第5話「なっつなつと海鮮鍋」

 本日は部下の夏海が家にやってくる、恭子にも今日のことを言ってあるし、予定も空いているようで安心。


 しかし、何をするのかは秘密にしてあるので本人としては気になって仕様が無いことだろう。


 そして、ゆっくりと出来る日曜の朝を満喫している最中、9時を過ぎた辺りか、来訪者はやってきた。


「ちわーっス、渡辺サン、約束通り来たっスよ!」


 相も変わらず元気な声だ。俺は玄関に向かう。


「おう、よく来てくれたな……って、お前もかよ」


「いやぁ、例の女子高生が気になって気になって」


 にやけ顔の直樹。


「直樹先輩、ちょっと話したらもう一緒に行くって聞かないんスよ」


「まぁ、いいじゃないですか。……あっ、その子が?」


 直樹が何かに気づいた様子で、俺は奴のその視線の先に目をやった。


「あの……初めまして、神海恭子です」


 自分も挨拶しなければと思ったのか、おずおすと後ろから現れる恭子。


 真面目だ。


「うわぁ、これはまた。ほほぅ」


 まるで何かを査定か鑑定するような目で見やる直樹。


 頼むから止めろ、穢れる。


「すっごい!超カワイイっスね!恭子ちゃん今日はお姉ちゃんにまかしとき」


 年上と話すとき意外は基本関西弁が出る夏海。会社では殆ど敬語を使っているのでこういうのもなんか新鮮でいい。


「え?え?……何をですか?」


 一体何をするのか知らない恭子は戸惑いを見せる。


 まぁ、こんなところで立ち話もなんだろう。


「とりあえず、中に入ってゆっくりしてくれ」


 お邪魔しますとリビングへ入り、ソファーに腰掛ける二人。


「あの……朝食がまだでしたら、簡単なものでよければ何かご用意しましょうか?」


「いいの?食べてなかったからお腹すいとったんよ。ヨロシク」


 遠慮の無い夏海。恭子も是非見習って欲しいところだ。


「恭子ちゃん、俺も、俺も!」


「はい、少し待っていてくださいね」


 恭子、こいつにはやらんでいい。


 そしてふたりが、多分恭子の事だろうが、なにやら俺にはもったいないとか失礼な事を言っているうちに軽食の準備が出来た。


 テーブルに並ぶ朝食、フレンチトーストに卵サラダそしてコーンスープ。


「えー、全然簡単やないやんか!普通に食パンとか思うてたのに、すっごいなぁ!」


 驚け、これが恭子クオリティ。


 直樹はいただきますも言わずに食べ始める。


「すっげぇうめぇ!ちょっ、マジで恭子ちゃん俺と付き合わない?」


 駄目だ。お前にはやらん。


 夏海がすかさず、彼女さんに言いつけるっスよと言うと、黙りこくったので俺の出番はやってこなかったけど。


 そんなやりとりに、あははと苦笑いする恭子は玄関先の「今日はまかせとき」発言を気にしているのか、夏海に顔を向けている。


「えっと、あの……」


 なんと呼べばいいのか解らない様子の恭子。


 それに気がついた夏海はようやく自己紹介をはじめる。


「ああ、ゴメンゴメン、名前ゆうてなかったな。ウチは夏海菜月でなっつなつ!気軽になっちゃんと呼んでな。……ちなみにこっちは木下直樹先輩。気を許すと5番目辺りの彼女にされるから気をつけや」


 変な情報吹き込むな、と抗議する直樹だが……まぁ、


「それで、ええと、菜月さん。今日は私はどうすればいいのでしょうか?」


「ほんま真面目な子やなぁ、なっちゃんでええゆうてんのに。まぁ、今日な、恭子ちゃんは変身するんや。更なる高みに登るんやで」


 更に??な状態になる恭子。


「恭子、夏海に任せとけばいいよ。こいつは色んな店知ってるみたいだから」


 そして俺は「そうそう軍資金だったな」と、財布の中から2万取り出し夏海に手渡す。


「チッチッチ、渡辺サン駄目っスよ。乙女はお金が掛かるんです」


 そう言って更に手を差し出してきたので、仕方なくもう一枚同じ人物の紙幣を財布から取り出した。


「これって、自分のお昼代も入ってるっスよね?」


 勝手にしろ。


「やったー、恭子ちゃん今日はパミパミのランチやでー」


 パミパミって何だよ。


 そうつっこもうとするも、夏海は戸惑う恭子の手をとり彼女の乗ってきた車で早々と出かけて行った。


「あれ、お前は行かないのか?」


 コーヒーのお代わりを自分で入れだした直樹に問いかける。


「何言ってるんですか?今日はあの店グランドオープン初日でしょう?」


 パチンコかよ。


「さぁ、ぼちぼち準備しましょうや」


 俺も行くのか。




 自宅を出た俺たちは直樹の爆走仕様の真っ白なスポーツカーに乗り、郊外にあるパチンコ店で夕方まで遊ぶ。


 俺は投資千円で大当たりしたのだか、出たり飲まれたりで最終的には全部打ち込んだ。


 まぁ千円で半日以上遊べたから満足だ。


 直樹はというと、ちょこちょこ台を変えながら4箱ほど出しており、この店の売りであるスーパーのようなでかい景品コーナーの一角にある北海フェアで色々物色していた。


「恭子ちゃんにナベしてもらおう」


 そんな事を言いながら、カニやらサケの切り身やらと魚介類を大量に交換する直樹。


「さぁ、そろそろ帰りましょうか?」


 帰り道、車の中で俺と直樹は少し真剣な話しをしていた。


「ナベさん、九州のほうの仕事ぼちぼちコケそうじゃないですか?手を打っとかないと」


「ある程度の損害は覚悟しているさ。でも、今動いちまうと上が何時までたっても気がつかんからな」


「そりゃ、そうでしょうけど、ケツ持つのがウチな以上、あんまり引っ張るのは」


「そこら辺は多少考えてある、お盆空けには気付くようにしてあるさ」




 そして、マンションに帰り着いた時、まだ夏海の車は駐車場に無かった。先に俺たちが戻ってきたらしい。


 それを見て直樹は「今日車を置いていっていいですか?」と聞いてくる。


 二人が帰ってくるまでちょっと一杯やろうということか。


 俺たちは景品のスモークサーモンをつまみにビール、チューハイ、柚子コマと順調に酒瓶を空にしていく。


 それにしても、二人が遅い。


 晩飯はみんなで食べようと言ってあったのでそんなに遅くはならないと思っていたので少し心配になりかけた頃、ようやく玄関の扉が開く音がした。


「遅くなりましたー!申し訳ないっス!」


「お帰り、随分時間が掛かっ―――!?」


 そう言いかけた俺は、夏海の後ろからひょこっと姿を見せた恭子を見て言葉が止まる。


「あの……ただいまです」


 こいつはたまげた。


 恭子は元々素材はいいのだが、なんか色々加工されて帰ってきた。


 垢抜けたと言えばよいのか、まさに今からミスコンのステージにでも立ちそうな勢いだ。


「うひょー!恭子ちゃん。バッチリ決まってんじゃん!」


「すごいっしょ、美容室髪いじって、服買って、お昼食べたり、コスメやったりしてたから、こんなに時間かかったっス」


「似合ってるぞ恭子」


 本当に、似合っている。酔いが醒めちまったくらいだ。


「あの、……その、ありがとうございます」


 てれってれの恭子。

 

 そして随分と頑張ってくれた夏海にお礼を述べる。


「夏海もサンキューな」


「いえいえ、自分も楽しかったっスから、恭子ちゃんもスッゴイいい子だし。友達になっちゃったっスよ」


「良かったな恭子」


「はい、菜月さ―――なっちゃん……さんに、凄く良くしてもらえて。お洋服とか一所懸命選んでくれました。色んなお店に行けて、すごく楽しかったです」


 本当に嬉しそうに話す恭子。口数があまり多くない恭子にとっては珍しい。


 なっちゃんというのは無理やり言わされているのだろう。恐らく次ぎ会う頃には菜月に戻っているに違いない。


「そんなこんなで、お腹ペッコペコっす!」


 ご褒美に旨いもん食わせろよ、と、視線をこちらに向ける夏海。


「そうだ、恭子ちゃんお鍋、お鍋!ほら見て、戦利品こんなにモッサモサ」


 直樹はここぞとばかりに、魚介類の入ったビニール袋をドンと机の上に置く。


 それを見た夏海は「でかした先輩!」と、カニだあ、ホタテだあ、大騒ぎ。


「恭子疲れているところ悪いな」


「いえ、急いで準備しますね。美味しいお鍋にしますから、直樹さん」


 そういって、いそいそと準備を始める。


 隣の直樹は、今名前呼んでくれた、名前呼んでくれた、と、鬱陶しくてしょうがない。


 こうして、北海海鮮パーティーが始まり、一通り平らげたところで二人は自分たちの家へと帰っていった。


 ちなみに直樹は夏海の車で送って貰うらしい。2人のことだから送られ狼にもならんとは思うが、アイツらの間にも色々と甘酸っぱい出来事がある。

 

 まあ、その話はまたいずれ。




「お疲れ、恭子。後片付けはそこら辺にしといて、ゆっくりしたらどうだ?」


 あ、はい、と頷く恭子は一旦片付けを中断する。そして恭子が入れてくれたお茶を飲みながら二人で落ち着いた時間を過ごす。


「そういえば、お前の……恭子の誕生日、今月末だよな?」


 ついつい、お前と言いかけてしまう。駄目だなちゃんと気をつけているのに。


「あ、……覚えていてくれてたのですか?」


「当たり前じゃないか、何か欲しいもんは?遠慮しなくいいぞ」


「何もいらないです!もう、十分すぎるくらい、それ以上におじさんからは色々頂いているんです。今日の事だって凄く贅沢なことなのに……これ以上は罰が当たってしまいます」


 その、遠慮とかじゃないです、と、言う恭子。


 やっぱりな、と思う俺だったが、続いた言葉は意外だった。


「でも、……その、よかったら、……お誕生日の日はおじさんとケーキを食べたり出来たら、その、……とても、嬉しいです」


 そう言うと、恥ずかしくなったのか「残りの後片付けつづけないと」と、恭子はキッチンへ戻っていった。


 ケーキ、ケーキねぇ。


 なんか知らんが、俺、超ニヤニヤしてるんだけど。


 そんな風にして今日一日は終わりを告げた。




 これは余談だが、翌日仕事中にもかかわらずとっちゃんから電話が掛かってきた。


『オジサマ、何余計な事してんの!?キョウの周りが超ウザイ事になってんだけど!男子の視線とか、男子の視線とか!』


 通話口がなにやら騒がしい。




 そして、余談と言えばもう一つ。


 その日学校から恭子が難しい顔をして持ち帰ってきたもの。


 内申書ではないが、通知表の先生のコメント欄にしっかりと押されていた。花マル印。


 マルの中にはライオンさんの絵と大変よく出来ました。


「……おじさんの所為ですからね」


 爆笑した。


 あのお方吉沢先生は笑いを十分に理解されていらっしゃる。

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