第8話「独身男(32歳)の奮闘」

 師匠宅から戻ったその日、俺は自室で直樹から送られてきたデータを一通り見た後、やはりここはとっちゃんにも言っておかなければいけないかと、電話を掛けることにした。


 恭子を連れ出してもらう時とか、協力してもらう事もあるだろう。


 俺は電話で粗方事情説明する。


『やっぱり、キョウそんな事があったんだ』


 やっぱり?何か気付いていたのだろうか。


『うん、私もダンスとか結構好きでキョウに見せたり、話したりする事があったんだけど、あの子凄く悲しそうな顔をするから』


 私もそれ以上突っ込めなかったし、と言葉が続く。


『オジサマ、キョウをお願い!私にはどうして良いかわからないケド、オジサマにはなにか考えがあるんだよね!?どうするの?』


「……


 そう、俺が踊るしかない。


 今までもそうだった、塞ぎ込んでいた恭子を俺は強引に巻き込んで来た。


 今回も俺が勝手に踊りまくってアイツを巻き込んでやるんだ。


『あははっ、オジサマが踊るの!?凄い、凄い発想だ!!でも、オジサマダンスとかした事ないよね?っていうか、そもそも何を踊るの?』


 とっちゃんは興奮しているのか、スマホから聞こえてくる声のトーンと音量が上がって耳が痛い。


「ハッピーバルーンっていう曲があるみたいで、会社の直樹って奴がそれをデータで送ってくれたからソイツを覚えようと思う。あと2週間ちょいしかないけど恭子の誕生日まで一生懸命練習する。そんでもってそれをビデオにでも撮ってプレゼントしようかと」


『イイね!!イイよ、オジサマ最高♪……でもハピバルかぁ。素敵なチョイスだけど大丈夫?結構キツイよ、アレ』


 とっちゃんも知ってるのか、侮れない曲だな。


「大丈夫、めっちゃ練習するから」


『よし、私も練習に付き合う!少なくともオジサマよりはダンスが上手いし、教えてあげるよ』


「えっ、そりゃ、なんというか、その」


『キョウの事は私の事、是非やりたいの。とりあえず時間が無いから明後日、カラオケボックスで使う曲は私のほうで準備して置くからね』


 そう言い放って、とっちゃんは電話を切った。


 とっちゃんに相談してよかった……のだろうか?


 その後すぐにとっちゃんからメッセージが来た。


『明後日までに少しは練習しておくように』


 俺は寝る間も惜しみ、覚えるまでなんどもデータを繰り返しループ再生させた。




 そして2日後、恭子には仕事で遅くなると伝え会社の帰りにとっちゃんの指定するカラオケボックスへ向かった。


 この2日間は恭子の目を盗んでは踊りの練習をした。


 とりあえず一曲最後まで通してとっちゃんに見てもらう。


「うーん、この短期間で全部覚えたのは本当に凄いと思う。後は上手く踊るにはどうするかだよ」


 下手なのは解っている、直樹からのデータのヤツと見比べても全然違う。


 まぁ、まだ3日目なのだからしょうがないのかも知れないが。


「オジサマ、とりあえず私が少し踊るのを見ててね」


 そういうととっちゃんは1フレーズを2回別々な踊り方をして見せた。


「オジサマ、どう思う?」


「うん、最初のヤツはなんかフニャフニャしてたけど、後のヤツはなんかこうハキハキ踊れてて美しいというか」


「そう、これがいわゆる踊りのキレというものなんだよ。私はキレには“静と動”この2つが重要と思う。動は目一杯大きく体を動かしたり腕を伸ばしたりすること」


 とっちゃんは続けて言う。


「そして静は、リズムに合わせてピタッと動きを止める事。最初のがふにゃふにゃに見えたのは動きを止めずに踊り続けたからなの」


「ハピバルはこの静と動が最大限に生かされている踊り。これを意識して踊ればグッと見栄えが良くなる思うよ」


 なるほど、とっちゃんの説明は良く解る。


 彼女の言う“静と動”を意識して再度踊ってみる。


「うん、全然良くなった。後はひたすら練習するのみだよ。間奏の部分は特に難しいから、大変だと思うけど頑張ろう!」


 こりゃあ恭子のためにも、練習に付き合ってくれているとっちゃんの為にも更に頑張らにゃあいかんな。


 そして、2時間近く特訓した後に俺たちは家に帰る。


 残された時間でできるだけのことはやろう。




 とっちゃんの協力もあって順調に見えた恭子への誕生日プレゼント。


 ハッピーバルーンという曲の踊り。


 しかし、誕生日まで残り1週間を切った時、事態は少し悪い方向へ向かってしまう。


「ナベさんこの日って恭子ちゃんの誕生日じゃないですか。マズイすよ」


 例の九州でコケた話だ。


 問題の解決の為に俺が九州へ呼ばれた。つまり出張。


「こればかりは仕方が無い。でもあの踊りだけは完成させてビデオにとって恭子に必ず渡すからそれは心配要らない」


「でも、ガッカリするでしょうね。恭子ちゃん」


 一緒にケーキを食べたい。


 他に何も要らないと言っていた恭子の願い。


 俺は少し気が重かったが仕方なく家に帰った俺は恭子に出張の事を伝えた。


「お仕事ですから仕方が無いですよ。気にしないでください」


「すまないな、恭子」


 俺がそう言うと、恭子は俺に気を遣ってかわざと明るく振舞う。


「おじさん、本当に大丈夫です!とっちゃんもお祝いしてくれるって言ってくれてますし、おじさんはお仕事を頑張ってください!」


 とっちゃんには真っ先にこの出張の事を電話で伝えた。


 本人から恭子の誕生日は私に任せて俺は踊りのプレゼントに集中するようにと言われている。


 そうだ、俺は余計な事を気にしすぎて一番大切な事まで失敗させてはいけない。


 気持ちを切り替えていこう。


 俺は更に気合を入れ自由な時間はほぼ全て踊りの練習に費やした。




 そして重なってしまった恭子の誕生日と俺の出張の日の前々日、とっちゃんに最後の感想を聞くために俺たちはまたカラオケボックスで落ち合う。


「うん、完璧だよ!これならキョウもまた踊りを始めてくれると思う!さすがオジサマ」


 お褒めの言葉を頂いた。後は明日ビデオに撮り当日の朝恭子の机に買ったプレゼントと共に置いておくだけだ。


「じゃあ、明日はとっつぁん家に恭子を泊まらせてくれるんだな」


「うん、お泊りリベンジ。この前は姫ちゃんの所為でキャンセルになっちゃったから」


 オジサマは気兼ねなくビデオ撮りをすること、と言って頂けて準備は万端である。


 俺は家へと戻ると明日に備えて今日は早く寝る事にした。

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