クリスマス・パーティー

 翌日、帝国ホテルのクリスマス・パーティー当日。

 風花家と千鳥家の家族はそれぞれ車で出かけ、夕方に帝国ホテルに到着した。


 風花家は帝国ホテルへ行く途中、銀座の百貨店・明治屋に寄り、例年華やかに飾られているクリスマスツリーやイルミネーションを見物したが、


(く、苦しい……)


 もうこの時点で柊子は気分が悪くなっていたのである。

 午前中に百貨店でサイズの合わない乳房バンドを買い、目いっぱい胸を締めつけていたため、息苦しかったのだ。


「柊子。顔色が悪いようだが、どうしたんだい?」


 帝国ホテルのロビーに着き、風花家と千鳥家の両当主がパーティーの受付で家族の名前を書いていると、心配した柚希が柊子にそうたずねた。


「い、いえ。何でもありません……」


「何でも無いようには見えないぞ。体調が悪いのならそこのソファーに座って休んだほうが……」


 柚希がそう言いかけた時、柚希の父が「パーティーが始まる。さあ、急ごう」とみんなに声をかけた。風花家、千鳥家の一同は頷き、他の客と一緒になってぞろぞろとパーティー会場に入って行く。


「あっ……」


 息苦しさのあまりぼんやりと立っていた柊子は、後ろから来た男性客の肩とぶつかり、ぐらりとよろめいた。

 柚希は「危ない!」と言い、柊子の華奢な体を支えてくれた。


「柚兄様、ごめんなさい……」


「本当に大丈夫なのかい?」


「え、ええ。平気だから気にしないでください」


 こんなところで倒れてマフラーを渡しそびれたら今までの苦労が水の泡である。柊子は自分の想いを柚希に告げるまでは絶対に倒れないぞと自らを叱咤し、ふらふらの足取りでパーティー会場に入った。


「皆様、本日は帝国ホテルのクリスマス・パーティーにようこそお越しくださいました。ささやかではありますが、聖夜のための宴を用意させていただきましたので、ご存分にお楽しみくださいませ」


 パーティーの司会者がそう高らかに告げると、会場の三十数台のテーブルにビーフステーキ、ハッシュドビーフ、フィッシュグラタン、ハンブルグ・ステッキ(刻み肉のバター焼き。パン粉を入れないハンバーグ・ステーキの派生料理)などのごちそうが置かれていき、食欲旺盛な柊子の兄たちは他の子供たちと混じってごちそうにかぶりついた。

 立っているのがやっとの柊子は食事どころではない。柚希は、そんな柊子のそばにいて、ケーキや料理が並べられたテーブルに近寄ろうとはしなかった。

 風花家と千鳥家の両親、それに会場の大人たちはというと、パーティーの最初の演目である三味線の音色に聞き入り、子供たちのことなどすっかり忘れてしまっているようだ。


(クリスマス・パーティーに三味線は無いわよね……)


 幼少期から西欧文化に慣れ親しんでいる柊子や柚希はそう思い、眉をひそめているのだが、大人たちは特に気にしていない様子だった。


 パーティー会場を見回すと、男性の多くが洋服だが、女性は和服が多い。外で働く男性たちは明治期には早々はやばやと洋装するようになったが、家にいる女性たちはいまだに和服が主流なのだ。


(もうダメ……。息が苦しい……。こんなことになるのなら意地を張らずに着慣れた和服で来ればよかった……。そうしたら、晒しで胸を誤魔化せたのに……)


 ついに目眩を起こし始めた柊子は心の中でそう呟いたが、後悔先に立たずである。


「お次の演目は、長唄です」


 ようやくクリスマスに不似合いな三味線の演奏が終わったと思ったら、パーティーの司会者がそう言った。たしか長唄の次は有名な女優の舞踊だったはず。西洋音楽に合わせてみんなでダンスを踊るのはまだ先の予定である。

 柚希とダンスを踊り、その時にこっそりマフラーを渡そうと考えていたが、こんなにもふらふらでは踊れそうにない。もうこうなったらホテルのトイレを借りて、胸を締めつけている乳房バンドを外そう。そう考えた柊子はパーティー会場を出て行こうとした。しかし、


「あうう……。め、目眩が……」


 目の前が真っ暗になった柊子はそのまま意識を手放してしまったのである。

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