第6話「初お泊り断念と姫ちゃん覚醒」
「おじさまのから揚げもーらいっ」
隙を見て俺の皿からおかずをくすねるとっちゃん。
「何故とっつあんが飯を食ってる?そして俺のおかずを奪う?」
ここ毎週この子の顔を見ている。
とっちゃんとの遭遇は、彼女が家に来るのと俺が会社から早く帰宅する事が重ならなければ発生しないことから、確率的にとても低いはずなのに。
よもや毎日来てるのではなかろうな。
「ソレはアレだよ。過保護のおじさまがキョウに渡しすぎてる食費代の消費に貢献してるのと、……から揚げは、オジサマのダイエット?」
確かに揚げ物はカロリーが高いが。
いやいや、っていうか俺はそんなに食費を渡していない。
そこら辺の事を端的に説明すると俺は恭子に食費込みお小遣い兼バイト代を毎月渡している。
余った分を自分の小遣いに出来るようにしておけばやりくりスキルの上達にもなるし、と思い採用したシステムだ。
そこでネットで調べたのだが、大人一人の平均食費は月三万、高校生のお小遣いは1万円位。
当初は合計7万円渡そうとしていたのだが、本人が3万円位で十分ですと言い張り結局は間をとって5万となった
「恭子、食費足らないだろ?やっぱり7万にした方が……」
「おじさんの金銭感覚は少しおかしいです」
「キョウ、男の一人暮らしなんてそんなもんだよ」
畜生。
何故だ。俺一人の時より旨いもん食ってるのに、今の二人分の食費のほうが安い。
「ちなみにキョウ。おじさんにあの事言った?」
「えっと……それは」
「なっ、何のことだい?隠し事かい?隠し事かい?」
2回言ってしまった。
彼氏が出来ました、とか言われるのかなぁ。
「キョウやっぱり、言ってないんだね」
言いにくい事なのか。
「オジサマ、明日キョウは私の家でお泊りデス」
「お泊り!もうそんな仲なのか!」
「いやいや、そんな仲ってキョウは親友だから。オジサマ何か勘違いしてない?」
間違えた、彼氏じゃなかった。
「ウチのお母さんが、最近結構ここでご飯たべて帰るから、たまには連れて来なさいって」
「あの、おじさん。ちゃんとご飯とか準備して行きますから、ダメですか?」
どうも俺は呼ばれていないらしい。まあ当たり前だがな。
「いやいや、そういうことなら結構。ご飯も準備しなくていい。たまには連れがやってる店に顔出してやらにゃイカンし」
存分に百合ってこい。
「すみません、おじさん。では、明日はとっちゃん家でお世話になってきますね」
「お世話します」
そういうとまたヒョイと俺の最後のから揚げを掻っ攫う。
まぁ、充実した日々でなによりだ。
翌日、就業定時刻が過ぎて残業3Hをようやくこなし終えたPM8時頃。
「ナベさん。今日そっち行っていいですか?恭子ちゃんのご飯が恋しくなっちゃいまして」
「残念だな、直樹。恭子は友達の家でお泊りだ」
家にいたとしても拒否るけど。
「家出スか?風呂とか覗いたのがバレたとか?」
「馬鹿か」
「まぁ、ナベさん手際よさそうだから、ばれる様なヘマはしないか」
そういう問題じゃねえよ。
たまには彼女の不味い手料理でも食うか、と余りにも失礼な事を言う直樹に続き俺も会社を出た。
向かうは同中の連れがやってる居酒屋。本人はバーと言い張っているが、確かにちょっとお洒落に頑張っていても、やはり居酒屋だ。
恭子が家に来てから一度も顔を出してないので多少は太っ腹に店の売り上げに貢献してやるか。
そう意気込んで店に入るが、店内で意外な人に声を掛けられ驚いてしまった。
「あら、渡辺さん。奇遇じゃないですか?」
恭子の担任の吉沢先生だ。
カウンターの端で
「あっ、吉沢先生。こんなところで本当に奇遇ですね。ひょっとしてお一人で?」
そう言うとムッとした顔をする先生。
聞いちゃイカンかったかな。
「悪い?一人で飲みたい時もあるのよ……ブツブツ」
うわぁ、結構酒入ってんなぁ。
「いえいえ、俺も一人ですから」
「ふーん、それならまあ聞きなさい。先生ってのもね、結構疲れるのよ、あっ、店員さんこっちの人にビール……で、良いわよね」
あれ?俺一緒に飲むことになってる?
一人で飲みたいって言ってたのに。
とりあえず「はぁ」と答える俺。
「いろいろウザイのよ、保護者とか、物理のババアとか、教頭とか、教頭とか、教頭とか!」
ウザイとかババアとか言わないで。
もはや完全に俺の知っている吉沢先生ではない。
それに教頭よ、一体何をしたのだ?
「はぁ、それは大変ですね」
あ、俺の連れの店主がニヤ顔で写メとってる。
あとで強制消去しておかねば。
「あら、そっちも大変じゃないの?あんなに可愛い猪八戒……もとい、恭子ちゃんと一つ屋根の下で荒ぶる本能が抑えられないんじゃなくて?」
色々ちょっと待て。
なぜ猪八戒と間違えた?あのスリムボディーにブタはねぇだろ?
後、発想が直樹と同じだし。
そんなこんなで俺の事は1%、九分九厘先生の愚痴によって居酒屋タイムは吉沢先生が酔い潰れた事で終了した。
店を出てフラフラの吉沢先生を家に帰さねばと、タクシーを捕まえようとしたが、今にも吐きそうな彼女を見てとりあえずは近くのコンビニに向かう。
「先生、もうちょっと我慢してください。もうすぐコンビニですから」
肩を貸してゆっくりと進むも「無理、吐く」と今にも戻しそうな勢いだ。
なんとか耐え切りコンビニの駐車場までたどり着いたのだが、そこが限界だったらしい。
「おえーーー」
俺は、先生が全部出し切るまで背中をさすってやる。
そんななか、悲劇が起きる。
コンビニの自動ドアから出てきたのが、一人は今朝まで一緒にいた女の子と昨晩一緒にいた女の子の二人組。
「あれ?おじさん?……と、吉沢先生?」
恭子が唖然としたのか、ポトリと買い物袋を落とす。
アイスが入っているところを見ると寝る前のオヤツを買いに来たのか、なんとも女の子らしい事だ。
違う違う、冷静に分析している場合じゃない。
「恭子!、それにとっつぁん。これは違うんだぞ、誤解だ、誤解」
俺は偶然という言葉をゆうに10回は使って手振り身振りで誤解を解こうとするも―――
「ねぇねぇ、オジサマ。……アウトー!」
親指を突きたて目一杯腕を伸ばすとっちゃん。
一生懸命説明したのにアウトだったらしい。
アウトは不味い、絶対に不味い。俺はなお解ってもらおうと更に必死に釈明をする。
「まぁまぁ、オジサマにそんな甲斐性がない事ぐらいキョウも解ってますよー。私は面白いから二人の爛れた仲に期待してたケド」
くそう。からかわれてたのか。
ちなみに恭子は俺の必死の言い訳……じゃなくて、説明でなんとか理解してくれたみたいだ。
「それより、吉沢先生は大丈夫なんでしょうか?」
吐いた後に眠り込んだのか、駐車場で横たわっている吉沢先生は声を掛けても起きる気配が無い。
「えー……2人とも先生の家とかワカルカナ?」
ブンブンと首を振る二人。
こうなれば、アレしかないよなぁ。
「あー、今から二人に重大なお知らせがあります」
今度はコクコクと首を振る。
「今日のお泊りはウチの家に変更です。とっつぁんはご両親にうまく誤魔化しておいて下さい」
「しょうがないなぁ、キョウが自分家じゃなきゃ眠れないとか言っとくよ」
スミマセン。
結局吉沢先生は俺のマンションに連れて帰ることにした。
勿論、二人も一緒に来てもらうのは変な誤解を生まない為である。
お持ち帰りとか言われても困るしな。
家に着くと恭子がリビングに布団を敷いてくれて、吉沢先生を何とか寝かせる。
無論、上着を脱がすのとかシャツの上のボタンを外すのとかも2人にまかせた。
正直疲れきった俺は2人にご苦労と言い寝室に向かう。風呂も入らず寝ようとしたが、なんかこう色々あり寝付けなかった。
先生の愚痴を延々と効かされてた所為か、店では酒も余り飲んでないのもあって俺は深夜遅くまで自室で酒を呑む。
明日が休みで本当によかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
翌朝、渡辺純一はまだ自室で寝ている。
リビングではようやく起きてきた吉沢先生と2人の女の子がご対面。
「うぅーん、……気持ち悪い」
都華子と恭子から一応の成り行きを説明されているところなのだが、余り関心ない様子でポリポリと眠たそうに頭を掻く吉沢先生。
「アハハ、なんか、姫ちゃんのイメージが完全に崩れちゃった」
「あー……相葉さん。……認めましょう、確かに他に類を見ない不祥事です。でもね、そんなもん見つかって面倒なヤツに知られなきゃ別にいいのよ」
そう言うと、胡坐を掻いて開き直る。
「不祥事というか、そのキャラ的なものなんだけど……」
「解った!解りました。……相場さんは結構遅刻が多いです。……そうね、半分にしときます」
とても解りやすい口止め。
「いやいや、交換条件とか求めてないし」
「それじゃ足りないって言うの?……じゃあ、こうしましょう。プラスで今日は2人を映画に連れて行って上げるわ」
「私もキョウも別に何も要らないですケド」
「別に、私が見たいのよ、映画。……それと、神海さん!」
驚いて、ひゃい!と返事する恭子。
「……朝はお茶漬けかなんか、軽いものにして」
「ダメだ、この先生」
※ ※ ※ ※ ※ ※
自室で寝ていた俺はスマホの着信音で目を覚ます。
誰だ一体こんな休みの朝から。
「はい、もしもし。渡辺は寝てますが、なにか?」
電話の相手は会社の他部署のヤツだった。
用件は今から会社に来てくれとのこと。休日なのに。
「いやいや、無理でしょ。今からスグなんて酒も抜けてないし車を運転できないって。……えっ?タクシーで来いって、……はぁ?マジで言ってんのかい。……はいはい、了解」
休日出勤している部署からの依頼、システム不具合でウチの部署でしか対応できない事が発生したらしい。
俺は不貞腐れながらも急いで着替え、自室からリビングへ出ると三人の姿が目に入った。
そうだった、先生が居たんだった。
あちゃあ、時間が無いのにどうしよう。
「あ、吉沢先生。おはようございます、もう大丈夫なんですか?」
俺は慌てふためいて謝罪やらなんやらする先生の姿を想像したのだが、予想が大いに外れる。
「ええ、まぁまぁです。渡辺さんは今から出勤?休日なのに大変ねぇ、この2人は私が1日面倒見るから気にせず行ってらしてー」
そう言ってダルそうに手を振る先生。
アンタが少しは気にしろよ。
昨日は酔っ払ってたからキャラが違ったように見えたが、これが素なんだ。これだから女はわからん。
「はぁ、お願いしますね。それでは行ってきます」
「あっ、おじさん!急に出勤になったのですか?今お茶漬けが出来ますので食べていってください!」
時間無いんだけどなぁ。
キッチンに見えるのは明らかに本格的なお茶漬け。お茶漬けの素使えよ。
旨そうだから仕方ない、タクシーの中で食おう。
俺は恭子からアツアツのお椀を受け取って外に出た。
「うわぁ、私お茶漬け持って外に出る人初めて見た。オジサマも先生も大物だ」
パンを咥えてなら解るけど、と呟いているとっちゃん。
キニシナイ。
結局ドタバタで終わった二日間。
出勤も他部署のヤツらの申し送り不足で不具合でもなんでもなく只のシステムの操作ミス。
無駄足だったのだがタクシー代は誰が出してくれるのだろう。
そして帰るとみんな遊びに行ってて一人ぼっち、そんなオチ。
まぁ、吉沢先……姫ちゃんの素が見えたからいいとするか。
姫ちゃん覚醒。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます