださいね」




―――同日 午後9時30分 都華子の部屋


「とっちゃんの作ったケーキとっても美味しかったです。おばさんの料理もすごく本格的でしたし今度教わりたいです」


「えへへ、キョウに褒めて貰えるなんて合格点かな?お母さんにもいつでも作り方聞いたらいいよ」


 お風呂に入り終え、寝る準備を始める二人。いや、女の子はここから寝るまでに長い時間喋ったりゲームをしたりするので、実際就寝は深夜になってからだろう。


(よかった。おじさまとの寂しさが少しは忘れられたかな?……そういや、オジサマ今頃ちゃんとビデオ撮りできているのかなぁ?)


 人は一度考えてしまうと不安になる。不安を覚えたそれは現実となる。


 純一から都華子のスマホに着信があったのは、心配になり始めた矢先の事だった。


(オジサマから?)


「ごめん、キョウちょっと電話だから」


 ほぼ恭子に聞かれたら不味い内容である事を予想出来ている都華子は慌てて家の外に出て通話のボタンを押す。


『ごめんとっつぁん、こんな時間に』


「大丈夫だよ、オジサマ。今は一人だからキョウに聞かれることもないし、それよりどしたの?」


『それは良かった。いや、電話の内容自体はよくない事なんだが』


 都華子はなんとなく感じている。恐らくは明日の踊りのプレゼントになんらかの支障があったのだろうと。


『結論から言うと、明日の誕生日にビデオ撮りが間に合いそうに無い。とっつぁんにも色々協力してもらって本当に申し訳ない事だが』


「どうして?オジサマあんなに頑張ってたのに、何があったの?」


『完全に俺のミスだ。いざ撮ろうと始めたときにビデオカメラが壊れてて、どうしようもなくて、もう店も空いてないから新しいのも買いにいけない』


 事前に確認しておかなかったのがいけなかった、と言う純一の声に落胆は大きかった。


「あれだけキョウの事を想って、あんだけ練習してオジサマは諦めちゃうの?」


『いや、ギリギリまで色んなツテを探してカメラを借してくれる人を探すさ。でも明日は早朝から出張だし、店が開く前に飛行機に乗らなければいけないんだ』


「カメラなら!私が―――」


 違う。


 カメラなら私が貸してあげる!と言い掛けた都華子はと何かに遮られたかのように言葉が詰まる。


(キョウが踊りを辞めたのは叔母さんからの虐待。周りを気にしないで踊れるようになるには、ビデオだけでは―――)


 そう考えた都華子に一つの閃きが走った。


(キョウの為だけのオジサマの踊り。でも皆にみてもらえるような物でないとトラウマは消えない)


「オジサマ!キョウの誕生日は明日!誕生日が終わるまでにまだ30時間くらいあるよ!」


『それはそうだが、さっきも言ったように明日は九州だ。どう足掻いても間に合わん』


「オジサマは明日九州で新しいビデオを買うの!」


『無論それは可能だが、仮に向こうで撮れたとしてもそれをどうやって……そうか!直樹がやったようにデータを送れば!』


「それも違う!」


 都華子は続けて言う。


「キョウの為だけの踊りかもしれない。でもそれが回りに見られても気にせずいられる様なものじゃないと、キョウはまた踊れるようにならない」


『とっつぁん、それって?』


「動画共有サイト。オジサマはお昼休みとかに何とか頑張って撮ってサイトにUPして」


『……動画共有サイト!?そうか、とっつぁん!有難う!俺、やってみる!いや、必ずUPさせて見せる!』


「オジサマはUP出来たら私の携帯にサイトのアドレスを送って、私がスグにキョウに伝えるから」


 都華子がそう言うと純一は「解った、絶対に成功させるから」と言って電話を切った。


(やっぱ、オジサマはかっこいいなぁ。……誕生日には間に合わないけど私もキョウの為に絶対に新作を完成させる)

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