第6話 情報

 そこは一面が野原のキャンプ場だった。

見渡しても、特別な何かがあるというわけでもなく、あるのはキャンプ用給水所に、小さな木製ベンチがある程度の休息所だけ。

今日は平日であるということもあるし、先日の雨のせいで、キャンプ場の足下が泥濘んでいるためか、客らしい人影はまったく見当たらなかった。

だが、ふと休息所の方を見てみると、誰かが休んでいることに気付いた。

こんな日に、こんなところに来るなんて、何とも物好きな人もいたものだ。

私はシロに関する情報が、何か得られはしまいかと、その人物に話し掛けようと近付くと、その人は遊びに来た観光客ではなく、公園の施設の整備をする作業員だと分かった。

ホウキや他の清掃用具を足下に置いて、一休みしている。

これはちょうどいい。

この公園関係者なら、シロの事を知っている可能性は、かなり高いハズだ。

見たところ五、六十歳ほどの人だし、以前からの事も知っているかもしれない。

「すいません。ちょっとお聞きしたいのですが?」

突如話しかけた私に、作業員のおじさんは驚いたように顔を上げて私の方を見た。

「ああ、どうも。珍しいね。こんな日にハイキングかい? 昨日までの雨のせいで、山の方も足場はよくないから、気をつけたほうがいいよ」

「え………いえ、どうも…………」

言われ、私は肩をすくめた。

確かに私自身、駅からここまでの悪路に懲り懲りしていたのだ。

おじさんに言われるまでもなく、できることなら早いとこ帰りたいのだが。

「いえ、実はちょっと……………………」

私は思い切って、これまでの経緯をおじさんに話した。

あまり他人に話すような事ではないし、むしろ自分の愚かぶりを語るようなものだ。

ホントは話したくはないが、それでも今はシロに関する情報が欲しい。

シロを助けるためなら、恥の一つや二つ、何でもないことだ。

「ふ~ん、それはまた、可愛そうな話しだねぇ」

感慨深げに言ったおじさんは腕を組み、少し小首を傾げて私を見上げた。

いや、睨んでいたのかもしれない。

私の身勝手、幼く何も知らなかったとはいえ、私がシロにした仕打ちに、思わず怒りをおぼえたことだろう。

誰だってそうだ。

こんな酷い飼い主に、誰が同情などするものか?

捨てられた仔犬を不敏に思わぬ人間が、いるわけがない。

私は愚か者で、最低な飼い主だった。

何を今さらこんなところに?

おまえに犬を飼う資格などあるのか?

おじさんが私に、どういった感情を抱いたかは、今となっては分かりはしない。

だが、少なくとも好印象は持たなかっただろうことは確かだ。

おじさんはしばし考えてから、

「そりゃ、もしかしたら『峠のチビスケ』の事じゃないのかな?」

「え? チビスケ?」

おじさんの話に、私は何が何だか分からずに聞き返した。

本当は『シロ』という名前があったのだが、それを知らない人からすれば、ただの白い仔犬だ。仔犬だからチビスケと呼ばれても、不思議じゃない。

おじさんは、私がシロと再会した森の向こう側の、小さな山を指さし、

「その山の向こうに狭い県道があってね。通称『雨森峠』と言って、滅多に車も人も通らない寂しい場所があるんだ。

いつ頃からだったか、もう何年も前になるけど、そこの道端で1匹の仔犬が一日中、朝から晩までお座りの姿勢で、道の先の方をずっと見つめている、という噂があったよ」

「……………………………」

「話を聞いた近くの者が何人か行って見てみると、すぐに誰かに捨てられたんだろうと、分かったそうだよ。

ちゃんと首輪もしていたし、エサをやろうとした見知らぬ相手には、決してなつこうともしなかったそうだ。

可愛そうに思った誰かが、連れて帰って飼ってやろうとした者もいたそうだが、それでもその場を離れようとはしなかった。

いつかきっと、本当の飼い主が迎えに来てくれるものと、信じていたんだろうね」

「そ、それで、そのチビスケは、その後どうなったんですか?」

「一年ほどか、毎日毎日一日中、その場で誰かが来るのを待っていたようだが、さすがに諦めたんだろうね、ずっと待っている、なんてことはなくなったよ」

「い…………一年も……………………」

「道端で待っていたのはね。その後チビスケは、近所の森に住み着いて、一日に何度も雨森峠に行っては、前のように待ち続けていたよ。本当に迎えに来るかどうかも分からない主人をさ」

私は足が震えた。

震えが止まらなかった。

そして、自分の罪深さを知った。

「チビスケは今でも、あの山のどこかに住みついているよ」

おじさんは立ち上がり、山を指さし言った。

「早く行ってやるといい。本当にチビスケに嫌われてしまう前に」

私はおじさんに一礼をして、山へ走った。

2年前の記憶を頼りに、シロと再開した場所を目指して。

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