第3話「三者面談」
とっちゃん襲来から数日後のこと、会社では直樹たち部下の奮闘により手直しラッシュが落ち着いてきたので今日は久々の全員定刻上がり。
今晩はゆっくり出来ることと、本日の晩飯にわくわくてかてかしながら自宅の扉を開けた。
「オジサマ、おきゃー」
また居た。
「とっつぁん、いらっしゃい。ってか、おきゃーってなんだよ」
「えー、オジサマ知らないの?
そうなのか、知らなかった。
「あれ?恭子は?」
「キョウは、料理の材料で足りないものがあるって買いに行ってやす。というのもわたくしは本日はキョウ様の手料理のご相伴にあじゅK」
噛んだ。慣れない言葉を使うから。
「ごほん、ご飯を食べに来ました。あと、オジサマに大事なことを教えてあげよーかと」
「大事なこと?」
「どーせキョウは言ってないと思うけど、今週の土曜学校で三者面談があるのデス。オジサマ知ってた?」
「……初耳デス」
あんにゃろう、どうせ俺に迷惑掛けるとか思って黙ってたんだろう。
俺が忙しそうにしてたのも問題あるんだろうが。
「やっぱりそうだと思った。多分キョウが先生に断ったんだと思う。ウチの担任キョウとオジサマのこと理解してるみたいだし」
俺は腕を組んで、うーんと考え込む。
その姿を見たとっちゃんがちょっと笑っているのが少し気になった。
「えへへ。いやー、オジサマはどうするのかなって?」
うむ。本当にどうしましょうかね、と更に考え込むうちにただいまの声と扉が開く音がした。
恭子が帰ってきたようだ。
一旦、思考中止。
「恭子、おきゃー」
「あ、おじさん。今日は早いですね。というか、おきゃーってなんですか?」
「オイ、流行ってんじゃねえのかよ」
とっちゃんが顔を逸らすも、俺は「お前だよ」とツッコミを入れる。
「……そのうち流行るもん」
ちょっと可愛かったので許す。
「やっぱり二人は仲いいですね」
そう言うと恭子は「急いでご飯作りますね」とキッチンへ向かった。
本日の晩御飯はアジの塩焼きに加え肉じゃがとホウレン草のお浸し、それに恭子特製澄まし汁。
とっちゃんの母親は洋食ばかりに凝っていて和食が食べたいと言う彼女のリクエストにちなんだメニューらしい。
心して食え。
恭子の作った手料理をぺろりと平らげたとっちゃんはマジ嫁に欲しいわ、と感激しつつ自宅へ帰っていった。
マンション先まで見送ったのだが、女子高生が自転車をモリ漕ぎするのはどうかと思う。
それこそとっつぁんじゃないか。
恭子が沸かしてくれた風呂も入って、2人とも自室へと居場所を移したのだが、俺はまだ寝るわけにはいかない、大切な議題が残っている。
さてどないしようかと、ベッドの中で考えていたところでスマホアプリにメッセージが届いた。
『ちなみに、担任は激美人デス』
それを見た瞬間に意は決した。
明日会社から学校に連絡しよう。
そして迎えた土曜日。
先に学校へは連絡してしまったので後に引けない俺は、土曜日は恐らく風邪をひくと予め職場の連中に言っておいた。
これで今日は心置き無く病欠できる。
そして、今朝は重役出勤じゃあと恭子に言い、玄関までお見送り。
その後、数ある中で一番高かったポールなんとかのスーツに身を包みいざ戦場へ。
県内有数の進学校だけあって、いかにもまじめな生徒たちを眺めながら恭子たちの通う学校へ突入した俺は、指定された時間を見計らい教室へ入っていった。
面談を終えた生徒と親は帰ったのだろうか、教室には数組の親子が居るだけになっており、辺りを見渡したとき窓際にたたずんでいた恭子と目が合った。
予想通り恭子は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
「あれ、おじさん?……あれ?どうして学校に?」
困惑する恭子はまだ状況を理解してない様子。
「恭子よ。俺の情報網を甘く見ちゃイカンぜ」
「あ、もしかして三者面談に来てくれたのですか?」
「……ったりまえだろ。保護者だからな」
「すいません、私黙っていたのに……」
「まあ俺を気遣ってのことだろうから怒りはせんが、恭子を気にしてくれている友達に感謝だな」
そんな会話をしているうちに、「神海さん、渡辺さんお待たせしました」と扉が開く音に続いて若い女性の声が響いた。
うわ、マジで激美人じゃん。それにありえないようなスタイル。
教室内へと勧められ、三者面談は始まった。
「えー、まずは初めまして。神海恭子さんの担任を務めさせていただいております
うわぁ、真面目な感じの人だ。ちなみに下の名前は
俺も失礼があってはいけないと姿勢を正す。
「恭子の保護者の渡辺です。今日は急に予定を変更させてしまってすいませんでした」
「構いませんよ。二者面談も三者面談も時間に変更は特にありませんので」
淡々とそう述べながら先生は恭子の方を向いた。
「私は神海さんがきちんと渡辺さんに説明しているものだと思っていたのですが」
そう言われると、恭子はしゅんとなり俯いてしまった。
「まあ、色々あるでしょうから。顔を上げなさいね神海さん」
先生はそう言うと、期末テストの点数表などの用紙を机に並べた。
「神海さんはまだ編入してから二ヶ月足らずですが、成績には目を見張るものがあります。学校での生活態度もまず素晴らしいといって良いでしょう」
それはそうだろうな。クラスで一番の点数と言っていたし恭子の性格からしてもまず粗相はしまい。
「このまま順調に学力を伸ばしていけば、相当なレベルの大学に入れる事と思います」
そして先生は少し言い辛そうに言葉を続ける。
「その、神海さんと渡辺さんとはいささか特殊だと存じておりますが、進学希望など―――」
先生が言い終わる前に恭子は言葉を被せるように言う。
「吉沢先生!そういうのは、まだ、私は!」
先生は一度目を瞑り、再び恭子の方を見て話し出す。
「確かに一年の今すぐに決める必要はないでしょう。しかし、いずれは必ず答えを出さなければいけない問題です」
そして先生は視線を俺に移して「渡辺さんに進学させる意思があるかどうか聞いておきたいのです」と言った。
「おじさん、私、大丈夫ですから、大丈夫ですから」
隣で慌てて言っている恭子に俺は振り向かず、ただ前を向き先生に答えた。
「……恭子が行きたいと言えば」
こういう話になる事は予想してなかったわけでもない。
きっと二人が気にしているのは大学費用のことだろうから、正直言えばどうでもいい。
それくらいの金は何とでもなるし、それぐらいの恩を師匠からは受けていた。
そもそも恭子には師匠たちの残した遺産があり、本来なら気にせず大学に行けるはずの人間なのだ。それがあの叔母から恭子を引き取るにあたり、資金面は全て自分でまかなうと宣言してしまったのが俺なのだから、その責は俺が負う。
無論、裁判でもすれば遺産は全て恭子のもとへ戻ってくるのだろうが、少なくとも赤の他人である俺の所で恭子は生活をできなくなるだろう。そうなれば高校を卒業するまではまたあの地獄で暮らさねばならないのだ。
だから、恭子が独り立ちするまで必要な費用は俺が捻出する。
でも、進学を決めるのは恭子であって、俺じゃない。
俺は改めて恭子のを向く。
「今の恭子は望めばなんだって出来る。でも、誰かに迷惑を掛けるとかそういう風に思っていたらきっと何も出来ない」
「俺が気にせず大学に行けよって言うのは簡単だけど……いや、それが多分本音なんだけど、それでも、何をするのも恭子がどうしたいか自分自身で決めた事であって欲しいんだ」
そう言うと恭子は肩を落とし、俯むく。
「……私、その、わかりません、わからないんです」
恭子はきっと色々な気持ちが混ざり合って、叔母の家での事やこれからの事とかもごちゃごちゃになって、わからないんだろう。
解れないんだろう。
そんな恭子の姿を見た先生は優しく微笑む。
「先生が先走りすぎましたね。神海さん、これから時間を掛けてゆっくり考えて行きましょう」
そう言うと先生は少し顔つきが変わる。
「そういえば、渡辺さん。神海さんは随分クラスに男子に人気があるようですけど、保護者としては気が気で無いんじゃありませんか?」
なぬ、聞き捨てならねぇ。ってか、この先生は意外と真面目なだけじゃないんだな。
「なんとっ、そうなのか恭子?」
俯いていた恭子はパッと顔を上げた。
「そんな事、全然無いです、吉沢先生も変なこと言わないで下さい!」
「あら、そうかしら?嘘はついていないと思いますけれど、彼氏とか出来るのも時間の問題かもしれませんよ。そうなったらどうします、渡辺さん?」
更にあたふたする恭子を尻目に、ちょっと小悪魔的な顔になる先生。
「それは、アレですよ。食卓のテーブルがちゃぶ台に変わりますね」
先生は、ははんと理解した様子で答えてくれる。
「ひっくり返して、そんなの許さんぞ!って奴ですか?」
「いやいや、本人の自由を妨げはしません。ただただ俺個人の無言の訴えを必死に伝える事のみですよ」
すると先生は、あははははと目尻に少し涙を浮かべ笑い出した。
「っっ……はぁ、失礼しました。渡辺さんはとても面白い方ですね。神海さん、保護者の方が本当に素敵な方で先生とても安心しました」
安心した?
そういうことか。きっと不意に出てしまった言葉だろうが、この先生は恭子の事を心配する以上に俺自身の存在を懸念していたんだ。
確かにそうだろう。俺は何の繋がりも持たない恭子を引き取った独身男性だ、何か疑いたくもなるもんさ。
それにしても親友に、先生。短期間にも関わらず恭子は本当にいい人たちに巡り合えている。
この先もきっとたくさんの素敵な出会いがあるだろう。
面談も終わり恭子の自転車を乗せたゲンちゃんで帰りながら、そんな風に思った。
あ、先生のことを姫ちゃんって呼ぶの忘れてた。
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