第5話 再びあの森へ
あくる日、私はいても立ってもいられなくって、気がついたら『雨森自然公園駅』行きの電車に乗っていた。
一刻も早く、シロを連れて帰ってやるんだ。
しかし、普通に考えれば、まだあの森にシロがいるとは思えない。
何せ、あれから2年以上もの月日が経っているのだ。
どんな忠犬だろうと、そんなに待っているとは考えられない。
それに、あのとき私は、ついてくるシロを追い返してしまった。
私や家族を信じて待っていたのに、やっと会えた私がシロにした仕打ちは、あまりに酷いものだった。
きっと私の事を恨んでいるに違いない。
今ごろになって、私がシロに何と言って謝ればいいと言うのだ?
シロに会う資格が、私にあるのか?
それに、もしかしたら今ごろ誰かに拾われ、幸せに暮らしているかもしれない。
そこへのこのこ行って、私は何をしようというのだ?
今さら何をしても、無駄かもしれない。
だが、私には何故か、まだあそこでシロが、私が迎えに来るのを待っているような気がしてならなかった。
それに、私が遠足で会ったときでも、すでに捨てられて何年も経っていたのだ。
もしかしたら、まだ待っていてくれているかかもしれないではないか。
そう考えると、もう一瞬たりと、シロを待たせるわけにはいかない。
「早く、早く行ってやらないと…………」
逸る気持ちとは裏腹に、遠足のときとは違って、車窓を過ぎていく景色は、今日ばかりはとても遅く感じられた。
『雨森自然公園駅』までの一時間が、とてつもなく思えた。
雨森自然公園駅は、四方を山に囲まれた田舎町の、小さな駅だった。
自然公園の他には、特に名所もなく、観光シーズン以外は比較的寂しい。
前に遠足で来たときには気付かなかったが、駅のすぐ横には川が流れていた。
川幅は広いが、水量はそのわりに少ない。
記憶が確かなら、このあたりは年間降水量が国内でも上位にあり、雨の多さから『雨森』という名がついたハズなのだが?
だが今は、そんなことはどうでもよかった。
2年ぶりのこの地で、曖昧な記憶を頼りに、自然公園へ向かう道を私は探した。
駅を挟んで川の反対側には、数軒の土産物屋に食堂、宿屋があった。
駅の正面には一本道がのびていて、左右に畑が広がり、その向こうに民家が建っていた。
よく見る田舎の風景がそこにはある。
私は駅前にある観光案内の看板を見て、自然公園の場所を確認した。
記憶通り、この道を真直ぐ行けばいい。
『雨森自然公園まで2㎞』という標識を横目に、私は彼方に見える森と山を凝視した。
この道の先に、遠足で行った雨森自然公園があり、そのすぐ脇に、あのときシロと出会った森がある。
シロに会いたいという期待感と、置き去りにしたという申し訳ない気持ちとが、私の胸を締めつけた。
「シロ、オレを許してくれるか?」
公園までの道は未舗装で、先日までの雨のために、泥と化した地面に足がめり込んで、一歩一歩の足取りはかなり重かった。
幼いころに、シロの面倒を見なかった怠け者の私の性格は、その頃もまだ治っておらず、このやっかいな道のせいだけで、公園へ向かう気力は萎えそうになった。
だが、今回ばかりはそうもいかない。
何としてでもシロに会わなければならない。
会って何ができるか分からないが、会わなければならないのだ。
長年のシロの苦難を思えば、泥の道など何でもない。
その一心が、私の体を前に突き進ませ、いつになく私は速足となっていた。
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