第3話 後悔
それから2年半の月日が流れ、私が小学校を卒業して中学校に進学する数日前の、ある日のことだった。
私は意外なところで、あの日に出会ったシロの正体を知ることとなったのである。
「おめでとう、正勝。入学祝いは何がいいかしら? 昨日、東京のお父さんから電話があって、何でも買ってくれるって言ってたから、欲しい物があったら何でも言ってね」
と、進学した当の本人である私以上にうかれた母が、そんなことを言ってきた。
義務教育で中学に進学するのは当然のことで、何をそんなに祝うことがあるのか分からないが、そうまで言ってくれるのなら、ここはお言葉にあまえないこともない。
私は早速、頭の中で欲しいものをリストアップした。
とはいえ、何が欲しいと急に言われても、そう思いつくものではない。
「え~と…………そうだなぁ~」
あれこれと考える私の脳裏に、何故かあのときの、遠足で出会ったシロが別れるときに私に見せた、あの悲しそうな顔が浮かんだ。
何かを懇願するような、人恋しそうに見つめる悲しい目。
シロはあのとき、何を言いたかったのか?
それを知る術は、今になってはもうない。
ただ私の頭の中からは、あのときのシロの顔が消えることは、今まで一日たりとてなかったのである。
「………………犬」
「え?」
「犬だよ、犬。犬を飼いたいんだ」
私は訝る母に言った。
シロとの一件があったからか、あのときから私は、犬が飼いたいと心の中で願っていた。
シロとの思い出の品として、森から持ち帰った古びたシロの首輪は、まだ机の中に入れてある。
いつかまた、シロに出会えるような気がして。
そして、あの日のことを忘れないために。
「仔犬でも何でもいいから、人懐っこい可愛いヤツを買ってよ」
私は興奮して言った。
飼ったとしても、それはシロとは別の犬なのに、何故かシロと再び会えるような気がしてか、私の気持ちは高ぶっていた。
だが、母は怪訝そうな顔をしている。
「犬……………ねぇ……………」
「何だよぉ~。さっき何でも買ってくれるって、言ったじゃないかぁ!」
私は口を尖らせ言うが、母は呆れたような口調で、
「何言ってんの。昔、仔犬を飼ってたじゃないの」
「え?」
今度は私の方が怪訝顔となった。
でも、言われてみれば確かに、そのようなことがあったような気が…………………?
「正勝が5歳の誕生日に、どうしても犬を飼いたいって言ったから、お父さんが友達からもらって来てくれたの、覚えてないの?」
「え、ええ~と………確か…………」
私は自らの記憶を必死にさかのぼった。
確かそのころ、テレビで見た犬を主人公にした映画に影響されて、わがままを言って無理に買ってもらったコトがあったのだ。
でも、結局その犬は、あの後どうしたのか、何故か思い出せなかった。
「でも、その犬を可愛がったのは最初だけで、すぐに飽きて全然面倒みなくなったでしょ。 散歩だって、エサの支度だって、全部お父さんとお母さん任せだったし」
「う、うん…………そう……だったっけ?」
何ともバツの悪いことか、私は母に何も言い返せなかった。
言われるまで、すっかり忘れていたのだ。
「でも、その仔犬って、その後どうなったんだっけ?」
ごまかすように私は言った。
言われたままで、耳が痛いというのもあったが、どうしても当時の事がよく思い出せなかったのだ。
おそらくは、そのころには犬に関心を無くしてしまっていたので、まったく気にしてはいなかったのだろう、情けないことに私は、飼っていた犬がいなくなったことさえ、覚えていなかったのである。
「ああ、あの仔犬は、お父さんがどこかに捨てたんだったわね」
「ええっ? こ、仔犬を捨てたの?」
母の思わぬ言葉に、私は我が耳を疑った。
いくらなんでも、飼っていた犬をそう簡単に捨てることもないだろうに?
「だって仕方ないでしょ! ちゃんと面倒をみるって言ってたくせに、結局何もしなかったの正勝じゃないの。だからお父さんも、その仔犬を誰かにあげたか、捨てたのよ」
「う……………うん……………」
全ては私が悪かったのだ。
まだ幼かったとはいえ、あまりに自分勝手だった私の無責任さが、その仔犬を捨てさせる原因になったのだから。
「ホントに、可愛そうだったわ。あんなにもなついていたのに、今ごろどこにいるのかしら? シロちゃん」
「え?」
今の母の一言に、私は何かで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
『シロ』、だって?
まさかあのとき、遠足先の森で出会った、人懐っこい犬のシロなのでは?
いや、いくらなんでもそんな偶然など、ありえるとは思えない。
それに、シロなんて名前の犬は、別に珍しくもないだろう。
だ、だが………………もしや?
「か、母さん。 そのころの写真、その仔犬が写っている写真か何か残ってないの?」
私は我慢ならず聞いた。
昔捨てた仔犬と、森で私を助けてくれた犬とが、もしかしたら………………………。
「そうねぇ? 確かアルバムの中に、うちに来たころのシロちゃんが、写った写真が何枚かあったような?」
頬に指を添えて思い出すように言う母に、私は不安と緊張に声音を震わせ言った。
「そ、その写真を見せて、早くっ!もしかしたら、そのシロは、あのときのシロかもしれないんだっ!!」
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